十五番:大吉 大事な人との信頼が深まるでしょう

 神崎の父の存在を知った日の週末。俺は神崎と二人で、遊園地に来ていた。もはやここまでくると完全にデートとしか思えないが、これは俺が計画したわけでも、神崎が計画したわけでもない。これは神崎の父、神崎康彦によって仕組まれたデートなのだ。俺には、神崎の信頼を築いてもらいたいらしく、その活動の一環である。その話を持ち出されたとき、神崎が迷子になりそうで不安だと伝えると、今日ここの遊園地を貸し切りにしたそうだ。意味不明である。しかしその意味不明さに、神崎は気付きもしない!例えばこれは、先日の話である。

「ねえ鬼山くん、見てみて!」

「どうしたんだ、神崎。」

どうせチケットのことである。

「昨日帰ったら、遊園地の貸し切りペアチケットが入ってたんだー。」

俺が入れたんだけどね。

「きっといつか応募した懸賞が当たったんだよ~。いやあ、運試しをしといてよかった~。」

君のお父さんが用意したんだけどね。

「ねえ鬼山くん、よかったら、一緒に行かない?」

「うんいいぞ。今度の日曜日でいいか?」

「うん!」

…この通り、本人はそういうことに気づく性格ではない。いわゆる天然なのかもしれない。

そして今日、誰もいないこの遊園地で、神崎は楽しそうにしていた。

「わー、ほんとに貸し切りだー!待ち時間なしだよ?乗り放題だよ?鬼山くんどうしよっか。」

はしゃいでいる神崎を見ていると、康彦さんからもらった無線イヤホンから通信音声が聞こえた。

『ここは美緒の信頼を獲得するために、美緒の行きたいところを聞くんだ!』

『おにいちゃんがんばって~。』

そう聞こえた後、通信は切れた。康彦さんはひなちゃんとともに、監視カメラで俺たちの様子を見ているそうだ。こうして定期的に通信が来ることだろう。俺は先ほどの通信に従い、神崎に訊く。

「神崎はどこに行きたいんだ?」

「私?じゃあ、あのジェットコースターがいいな!」

神崎が指したのは、この遊園地最大のジェットコースターである。いきなりこれに乗るのかと思いつつも、俺は神崎について行った。

 遠くから見ても大きかったが、近くで見ると圧巻の大きさだった。

「ほ、本当にこれに乗るのか…?」

「うん!あ、でも鬼山くんがいやだったら、全然別のでもいいよ?」

「ううん!全然いやじゃないよ!楽しみで仕方ないよー。」

「そっか!じゃあ、乗ろう!」

正直ジェットコースターはあまり得意なほうではない。だがここは康彦さんとひなちゃんのために、一肌脱ぐしかない。俺は覚悟を決め、ジェットコースターに乗った。

「わーーーーーー!!!」

神崎は楽しそうに叫んでいた。一方の俺はというと…。

「…。」

気絶していた。気付けば乗り終わっていて、ジェットコースターは止まっていた。

「し、死ぬかと思った…。」

「楽しかったー。ね、鬼山くん、もう一回乗ろうよ!」

「え、あ、ああ。もちろんいいぞ。」

俺は油汗をだらだらと流しながら、二週目に向かった。二週目は気絶することはなかったが、その分、恐怖をずっと感じていた。もう、ずっと怖い。なんで神崎はこれをこんなに楽しそうに乗れるんだ…?

「ねえ鬼山くん。」

「な、なんだ…?」

まさかとは思った。しかし悪い予感というものは的確に当たるものである。

「もう一回いい?」

「…どんとこい!!」

こうなればもうヤケだった。やけになるしかなかった。


△▼


「いやあ、楽しかったねー。」

「さ、最高だったな!」

「次、どこに行く?」

神崎が訊いてきた。しかし、ここでも俺は答えない。

「神崎の…好きなところに行こう…。」

息を切らしながら、そう言った。

「じゃあつぎは、あれ!」

次に神崎が指したのは、ワイヤーでつるされた椅子みたいなやつが回るアレだった。名称は知らない。

「よし、いこう!」

ハードな乗り物続きだが、ここは神崎についていくしかない。俺は神崎に必死について行った。

 正午、俺は早々に疲れ果てていた。

「そろそろお昼にしよっか。」

「そうだな…是非そうしよう。」

ついに休める時がやってきた貴重な休憩時間である。

「神崎は何が食べたい?」

「私はーハンバーガーが食べたいな!」

「じゃあ、決まりだな。」

そう言って遊園地内のハンバーガーレストランに向かう。

『よし、その調子だ、鬼山くん。』

『ひなもハンバーガー食べたーい。』

『お、ひなちゃんも食べるかい?あとでパパと買いに行こうね~。』

『うん!』

康彦さんがひなちゃんにデレデレなタイミングで、通信は切れた。よければ俺もそっちでひなちゃんを愛でたいんだが。

「着いたよ鬼山くん!…鬼山くん?」

「あ、ああ。」

俺たちは店の中に入った。

「ここのハンバーガー、結構うまいな。」

「そうだね!あ、私にやつ一口食べてみる?ソースがとってもおいしいんだー。」

「ちょっとだけ待っててくれよな。」

こいつはおいしいものを食べることが好きで、尚且つおいしいものをたべてるひとがすきなんだ。でもこれって、康彦さんが見てるんだよな…。これは康彦さん的にどうなんだろうか。

『食べなさい。』

「あ、食べるわ。いただきまーす。」

俺は神崎のハンバーガーを一口食べた。玉ねぎの入った刺激のあるソースが肉や野菜にマッチして、絶妙なうまさだった。

「うまいなこれ!」

「だよね~。鬼山くんのも一口ちょうだい!」

神崎は口を開けて待っているが、逆はどうなんだろうか。

『あげなさい。』

「あ、どうぞ。」

「はむっ。あ、こっちは全体的にまろやかでおいしい!」

確かにそうかもしれない。こいつやっぱり、かなり正確な舌を持っているんだろうな。

『美緒おねえちゃん、とっても楽しそう!』

そういえばこいつはひなちゃんにとってはお義姉ちゃんになるのか。フッ、この口にソースをつけた女がねえ。と思いながら、ナプキンで神崎の口の周りを拭いた。

『そうだね、ひなちゃん。娘が幸せそうなら、私も幸せだよ。』

娘がどこの馬の骨かわからない俺といちゃいちゃ(?)しているのを見て幸せだなんて言う父親が、未だかつていただろうか。この子にして、この親ありといったところか。

「神崎は午後はどこに行きたい?」

「鬼山くんの行きたい場所でいいよ。」

「いや、神崎があてたチケットなんだ。今日はとことん付き合うよ。」

「そっかあ。じゃあ、ここのお化け屋敷いこっか。」

神崎が入り口でもらったミニマップを指しながら言った。

「おおおおおおおおお化け屋敷!?」

「うん、鬼山くん、怖いの大丈夫?」

「こ、怖いのは…。」

『鬼山くん、ここはこらえてくれ。』

「俺、怖いの大好きなんだよね!毎晩ホラー映画見てるよ!!」

「すごい!鬼山くん、ホラー大丈夫なんだね!私、ついていくよ!」

こうして、午後一発目の予定が決まってしまった。


△▼


お化け屋敷を出た後、俺はどっと疲れてベンチに座っていた。夏休みに幽霊とあれだけ喋っておいてなんだが、俺は昔から大のホラー嫌いだ。ホラー映画は見れないし、夜の墓場とかでさえ通れない。そんな俺がお化け屋敷に入るなんて、結果は見え透いていた。俺は神崎の後ろに隠れながら、ギャーギャー叫びまくっていた。神崎の鼓膜がなくなっていないか心配である。俺がベンチでうつむいていると、後ろから冷たい感触があった。

「うおっ!」

「鬼山くん、これだけで驚くんじゃん。」

「幻滅したか…?」

「そんなことはないよ、誰だって苦手なことはあるもん。ごめんね、無理に連れてっちゃって。」

「いやいや、神崎が行きたかった場所なら、それでいいんだ。」

「私ほんとは、お化け屋敷に行きたかったわけじゃないんだよね。」

「…え?」

「今日の鬼山くんは、なんだかちょっと変だよ。優しすぎるっていうか…。」

確かに普段の俺はあんまりやさしくないかもしれない。

「だからさ、最後は、鬼山くんの好きなところに行こうよ。」

「いや、神崎の好きなところに…。」

「鬼山くんったら、私のことばっかり。私が楽しいことばっかりじゃなくて、鬼山くんが楽しいこともしようよ。今日まだ私、鬼山くんの楽しそうな顔見てないよ?」

その時、ああ、俺はなんて馬鹿だったのだろうと思い、右耳につけていた無線機を外す。こいつは俺と一緒なら楽しいから、俺を誘ったんだ。そのことを俺はすっかり、忘れてしまっていた。

「神崎、俺はあそこの観覧車に乗りたい。」

「うん、それなら一緒に行こ。」

神崎は俺の手を引いて、俺はそれに引っ張られて、俺たちは観覧車に向かった。


△▼


 もともと俺は遊園地なんぞ、好きではなかった。以前家族で遊園地に行った時も、修学旅行で行った時も俺はアトラクションが苦手で、その日一日ずっと観覧車に乗っていた。

観覧車は好きだ。人がたくさんいる中で唯一、人と接しなくてもよくなる場所。一人でいられる場所。そこに今日俺は初めて、誰かと一緒にいた。

「なあ神崎。」

「なあに、鬼山くん。」

「神崎は今日、楽しかったか?」

「うん、とっても楽しかったよ。」

「そうか、それはよかった。」

「鬼山くんは、楽しかった?」

「それは…今から決まる。」

「どういうこと?」

神崎は、首をかしげる。

「俺は今日、神崎に聞きたいことがあってここに来た。実はチケットも、人に用意してもらったものなんだ。」

「そっか、そうなんだ。それで、訊きたいことってなに?」

これは昨晩、深く考えた。いつも明るい神崎が、一度だけ暗い顔をほんの一瞬見せたことがあった。その言葉を口にした瞬間、いつも快晴の神崎の顔が、少しだけ顔が曇っていた。あっているかはわからない。だけど、これに賭けるしかない。

「神崎、中学の時に、部活動で何かあったんじゃないのか?」

俺がこう言った途端、神崎の目からは涙がこぼれていた。

「す、すまない、神崎。やっぱり俺、まずいことを聞いたよな!ごめんな…。」

俺は謝った。でも神崎は収まるばかりか、どんどん涙をこぼしていく。挙句の果てには俺に抱き着いて、何かが崩れたように、決壊したように泣き叫んでいた。会長の時は理由が何となくわかっていたためなんとかそれっぽいことができたが、今は神崎が泣いている理由がさっぱりわからなかったため、どうすればいいか本当にわからなかった。

「ごめんな…ごめんな……。」

俺には謝ることしかできなかった。

「違うの…、そうじゃないの…ただ、鬼山くんが…友達でよかったって…。だから今は…。」

神崎にギュッと抱きしめられる。これが正しいかなんてわからない、けど俺はそのまま、壊れてしまいそうな華奢な体を、やさしく抱きしめ返した。結局、神崎は観覧車が止まるまで、泣き止むことはなかった。

 俺たちは観覧車から降りた後、閉園までまだ時間があったので、近くに会った椅子に座った。神崎も、さっきと比べると少し落ち着いたように見える。

「落ち着いたか、神崎。」

「うん。急にごめんね、鬼山くん。」

「別に、大したことじゃない。それより、どうしてあんなになるまで…。誰かに相談はしなかったのか?」

「できなかったの。周りに相談できる人が、一人もいなかったの。」

友達がいなかったのか…。

「友達はいっぱいいたんだけど、みんな同じ部活で、誰にも言えなくて…。」

居たわ。

「鬼山くんも知ってるかもしれないけど、私は昔から運動神経がよかったんだ。」

まあ知ってるも何も、最初に出会ったときにその身体能力で助けてもらったしな。

「だから部活動は陸上部に入ったの。陸上部はみーんな優しくって、そんなみんなに応えたくて、私は大会に出続けた。だけど、二年生の時にね、ある日言われたの。


「あんた、運だけで上がってきたくせに、三年生の椅子を奪ってんじゃないわよ。」


…って。」

俺は…理解できなかった。なぜ神崎が、そんなことを言われるのか。言われなくてはならないのか。

「私は反論しなかった。だって、実際に奪っていたから。空気が読めてなかったから。空気を悪くしちゃったから。だからそのまま、大会と一緒に、部活も退会した。タイカイだけに。」

え、なんで今だじゃれ言ったの?しかも部活は普通『退部』だろ。全然うまくねえよ。

「神崎!」

「何?鬼山くん。」

神崎が返事をした直後に、俺は神崎の持っていたカバンを奪った。もうどうみてもひったくりである。

「こいつを返して欲しけりゃ俺に追いついてみろ!」

「え、ちょっと~。」

俺は全速力で逃げた。足がちぎれるまで走ろうと覚悟した。しかし、足がちぎれることはなかった。俺のほうが先に走り出しているにもかかわらず、神崎は、一瞬で俺追い越して目の前に立った。

「なにしてるの鬼山くん、返してー。」

そう言われたので俺は「ほらよ。」とすぐに返して、神崎の肩をつかみ、言った。

「日ごろからあまり運動してないとはいえ、走るのが平均より早い男子を一瞬で追い抜かす女がどこにいるってんだ。そして俺に追いつくまでに、運の要素が一つでもあったか?

何が「奪うな」だ。勝手に奪われてるだけだろ。才能?そんなもの、努力でたやすく追いつける。それでもお前が誰一人に抜かされなかったのは、お前が努力をし続けたからだろ?だから、お前は速い。中学で、いや、全国でだって一番だってとれたはずだ。その実力をしょうもないプライドなんかで切り捨てたんだ。そんなやつ、レギュラーになれなくて当然だ。実力も人間性も、お前の足元にも及ばねえよ。」

「…鬼山…くん……。」

さっき泣き止んだばかりの神崎は、また泣いていた。

「もう泣くんじゃねえよめんどくせえ。」

「ごめんね鬼山くん…でも、私…」


「鬼山くんと出会えて、本当によかった。」

神崎は泣きながら、でも笑いながら、そう俺に行った。

△▼


 俺の華麗なギャグによってなんとか閉園までに神崎を泣き止ませて、ていうかむしろツボらせてしまったらしく、帰りはずっと大笑いをしていた。どれがツボだったのかは不明である。最終的には笑顔で見送れたので良しとしよう。

 思い返してみれば、神崎は俺以外には一度も、自分から幸運の話をしていなかった。生徒会の人たちにさえも。でも、生徒会の二人はなんだかんだで俺を引き抜くときに神崎のことも調べていたので知っていたが、あの人たちなら、きっと大丈夫だろう。家に帰った後に部屋でそんなことを考えていると、右ポケットに何か入っていることに気づいた。

「…げ。」

入っていたのは、康彦さんから渡された無線通信機だった。恐る恐る耳につけてみると、何か聞こえてきた。

『おにいちゃん、何にも答えてくれなくなったね。」

『そうだね。いつまでつなげているんだいひなちゃん。』

『でもおにいちゃんは気付いてくれるよ!ひな、信じてるもん。』

俺がポケットにしまった後も、ずっと通信をつなげていたのか。俺はしっかりと耳につけ、あちらに向けて喋った。

「ごめんねひなちゃん、途中で外しちゃって。」

『あ、おにいちゃんだ。パパ、おにいちゃんの声が聞こえるよ!』

『あ、鬼山くん、繋げてくれたのか。今日は本当に、娘のためにありがとうね。』

「いや、別に神崎やひなちゃんのためだけじゃない。ずっと、気になってはいたんだ。こちらこそ、機会をくれてありがとう。今日みたいな日がなければ、自分の中でうやむやにしていたかもしれない。」

『美緒が部活をやめていたことを知ったのは、かなり後だったんだ。悩んでいることに気づけていたのに、別居して、なんの話も聞いてやれなかった。親として情けないよ。』

「ああ、そうなのかもな。あんたは今のままでは、情けないやつかもしれない。だから…。」

俺はまたこの人に偉そうなことを言うのかと少しためらう。けれどこの人には、絶対にそうしてもらいたかった。

「今度の体育祭、必ず神崎の母さんにも来てもらうことにする。だからあんたはあんたで、けじめをつけろ。」

『…え?』

『んー?』

それぞれ思いの違う疑問符を二つ聞いてから、俺は通信を切った。体育祭は、今月末である。


十六茶に続く

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