第1章 原宿のアイドル

ワンピースの行方

高級そうな店の着る人を選びそうなワンピース

 明菜は松田に連れられ事務所へ行った。契約に際して松田は学業の優先を勧めた。アイドル稼業は水商売。成功しなかったときに社会では学歴がモノをいう。松田はそのことを充分に理解していた。


「よしっ。今日はやることがまだまだあるぞ」

「はい。がんばります!」


 明菜も気合い充分。直ぐにでもステージに立ちたいという気持ちでいっぱいだった。そんな明菜に松田が水を差す。


「プロなら、頑張るのが当たり前。『がんばる』は使わない方がいい」

「はい。では……よろしくお願いします」


 明菜は指摘の通り言い直した。明菜なりに松田のことを信頼しているのだ。


「うん。それでいい」

「ありがとうございます!」


 本当は新人アイドルが「がんばる」と言うのは受け入れられるもの。だが、松田は直ぐにでも明菜を売り込むつもりでいた。変な癖が付かないよう最初から「がんばる」と言うことを封印させたかった。それだけ自信があった。


「先ずは宣材写真、採寸、ステージ見学、レッスンのスケジューリングだ」

「はい。がん……よろしくお願いします」


 明菜は笑顔でごまかした。松田は時計を確認して言った。


「よし。そろそろ出発だっ!」


 明菜と桜子が向かったのは、事務所から徒歩5分のとある洋品店。明菜はその店構えに見覚えがあった。数十分前に桜子と一緒にウインドーショッピングをした店だ。着る人を選びそうなワンピースはこのときもまだ飾られていた。


 松田は店の前でまた時計を確認した。その時計の針が11時30分ちょうどを指すのと同時に、店の扉を開けて中へ入った。明菜は直ぐ背後について店に入った。中からもワンピースが見えて、なんとなくほっとした。


「カツ君、毎度!」

「松田さん、こんにちは。相変わらず時間ピッタですね」


 松田にヒデ君と呼ばれた男は、名を芝田克幸という。21歳のデザイナーのたまご。2人が入店するのと同時に店の看板をしまいはじめた。そのときに明菜の側を通った。明菜はとっさに笑顔を作るが、芝田は全く興味を示さず無愛想。


 松田は怯まずに喋りかけるが、芝田は迷惑そうに言い返した。


「そうでなきゃ、君の師匠は怒るだろう」

「もうとっくにカンカンですよ。よりによって今日だなんて」


 今日と言われて、松田は思い出した。この日は表参道でファッションショーがある。この洋品店の店主も参加する予定なのだ。松田は確かによりによって今日だなと思いはするが、遠慮はない。


「そうは言っても、こっちにも都合ってもんがあるんですよ」

「そうっすね。かわいいっすもんね、その子」

「あっ、ありがとうございます」


 また少し、明菜はほっとするのだが、それもこのときが最後だった。


 若い店主が出てきてからの明菜は、緊張しっぱなしだった。信頼していた松田が、タジタジになっているのを見たのだから仕方がない。宣材写真用の衣装を決めステージ用衣装の採寸を終えたときには、気疲れしてへとへとになっていた。それに、自分の笑顔が武器にならないことがショックだった。

 



 明治神宮前駅。おっちょこちょいな桜子は気付いていなかった。シャツの上から2番目のボタンが外れていることに。おっぱいが急に大きくなったので弾け飛んだのだ。周囲を探していれば、倒れている太郎に気付いたかもしれない。


「太郎やーっ、どこ行ったーっ!」


 恥ずかしげもなく大声で叫びながら街を歩いた。表参道の坂を下り左に曲がり、今朝とは逆側から竹下通りに入ろうとした。そのときに、車に乗った見知らぬ男性に声をかけられた。

 

「君! 直ぐにこっちへきなさい」


 男は車を降りると桜子の手を強引に掴み、走り出した。桜子はついていくしかなかった。


______


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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