鉢合わせ
ロールケーキの美味しい喫茶店の前。松田が時計を見た。針は12時27分を指していた。3分早いのを承知で、松田は店に入ろうとした。そのときちょうど店を出ようとする男がいた。太郎だ。
太郎が一瞬早くドアノブを掴んだ。スマホを片手に文句を言いながらドアを押して外へ出た。松田はドアを避けて身体をよじり、太郎からは死角になるところへ移った。明菜は松田の直ぐ横にいたが、死角ではなかった。
太郎と明菜。2人同時に相手の存在に気付いた。先に声をかけたのは、明菜だった。太郎はぶつぶつ言っていて、反応が遅れた。
「ったく。予約客がいるからって、追い出すか、普通!」
「ロ、ロウくん……。」
「あっ、明菜……。」
ドアの影からひょっこりと松田が顔を覗かせる。
「明菜くん、知り合い?」
太郎はピンときた。明菜の横にいる男は、桜子がはなしていた芸能事務所のスカウトに違いないと。だから、慌ててドアノブを手放して言った。
「こっ、こんにちは。水森さんのクラスメイト……。」
「……待って! 私が紹介します」
太郎が「の佐倉太郎です」と続けようとするのを明菜が遮った。そして、先ずは太郎に松田を紹介し、それから松田に太郎を紹介した。そのときに太郎との間柄については何も触れなかった。
「どっ、どうも改めまして。クラスメイトの佐倉です」
「はじめまして、松田です。よろしくねっ!」
挨拶を交わす僅かな時間に、松田は明菜と太郎の関係について考察した。そして、太郎が明菜の元彼の可能性が高いと結論付けた。
最初にそう考えたのは、明菜が紹介すると言い出したとき。とっさに明菜・ロウくんと呼び合ったことも気になった。それに、明菜に声をかけたとき一緒にいた女性がロウと口にしていた気がした。
決め手となったのは、太郎がギターのストラップを付けていたことだった。楽器のストラップなどという珍しいものを付けた2人がただの同級生というのは不自然極まりない。
松田は、確かめなければならなかった。だから言葉を続けた。
「佐倉くん、よかったらしばらく同席しませんか?」
「そんな! 松田さん、ロッ、佐倉くんに迷惑ですよ」
「……。」
太郎は申し出を受けることも断ることも出来なかった。このままでは明菜に押し切られるだろう。そうなったら、明菜は決して太郎との関係をはなさない。それが1番困る。だから、松田はカマをかけて言った。
「そうかな? 追い出したのは俺達みたいだし! ね、ロウくん」
「えっ、そ、そうなんですか……。」
こうして、太郎は再びロールケーキの美味しい喫茶店に入り、元と同じ席につくことになった。
そのとき、桜子も竹下通りにいた。溢れ出る力に震えていた。一種の武者震いだ。太郎がいなくなって困っているをすっかり忘れていた。それより、今持っている力で困っている人の役に立ちたいという気持ちの方が強かった。
ロールケーキの美味しい喫茶店の手前に、初老の男性がいた。男は困った顔をして何度も手許のスマホを見ては、天を仰いではと忙しそうにしていた。困っている人の役に立ちたいと考えている人にとっては格好の餌食だった。
桜子が男に声をかけたのは、運命でも何でもない。必然ではあるが。
「何か、お困りですか?」
「あぁ、とっても困ってるよ。このままじゃウチは破滅じゃ」
男はそう言いながら、声のする方を見た。そして、思わずスマホを落としてしまった。ガシャンと嫌な音がした。桜子は、スマホを貸してあげようと、自分のを取り出した。そして男に差し出しながら言った。
「たしかに、お困りのようですね」
「そうだな。でも、君になら解決できるかもしれない」
困っている人の役に立ちたいと考えている人にとっては絶好の呼び水だった。
「お任せください! 何でもしますよ」
「そうかい。じゃあ、13時30分からのステージを埋めてくれ」
「了解! スコップはどこですか?」
「そうではない。アイドルとしてステージに上がってほしいんだ」
男には確信があった。着る人を選びそうなワンピースを見事に着こなしていること。超絶美少女であること。それに、鞄に付けたストラップ。ギターかベースかは、男の衰えた視力では分からない。が、何方でもよかった。
桜子は、男に連れられて小さなライブハウスの控え室へと行った。
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