超絶美少女幼馴染は山吹る
太郎と桜子。見つめ合っていた2人は、どちらからともなく目を閉じた。桜子は暗闇の中に身を投じるのに、側にいるのが太郎でよかったと思った。太郎も似たような安心感を覚えた。
「桜子」
「タロ」
気が付けば、幼い頃に呼んだ名で互いを求め合っていた。2人が『クラコ・ロウ』と呼び合いはじめたのは高校生になってから。それよりも前はずっとこうして呼び合っていた。
太郎は明菜と何度もキスをしたことがある。1分を超えるロングキスだって経験済み。だからやわらかい唇の感触には慣れているという自負があった。少なくとも、目の前にいる彼氏いない歴16年の幼馴染よりは。
ところが……。
太郎は、3秒保たなかった。桜子のリップは桁違い。硬さはまるでなく不躾に押し付けられた太郎の唇を優しく押し返す。太郎にとって、あまりにも心地よかった。太郎の経験なんて、何の役にも立たなかった。
それだけではない。唇と唇が触れ合ったその瞬間から、桜子はえもいわれぬ芳香とともに、そのおっぱいを膨らませた。太郎は桜子には無いはずの、胸からのやわらかい刺激にも同時に晒された。
あるいは、3秒保ったのは、太郎だったからかもしれない。太郎でなければ、桜子の思いのこもったリップに1秒でさえも耐えられなかっただろう。
唇と唇が触れ合ってから3秒後、太郎は気を失い桜子の足元に倒れた。
「えっ、まだ数秒しか……。」
桜子は言いながら静かに目を開けた。3秒ではあったが、キスそのものには満足していた。だが、短か過ぎる。これでは実験にならない。鞄の中から手鏡にしろスマホにしろ、取り出して自分の姿を確認するのに、5秒はかかる。
web小説『超絶人気アイドル……』の作中、ヒロインは主人公とキスしたのと同じ時間だけ異能を発揮する。それは『山吹る』と呼称された現象。周囲にいる人という人を魅了する。
桜子は、もう1度仕切り直してキスしたかった。今度はあらかじめスマホを携えておこうと考えつつ、太郎を探した。だが、その姿がどこにも見つからない。少なくとも、桜子からは全く見えなかった。
本当は、桜子の足元にいる太郎。だが、見えない。桜子は1度だけチラリと足元の方に目をやった。だが、全く見えなかった。その代わりに桜子の視界に収まっていたのは、見慣れないほどにつっぱり変形したシャツだった。
「えっ? タロ?」
桜子にとって、おっぱいが大きくなっていることよりも、太郎がどこにいるかの方が関心が高かった。だから周囲に太郎を探した。まさか、自分の足元にいるとは思っていない。その視線は自然に数メートル先に焦点をあてていた。
「おーい、どこ行ったーっ」
数メートル先の左手に、窓のある建物がある。桜子が太郎を探してきょろきょろしていると、その窓に桜子の姿が映った。桜子は、それが自分の虚像だとは思えなかった。視線を右に戻すときまでは。
「ん? あれれっ」
窓に映った像が、桜子と同じタイミングで視線を移した。それでようやく、桜子は自分の姿だと気付いた。
「なっ、何? 誰? これ、私なの? かっ、かわいいっ!」
桜子は言いながら窓に近付いた。1歩目で太郎の小指を踏んづけたのだが、全く気付かなかった。今や、桜子の関心は太郎にはなく、100パーセント窓に映し出された自分の姿にあった。
「まるで別人。私じゃないみたい。表情もおっぱいも! 超絶美少女じゃん」
並の美少女でも、口に出してしまえば痛いセリフだった。だが、周囲の誰もそうとは思わなかった。「私は超絶美少女です」と言っても許されるほどの桁違いの美少女振りだったのがその理由の1つだろう。
「これが、山吹った私の、真の姿っ!」
それはさすがに、誰が聞いても痛いセリフだった。だが、そんなことさえ関係なかった。周囲の誰も、桜子の言うことを聞いていないのだから。代わりに、降臨したばかりの美しい女神の姿に見惚れていた。完全に魅了されていた。
「なんて、低燃費なの。キスしたのは一瞬なのに」
自身の容姿を確認した桜子。今度は内なるパワーと対話した。みなぎる力。溢れる勇気。弾ける愛くるしさ。そして、誰にでも優しくできる美しく広い心。その全てに感動した。そしてそれらは、尽きることのないもののようだった。
「そうだっ、太郎! 太郎はどこなの?」
山吹った桜子は、無敵の美少女だった。1つだけ弱点があるとすれば、おっちょこちょいなこと。さっきまでいた場所の直ぐ側に太郎が倒れているのに気付かないばかりか、踏んづけて歩く始末だった。桜子は太郎を探し歩くことにした。
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