太郎の激白

 ロールケーキの美味しい喫茶店。太郎の横に明菜。明菜の正面に松田が座った。松田は開口一番、2人の間柄についてカマをかけた。まな板の上の鯉のように正直な太郎に対して、明菜は太郎の言葉を遮り抵抗する。


「で、太郎くん。2人はいつから付き合ってるの?」

「はっ、半年ま……。」

「……付き合っていません!」


 怯える表情の明菜。太郎はそれを肌で感じた。明菜に合わせるようにして言うことを変えた。


「付き合って……ません……」


 松田は、太郎の優しさを感じた。だからこそ、正しく導きたいと思った。アイドルの恋愛について。諸説ある中での松田の持論であり、事務所の方針でもある。それをなるべく正しく伝えることが、松田が太郎を同席させた目的なのだ。


「アイドルの恋愛について『過去は問わない』と考えるファンは多いんだ」


 アイドルは職業である。偶像と訳すのであれば聖職者である。だが、その前に人間であるということを、ファンは理解している。だから職についている間と、職に就く前とでは解釈が異なる。


 中には過去と現在を混同するファンもいる。だが、しっかり対応すれば炎上には至らない。炎上するとすれば、対応が後手にまわったとき。その原因の多くは、事務所が事実を認識していないこと。


「事務所の方針としても、過去の交際を問題に契約解除することはない」


 松田のその一言に、明菜はほっと気を緩めた。松田はそれを正面から見つめた。太郎がそれを見ることはなかったが、しっかりと感じ取っていた。


「けど。嘘をついていることがあとから分かった場合、そうなることはある」


 松田は契約解除というきつい言葉をあえて避け、そうなることとだけ言った。それだけで明菜も太郎も理解できると考えたからだ。松田の思惑通り、2人とも意味を理解した。その証拠に、明菜はすがるような目で太郎を見つめた。


 太郎は、困り果てていた。こんなことなら再入店なんかしなきゃよかったと思った。だが、松田が自分にはなしかけている以上、誠意をもって対応しなくてはいけないことのように感じた。


「嘘をついたかどうかって、俺にも適用されるんですか?」

「されないよ。君とは、契約していないからね」


 松田は即答だった。明菜は一瞬だけ安堵の表情を見せた。だが、直ぐまた不安と緊張に襲われると、太郎をすがるような目で見つめ直した。思い出したのだ。今し方「……付き合っていません!」と太郎の言葉を遮り、嘘をついたことを。


 太郎は、明菜が突然メールで別れを切り出したことに納得してはいない。だが明菜が、ずっとアイドルになりたいと思い続けていたことは理解していた。もう直ぐでその夢は叶う。それを潰すようなことはしたくはない。


 沈黙の中、グラスの中で氷がステップを踏んだ。甲高い、いい響きだった。それだけの時間を費やしたとはいえ、太郎は今1番に考えるべきことを正しく選び抜いた。


「あの。松田さんのはなし相手って、俺ですよね」


 太郎は、血迷ったフリをしてそう切り出した。次のステップを待つようにして、松田が言った。


「そうだね。この際、明菜くんの発言はガン無視しとこう」

「実は、半年前から付き合っています」


 さすがの松田も面食らった。現在進行形の発言だったからだ。




 同時刻。ライブハウスの控え室。男は名を竹田晴郎という。小さな芸能事務所の社長兼マネージャー兼雑用。40年前にレコード会社と契約してデビューした生粋のミュージシャンなのだが、随分前から他人の世話をする側になった。


 所属アイドルには人気がなく、事務所には資金がなく、唯一あるのが竹田のそれなりの人脈。知り合いに頼み込んで、久し振りに対バンライブにブッキングされた。それが不運にも所属アイドルが列車事故で足止めされてしまった。


 もし穴を開けてしまったら、所属アイドルを出演させることがさらに厳しくなる。だからどんなことをしてでも穴を埋めなければならない。たとえ、素人でも何でも、事務所の看板を背負って出演してさえくれればよかった。


「よし、早速デビューだ! どんなアイドルソングを歌える?」

「『矢切越え』なら得意中の得意です」


「演歌だよね」

「じゃあ『天城酒場』とか!」


「演歌だよね」

「えっと『北・冬景色』は?」


「演歌だよね。『津軽海峡渡し』もだめだよ!」

「何で、何で、何でーっ!」


「演歌だから。お客さんが求めてないから」

「2倍速で歌えば、ノリノリなのにっ!」


 桜子がデビューするための曲選びは難航していた。


______


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