超絶美少女幼馴染の我儘
「何て安直な。キスすると発動する異能。そんなの、あるわけがない」
太郎はスマホから目を外し拳を握りしめた。ふと周囲を見るとひそひそはなしながら太郎と桜子を見物している群衆がいた。今更ながら、側から見れば強面の男とメンヘラ女子がもめているようにしか見えないことに気付いた。
太郎の耳に、街の喧騒をかき消す桜子の声が届く。
「……いーじゃんっ、いーじゃんっ! キスって減るもんじゃないんだからっ! 大体、ロウは幸せ過ぎたのよっ。今まで学校で1・2を争う美少女に挟まれてたんだから。あっ、挟まれるっていっても、おっぱいに挟まれてたわけじゃないけどね。私にはそれムリだから。おっぱいはムリだから……。」
荒唐無稽なストーリーを鵜呑みにして、支離滅裂なことを言う幼馴染の桜子。自己中心的で自信家の割に毒を吐き散らす。毎度のこととは言え、失恋したそのときくらいもう少し気を遣ってほしいと、太郎は思った。
いつもと変わらない桜子。だが、それが幼馴染というものなんだろう。太郎はそう思い直した。すると、ところかまわずにわめき散らす幼馴染のわがままの1つや2つ、叶えてやろうという気持ちになった。
「よしっ、クラコ! キスするぞっ!」
「なっ、何よ。勿体振って! キスなんか減ら……。」
桜子は、絶妙なタイミングでわめくのを止めた。太郎の言葉を確かめるべく太郎の正面に立ち、じっと見つめながら続けた。
「ロウ、今何て?」
そして身体を少し、半身とまではいえない程度によじる。頬をさくらのように薄く赤らめる。純粋な心を映しているような大きな瞳を存分に潤ませる。
太郎がキスを承諾したのは、幼馴染としての義務感から。決してやましい気持ちはない。だが、太郎は大きな罪悪感に襲われる。
純な眼差しを向ける幼馴染を太郎は不覚にも明菜以上の美少女と認めざるを得なかったその瞬間。付き合っているわけでもないただの幼馴染。高校生にもなってキスをしてもいいものだろうか。もう、子供の頃とは違うのに。
太郎は義務感を盾に、罪悪感をかき消すようにして言った。
「だっ、だから。キスすっぞ! 減らないキスだ」
「ロウ。ありがとう」
しおらしく素直な桜子の言葉を聞いて、太郎は思わず前屈みになった。それでも少しずつ前へ進み出て、桜子の直ぐ前に立った。大きく胸が高鳴った。その鼓動が心臓を痛めつける。
「クラコ、はじめてだろう。俺なんかで本当にいいんだな」
「いっ、いいも何も。こっちがお願いしたんだから」
お互いの意思を確かめ合うように、2人は静止した。街の人々も脚を止めた。ショーのはじまりを固唾を飲んで見守った。強面の高校生男子と超絶美少女高校生というありふれた組み合わせも、ここまで極めれば珍しい。
「じゃあ……。」
「……待って!」
何かを思い出して、桜子が言った。太郎は気持ちが入っていただけに、肩透かしを喰らったようで、激怒した。
「何でーっ! 何で待たなきゃ何ないのさーっ!」
今度は太郎がわめき散らす。それを横目に桜子は財布から1000円札を1枚取り出した。それを太郎に渡しながら言った。
「はい。ビジネスキスだし、こういうことはちゃんとしておかないと!」
「はぁ? ビジネスキスだって? それもweb小説に?」
「きっ、気付いてたの?」
『超絶人気アイドル……』には、ビジネスキスという名称がある。だが、お金のやり取りについては記述がない。1000円札を差し出したのは、あくまでも桜子の創作。ビジネス感の演出だ。
「悪りぃ。さっきわめき散らしてたときに見た」
「いいわよ。減るもんじゃないし」
太郎は1000円札を受け取ると、財布にしまった。
これは、太郎と桜子にとっては、儀式のようなもの。何方かが他方にお願いをするときは、必ず1000円札をやり取りする。ただし、そのあと直ぐにしょうもないお願いで逆方向に1000円札を動かす。
そうやって共依存することで、持続可能な幼馴染関係を続けてきた。
少なくとも、太郎の側はそう思っている。だから1000円札を差し出されてビジネスキスだなどと言われても、腹が立つということはない。
「じゃあ、改めて。はじめようか」
「初回は30秒ってことでお願いねっ!」
30秒のはずだったキスは、太郎に大きな衝撃を与えた。
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