十三番:大吉 気の合う友人ができるでしょう

俺と神崎は何とか宿題をすべてやり終え、夏休みは終わりを迎えた。そして今日から学校。二学期初日である。人間、久しぶりに行くときは何か意気込んでいるものだ。俺とてそれは例外ではない。普段はグダグダした後に行くが、今日は早く学校に着いた。教室には一番乗りだった。ここでゆっくり本でも読もうかと思ったとき、俺がここにいることを知っていたのか、放送で職員室に呼ばれてしまった。いつもの、詩間先生である。

「失礼します。」

「おはようございます鬼山くん。さて、なぜ呼ばれたかわかりますか?」

「わかりません。」

何か俺悪いことしたっけ。

「あなたに友達がいないからです。」

いや、教師が生徒呼び出してこんなピンポイントで傷つけてくることある?

「あなたは一学期、神崎さん以外の友達ができていますか?」

「で、できてません…。」

「そうですよね。このままではあなたは友達がたった一人です。そこで、鬼山くんには友達を作ってもらいます。」

別に、作るほど欲していないんだが。

「今日、転校生が来ます。ですが、この子は少し変わり者なようです。そこでまず始めに、この転校生と友達になってもらいます。」

「神崎と俺があんまりベタベタされるといやだから、別の友達を作れってことですよね。」

「そ、そんなことは言っていません!これは鬼山くんのことを思って…。」

「そいつと友達になればいいんですね!では僕は失礼しまーす。」

「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」

別に俺は友達を作ってこなかっただけであって、友達作りが不得意なわけではない。幼稚園とかではたくさん友達がいた気がする。だから何も問題ないはずだ。

 少し時間が経ち、朝礼が始まった。そして、「最後に、」と、詩間先生が転校生を呼び、そいつは教室に入ってきた。髪は二つ分け、漂う清潔感。そして少し背は小さめの男だった。

「天文寺辰馬です。どうぞ、以後お見知りおきを。」

「席はもう決まっています。一番後ろの席の、鬼山くんの隣です。」

詩間先生の言葉に従って天文寺は歩いてくる。そして、席に着くと、俺に向かってこう言った。

「これからよろしくね、鬼山歩夢くん。」

なぜ、俺のフルネームまで覚えているんだ?俺の名前をちゃんと覚えている奴なんてこのクラスに二人といないのに。いやいや、そんなことはどうでもいい。俺はこいつと友達にならなければならないんだ。

「天文寺、友達になろうぜ!」

俺は握りしめたこぶしを見せながら、笑顔でこう言った。我ながら完璧である。

「歩夢くん。君は以前模試で全国順位第八位だったよね。」

「天文寺、友達になろうぜ!」

「対してボクは第九位。歩夢くん、次の模試で勝負しないか?」

「天文寺、友達になろうぜ!」

「決まりだね。勝負だ、歩夢くん。」

おかしい、一向に友達になれている気がしない。こういうと誰でも友達になってくれるって、父さんが言ってたんだが…。

「今日は共に食事をしようじゃないか。今日はシェフに頼んで特別なランチにしてもらったんだ。」

「え、いやだ。」

「え!?なぜ断るんだい?庶民ではなかなか味わえない高級料理たちだよ?」

「んなこと言ったって、興味ないしなあ。」

「そんな…、だったら君は何を食べるっていうんだい…?」

「俺は…。」


流れでその日は、結局天文寺と食堂に来ていた。

「おいしい、これは一体何だい?」

「お前、ラーメンも知らねえのか?人生損してるぞ?」

「こんなおいしいものがこの世にあったなんて…。」

そういって天文寺は突然、手をたたいた。するとどこからともなく執事服の白髪の男がやってくる。

「じいや、今日のディナーはラーメンだ。」

「わかりました坊ちゃま。シェフにそう伝えておきます。」

そういうと執事はすぐにどこかへ行った。今更気付いたがこいつは金持ちの坊ちゃんだった。でもなぜこいつがこんなところに来たのだろう。

「転校する前はどんな高校にいたんだ?」

「そうだね…。東京のとても大きな高校にいたよ。」

「それならわざわざこんな狭苦しい高校に来ることはないだろう。なぜここに来たんだ?」

「それはもちろん、君と勝負するためさ。君はボクのライバルなのさ。」

そういえばこいつ俺が全国八位とか言ってたな。あの時のテスト、そんなに成績よかったのか。

「君は昔からいつもボクの上にいた。テストだけじゃない。運動においてもそうだ。今年の50メートル走なんて、ボクと0.01秒差で君が勝っていた。」

「けど、50メートル走なら神崎のほうが速いぞ?」

「え、神崎…?一体誰だいその子は。」

「あの隣のテーブルであの体型ではあり得ないほど食ってるやつだ。」

今日も今日とて、神崎は食堂の料理を満足そうにたいらげていた。カレー大盛にサラダ大盛、それらを一人で片づけていた。

「あの少女が、君より速いというのかい…?」

まあ別に俺もそこまで速いほうじゃないけどな。

「ここはどうなっているんだ。失礼だがここはそんなにレベルの高い高校じゃないだろう?なのになぜ…。」

「さあな。たまたまなんじゃないか?」

いやまあ普通にまぐれだとは思う。

「そんなこと言ったら、君こそどうしてこの高校にいるんだい?」

「落ちたんだよ公立に。」

「まさか、君が落ちるはずないじゃないか。」

「そのまさかだ。俺は受験に失敗してここにいる。」

「そうだったのか…。それは災難だったね。」

俺の受験に対して災難だったなんて言ってくれた人は、姉に続いて二人目だった。俺も前までは悔やんでいたが、今は違う。

「確かに災難ではあった。だけど俺はここに来てよかったと思ってるよ。」

「どうしてだい?」

「ま、そのうちわかるさ。」

俺はそういって、食器を片付けに行った。去るときに「歩夢くん、勝負はしてもらうよ!」と言われたので「勝手に比較するなら別に構わん。」と返した。


△▼


放課後、夏休み明け早々生徒会に集合がかかった。そして始まる第三回生徒会会議。いや、四回?ちょっとよくわからないが、お盆ぶりの面々が顔をそろえた。そして、この会議に俺はひとつの懸念があった。それは…。

「いやあ、この前のお盆は楽しませていただきました。」

「楽しんでくれたなら良かったよー。来年もまたみんなでどこかに行きたいねえ。」

そう、この前俺たち生徒会は一つ屋根の下で寝泊まりしたわけである。部屋は分けていたし特に何も起きなかったのだが、そんなことを初めて聞いた詩間先生は黙っちゃいないだろう。と思っていたが詩間先生は静かだった。なんだ、と安心して詩間先生のほうを向いたら、鬼の形相をしていた。

「し、詩間先生…これは…その…。」

詩間先生は笑顔で親指を立てた。それに俺が安堵する直前、その指を首の前で横切らせる。そして親指を下に向けた。まあつまりは、死んで詫びろってことか。みんな今までありがとう。俺はどうやらここまでのようだ。

「よし、じゃあそろそろ始めまーす。」

各人夏休みの思い出を話している中、会長が切り出した。やっぱりこの呼び方のほうがしっくりくるな。

「今回の会議内容は体育祭です。とはいっても競技内容などは体育科の先生たちが決めてくれるのであまり決めることはありませんが、当日までの準備や当日の細かい立ち回りなどもあるので、その辺りの確認を体育祭まで定期的に行います!多分、週一くらいかな。」

今回はそれほど忙しくないってことか。

「こちらが、前年度のプログラムです。おそらくこれと似た形になると思います。」

詩間先生はまたも資料を持ってきてくれた。欠かさないなー。けど俺今からこの人に殺されるんだよなー。

「じゃあ、これで今日の会議は終わりです!お疲れさまでした!」

こうして会議が終わった。そして終わった途端に、詩間先生はこちらをぎゅるりと向いてくる。

「鬼山くん、一緒に帰ろー。」

「いや、ちょっと今日は寄らなきゃいけないところがあるっぽい。」

「ぽい?そっかあ。じゃあ先に帰るね。」

俺は「ばいばーい」と言って立ち去る何も知らない神崎を見送り、当たり前のように先生とともに談話室へ行った。

「さて、どういうことか説明してもらいましょうか。」

詩間先生は、今にも怒りで崩壊しそうな顔をして、俺に問い詰める。

「会長に誘われて、みんなで会長のおばあちゃんちに行ったんです。…空き家の。」

「あなたたち四人でそこに寝泊まりしていたというんですか!?」

「…はい。」

「何もしていませんよね…?」

「…はい。そこは神に誓って言えます。」

「ならいいです。今回は見逃しましょう。」

「え、ほんとですか?」

思っていたより早い許しに、俺は驚いていた。

「今日、お昼は天文寺くんと食べていましたよね。もう仲良くなるなんて、正直、あなたを見くびっていました。」

「はあ。」

「あの子が転校してきた理由は知っていますか?」

「俺と勝負しに来たって言ってましたけど。」

「それもあるようですが、もう一つあるんです。会話したらわかったと思いますが、彼はプライドが高い子です。そのせいか、前の学校ではあまり人間関係がうまくいかず…。」

「でもあいつ、そんなに悪いやつとは思わなかったですよ。前の学校のやつらは、見る目がないですね。」

「私もそう感じました。どうかこれからも彼と仲良くしてあげてください。」

「まあ、俺から仲良くしなくても、勝手に向こうが話しかけてきますよ。」

「それもそうかもしれませんね。」

こうしてその場は収まった。俺はてっきりぼこぼこにされるかと思っていたが、先生が悪魔じゃなくてよかった。


△▼


 帰り道、神崎は一人で帰っていったので、俺は久しぶりに一人で帰っていた。たまには一人で帰るのも、考え事をするいい時間となるので嫌いではない。途中でガムを踏んだりもしたが、ぼーっと色んなことを考えながら歩いていた。すると後ろから、声を掛けられる。

「お、歩夢くんじゃないか。こんなところで奇遇だね。」

「お前も家はこっちのほうなのか?」

「そうさ。あそこのマンションに住んでいるんだよ。」

彼が指したのは、神崎家のすぐ隣。元神崎家の高級マンションであった。俺はてっきり、豪邸からリムジンで送り迎えかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「あ、よかったらうちに上がっていかないかい?ボクのできる限りのもてなしをするよ。」

「ほんとか?まあ予定もないし呼ばれることにするよ。」

俺は誘われるがままに、天文寺のマンションについて行った。

 マンションは、ロビーから既に広かった。こんなに広い必要ないだろと思うくらいには。テーブルや椅子もいくつかあって、ちょっとした休憩なら全然できそうだった。そして上に上がり、最上階。俺は天文寺と一緒に、玄関から入った。部屋は広く、そして窓からの眺めの良さはそこからでもわかった。街一帯が見渡せる高さだった。

「お前こんないいところに引っ越したのか。流石お金持ちだな。」

「ボクはここで、じいやとシェフの三人で暮らしている。シェフ、彼に紅茶を出してくれないか?」

「かしこまりました。」

シェフは女性の方だった。てか、紅茶入れるのはじいやじゃないのか?

「そもそもボクは家でほとんど一人だったんだ。だから、このくらいでちょうどいい広さだよ。君は家族と暮らしてるのかい?」

「多分お前と一緒だ。両親は仕事でほとんど家にいないから、姉と二人で暮らしている。」

「そうなのか。なんだか君と僕は共通点が多いね。どんな人かと思っていたけど、話しやすい人で助かったよ。」

「それは俺も同じだ。案外俺たちは気が合うのかもな。」

「…ところで、君が高校に落ちたのには何か理由があるんだろう?よかったら聞かせてくれないか?」

「俺の生まれつきの不運だ。大したことじゃない。」

そこで俺は少し驚いていた。自分の不運を大したことないなんて言ったのは初めてである。そしてそれが口から自然にでていたことに、少し驚いていた。いただいた紅茶を飲んで少し落ち着くとしよう。

「生まれつき不運か…。君はきっと、これまで苦労してきたんだろうね。」

「それはお前も同じだろう。お前も、お前なりの悩みがあったはずだ。」

「…たしかに、そうかもしれないね。でもこうして君と出会えたのだから、ボクは今幸せさ。」

「前の高校で何があったかは知らないが、この高校ではきっとそんなことはないはずだ。俺にこだわらずとも、積極的に話すといい。」

俺はそう言い終えた後、お茶を飲み干した。

「俺はそろそろ帰るよ。いや、おさせていただくって感じか?」

「もう帰ってしまうのかい?まあ、また来てくれるとうれしいよ。」

「お茶、ごちそうさまでした。おいしかったです。」

シェフにそう挨拶をして、俺は玄関に向かった。

「また明日会おう、歩夢くん。」

「おう、また明日な。」

俺は玄関を開け、天文寺の部屋を後にした。だが、玄関を閉め終わったとき、何かがぶつかってきた。

「ごふっ。」

「あ、ごめんなさい!」

ぶつかったのは小学生くらいの小さな少女だった。

「走ると危ないぞ?」

「あ!」

「あ?」

唐突な「あ」だったので、思わずオウム返しにしてしまった。

「パパの石ころだ~。どうしておにいちゃんが持ってるの?」

「石ころ?ああ、このダサいブレスレットのことか。じゃあ君はあの占い師の娘ってことか?」

「ううん、パパはパパだけどパパじゃないの。私のパパはもういないの。」

複雑なんだな。

「こら、そんなに走っちゃ危ないだろう。」

後ろから声がしたので振り向くと、先程思い浮かべた顔がそこにはあった。

「あ、変態占い師。」

「き、鬼山くん…?いや、これはその…人違いです!」

そう言って、占い師はすごい勢いでドアを閉めた。顔はばれてないと思っていたのだろうか。そもそもなぜ顔を隠すのか。最後に大きな謎が残ったまま、その日は帰ったのだった。


十四番に続く

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