十二番:吉 美しい別れが来るでしょう
生徒会のみんなで晩御飯を食べている最中、俺の一言で、空気は一変してしまった。
「なんで知ってるの…?誰かから聞いたの?」
「知ってるも何も、俺はそう名乗る人に会いました。会話もしました…。一緒に…買い物もしました…。」
「そんなわけない!だっておばあちゃんは…おばあちゃんは…。」
望月さんの表情が、どんどん沈んでいく。そして必死に笑顔で、望月さんは言った。
「ご、ごめん。空気悪くしちゃったね。私、部屋に行くよ。ごちそうさま。」
望月さんが走って階段を上っていく。それを引き留める勇気は、俺にはなかった。
「鬼山くん、おばあちゃんに会ったって本当なの?」
「本当だ。一日目に俺が買い物に行ったとき、バス停にいたんだ。そのあと一緒に買い物もした。」
「不思議ですね…。」
「森から帰るときに寄った場所も、ここ数日言ってた場所も全部バス停だ。」
「バス停に言ってたのは見てたけど、バスに乗ってなかったんだ。鬼山くん変わり者だねえ。」
お前が言うな。
「では、ここ数日、毎日会っていたということですか?」
「いや、それは違うんです。一日目と二日目しか会っていなくて…」
俺は二人にどうしてこうなったかを説明した。夕方まで待ってくれた文さんが、もう会えないといったこと。そしてそこから俺が意地を張って毎日待っていたこと。それらの話を、晩御飯を食べながら少しづつ話していった。一通り話し終えた後、藤坂さんは俺にこういった。
「それで、鬼山くんはどうしたいんですか?」
「できればもう一度、文さんと話がしたい。でも、一体どこにいるのかもわからないし…。」
「それって、文さんがどこかに行ったんじゃなくて、鬼山くんが見失ってるだけなんじゃない?」
「俺が…見失ってる…?」
神崎が言っていることが、俺にはさっぱりわからなかった。
「初めから、会えることが変でしょ?だっておばあちゃんはもう亡くなってるんだし。でも鬼山くんが会えたのはきっと、何か理由があると思うんだよね。うまく言えないけど。」
俺が会えた理由。いないはずの存在。誰にも見えない…。
「みんなの声が聞こえるだけで、寂しくないものなんだよ。」
…そうか、そういうことか。
「神崎。…お前は天才だ。」
「おや、鬼山くんから褒めてもらえていますよ神崎さん。」
「いやあ、照れますなぁ。」
「行くんですか、鬼山くん。」
「はい、ごちそうさまでした。」
暗闇の中、俺はもう一度バス停に戻る。街灯の光を頼りに、まっすぐに向かった。バス停に着いた後、ベンチに腰掛けてから俺は暗闇のに向かって、こういった。
「もう三日も経ちましたよ。いつまで待たせるんですか、文さん。」
「ほんとに、歩夢くんはバカだねえ。」
俺が三日も待った少女は一瞬で、俺のそばに来てくれた。
△▼
最初に会えたのは、俺が寂しいと思っていたからだ。みんな疲れていて、買い物は俺一人で引き受けた。けれど、本当は誰かについてきてほしかった。こんな遠くまで来て、一人になりたくはなかった。そんな思いが、ずっとそこにいた文さんに合わせてくれたのである。そして二日目に会えたのは、いると信じていたから。そして今会えたのは、三日目にしてやっと、ここにいると分かったからだ。
「こんな夜に呼び出して、何の用なの?寂しがり屋さん。」
文さんは言った。
「それはお互い様ですよ。文さん、質問です。どうしてここにいるんですか?」
「なんでだろうねえ。死んでからずっとここにいて、気付けばもう10年経ってたよ。」
「ずっと一人だったんですか?」
「そうだね。夫はもうずいぶん前に先に行ってたから、寂しいのには慣れてたつもりだったんだけど、いざにぎやかな声を聴くと、どうも寂しくなっちゃってね。そんな私の話を、名前も知らない君が聞いてくれたんだよ。私なんかのせいで、君の大切な時間を三日も奪ってしまったよ。」
「でも、ずっとここにいたんですよね。俺が待ってる間も。だったら別に、無駄なんかじゃないですよ。」
「どうして?」
「俺がずっといたなら、寂しさも少しは和らぐんじゃないですか?」
「歩夢くんのバカ。大バカ者だよ。」
文さんは呟くように、そう言った。
「あと、文さん、聞きたいことがもう一つあるんです。望月さんのことなんですけど…。」
「楓ちゃんのことだよね。楓ちゃん、何かあったの?」
「俺が文さんのことを話したら、部屋にこもってしまって。文さんと望月さんって、何かあったんですか?」
「…。」
文さんは顔をうつ向かせ、黙り込む。
「話しにくいことだったら大丈夫ですよ。」
「いや、話せるよ。話さなくちゃならない。楓ちゃんのためにも。」
文さんはこぶしをぎゅっと握りしめて、話し始めた。
「お盆になったら毎年、娘が家族でうちに帰ってきてたんだけどね。孫の楓ちゃんは私にべったりで、たっくさん遊んでた。毎年成長してやってきて、元気で活発な子になっていった。そして、あの子が小学生くらいの時にあのスーパーに行こうってことになって、バス停でバスを待ってたの。私がしっかり見ておけばこんなことにはならなかったんだろうけど、ちょっとぼーっとしてたのかもね。バスが来る直前、あの子がちょうちょを追いかけて飛び出しちゃって。それを止めるように必死でかばったら、私も楓ちゃんも車にはぶつからなかったんだけど、私だけ、地面に頭をぶつけちゃってねえ。何せ私も年だった。頭をぶつけただけでいろんなところがだめになっていくんだ。そうして私は、娘や楓ちゃんに見守られながら地元の病院でこの世を去る、はずだったのに、今ここで10年も過ごしているわけなの。」
人が死ぬ話なんてあまり聞いた経験はなく、俺はうまく言葉が出なかった。
「ごめんね長々と。」
「いえ…。」
「あの子はきっと、自分のせいで私が死んだから、私が楓ちゃんのことを恨んでいると思っているんだよね。だから毎年ここにやってきて掃除をするのは私への罪滅ぼしだと思うんだよ。両親にあの家を壊さないでって必死にお願いしてた。でも私は、楓ちゃんのせいでなんて思っていない。楓ちゃんが元気でいることが、私の願いなんだ。その思いが伝えられず、ずっとここに留まっている。情けない話だよ。」
「俺がそのことを楓さんに伝えてきます。必ず…誤解を解いてみせます。」
「ありがとうね、歩夢くん。」
文さんが俺を見て笑った。愛想笑いではない、心からの笑顔に見えた。
「ところで歩夢くん。」
「なんですか?」
「歩夢くんは、一緒にここにきてる人の中で、好きな人とかいないの?」
どうして女子という生き物はいつもこうなのだろう。それを知ったところで、別に何もないじゃないか。
「ねえねえ、教えてよ。歩夢くんに聞いてもらってばっかりじゃ悪いし、話聞かせて。
「別にいませんよそんな人。ただの生徒会の人たちです。」
「でも、楓ちゃんと神崎美緒って子との距離は、明らかに違うよね。神崎美緒ちゃんとはどういう関係なの?教えて教えて!」
この人本当に中身おばあちゃんなんだろうかと思ってしまうくらいには目をキラキラとさせていた。
「ただの、友達です。」
「なんだー、てっきり付き合ってるのかと思ってたよ~。」
「俺と神崎って、やっぱそう見えるんですか?」
「私が他人の恋愛に植えすぎてるだけかもしれないけど、私の目にはそう見えたね!」
「そうですか…。やっぱり一緒にいすぎるとあんまりよくないですよね。」
「なんで?」
「だって、そういう噂が立ったら、神崎に迷惑だろうし。」
俺がそう言い終えた瞬間、文さんは俺にびんたするが、すり抜ける。あ、やっぱり幽霊ってそういう感じなのか。
「男がそんなこというもんじゃなーーーーーーい!!!」
「今何時だと思ってるんですか、声でかすぎですよ。」
「大丈夫だもーん!みんなには聞こえないもーん!」
え、待って、それはずるい。
「とにかく、君は神崎ちゃんを大事にしてあげること!もちろん楓ちゃんのこともね。」
「…はい。」
「わかったら、楓ちゃんのところに戻ってあげて。私はもう、急にいなくなったりしないから。」
「じゃあ俺はこれで失礼します。あ、一つ気になったんですけど、幽霊って寝るんですか?」
「うーん、寝るふりはできるけど、そもそも眠くならないからあんまり意味ないかな。」
「なるほど…。それなら、おやすみなさいではなくここではさよならと言ったほうがよさそうですね。」
「うん、ばいばーい。」
俺はそれにこたえて手を振り、その場を立ち去る。
「あ、あと楓ちゃんにでんごーん!」
叫ばれるとびっくりするからやっぱりやめていただきたい。
「…って伝えておいて!」
伝言は引き受けたが俺も大声で返事するわけにもいかないので「わかりました。」とつぶやく。まあいい感じに聞こえてるだろ、幽霊だし。
俺はおばあちゃんの家、否、文さんの家に戻った後、すぐに望月さんのいる部屋に向かい、ドアをノックした。
「望月さん、入りますよー。」
「え、キヤマ君!?ちょ、ちょっとま…。」
ここにきて一度も入ったことのない部屋だった。中には柄のついた記事で作られたぬいぐるみや、古い動物の写真が飾ってあった。おそらくここは文さんの部屋なのだろう。そしてそこで望月さんが一人、目を必死にこすっていた。
「あ、すいませんなんか…。」
どうやらタイミングがかなり悪かったようだ。ノックの意味とは。
「ううん、もう大丈夫。何かあった?」
「さっき三日ぶりにもう一度、文さんに会ってきました。」
「…え?」
「文さんから伝言です。『明日の夏祭り、絶対に来てね!』だそうです。」
そう言った後、俺はすぐに去ろうとした。きっと明日の夏祭りで、文さんが直接望月さんに伝えるから。でも、「では失礼します」なんて言いかけた時に、俺はグッと手をつかまれる。
「おばあちゃん、怒ってないの?」
「全然、怒ってなかったですよ。」
「キヤマ君、ちょっといい?」
「なんですか?」
「あとで美緒ちゃんに謝っておいてね。」
望月さんはそう言った後、俺に抱き着いて、泣いて、泣いて、泣きじゃくった。まるで小学一年生のように、顔も髪もぐしゃぐしゃになって、泣き続けていた。十年間たった一人で背負い続けた思いを、溢れさせるように泣いていた。俺はこういうときどうすればいいかわからなかったが、昔小さいころ母にされたように、やさしく頭をなでた。
△▼
翌朝、望月さんは昨日の姿は見る影もなく、意気込んで宣言した。
「今日はみんなで浴衣を着て夏祭りに行きます!」
「夏祭り!?屋台はありますか?」
神崎がすごい食い付きで聞いた。
「あります!ここら一体の合同の夏祭りなので、子供たちのために金魚すくいもヨーヨーも射的も全部あります!」
「あ、射的ですか?僕、あれ一度やってみたかったんですよね。」
藤坂さんも食いついた。
「そして最後には…。」
望月さんは少し間を空けて、落ち着いたトーンで話し始めた。
「子の夏祭りの最後には、灯篭流しをやります。おばあちゃんが死んだあとずっと参加できずにいたんだけど、今年は参加することにしました。」
望月さんがどうして参加しなかったのか何となくわかってしまった。あれを流してしまえば、まるで自分の罪も一緒に流すようで、許せなかったのかもしれない。
「ということで、まずは灯篭を作ります。材料はこの家にあるので、自由に使ってください。では、始め!」
神崎と藤坂さんが灯篭作り苦戦して、それを望月さんが手伝っている中、なぜか早く終わってしまった俺は暇を持て余していた。なので、ここに来てからもう毎日行っているあそこに行ってみることにした。
「こんにちはー」
「いくらコツを覚えたからって、それは適当過ぎない?」
「でもその適当で来てくれたじゃないですか。」
「ま、まあ、それはそうだけど…。」
俺はバス停で、もういちど文さんと会った。これ以上バスの運転手を混乱させるわけにもいかないので、ぶらつきながら喋ることにした。
「楓ちゃん、泣いてたね。」
「見てたんですか?」
「うん、歩夢くんの浮気現場見てたよ~。」
「なんてこと言うんですか。あれは別に…。ていうか、見てるのはちょっと意地悪じゃないですか?」
「ずるくないもん~特権だもーん。」
物は言いようである。
「でもこれで、私の長年の未練もなくなったわけだねー。」
「やっぱり今日の灯篭流しで行っちゃうんですか?」
「そのつもりだよー。あ、もしかして寂しい?」
「べ、別にそんなことは…。」
「ちょっとちょっと、そういうとこだよ?素直になりなよ~。」
文さんは当たり判定がないにもかかわらず、肘で俺をつついてくる。重なったところがなんだかヒヤッとするのでやめてほしい。
「ちょっと個人的な事情で、愛層を悪くして今まで人とかかわらないようにしてたんですけど、この高校に入ってからはみんな暖かくて、俺も変わらなきゃなーって思ってるんですけど…。」
「まあでもそこはきっと、自然に変われる日が来るよ。楓ちゃんも、去年と比べてとってもいい顔になってる。」
「結構ずっと見てたんですね。」
「まあ何年たっても、孫は孫だからねえ。」
そういうもんなのかね。俺にはまだ、よくわからない感覚だった。
「鬼山くーん、どこ行ったの―?」
「ほら、そろそろ戻ってあげて。みんなが待ってるよ。」
「そうみたいですね。ではまた、あとで。」
「うん。」
俺は叫ぶ神崎の元に戻ることにした。いや、:現代人なら携帯使えよ。
△▼
望月さんのこだわりなのか、俺たちは浴衣を着て夏祭りに行く。だが、ここに着付けができる人がいるのだろうか。
「私できるよ。」
「私も~。」
「僕もです。」
俺以外みんな、浴衣の着方を知っていた。…え?そんなにみんな知ってるものだっけ?高校生が?
「あれえ、もしかして鬼山くん知らないの?」
「逆になんでみんな知ってるんだよ。」
「私は小さいときにおばあちゃんに教えてもらって、それをずっと覚えてて毎年来てるだけだね。」
まあ望月さんはわかる。知ってるとは思ってた。
「僕はまあ、教養として。」
藤坂さんもわかる。この人は何でも知ってそうだし。
「私は…何で知ってるんだろうね。」
いや聞いてるのは俺だよ。なんでお前が分かるんだよ。
「まあ私は鬼山くんに教えてもらってばっかりだから、たまには私が教えてあげるよ!」
「た、頼むわ。」
俺の着付けは神崎にしてもらうことにした。
全員が着終わった後、みんなが俺を見て驚いていた。正確には、俺の浴衣を見て驚いていた。
「キヤマ君の浴衣の形、すごい綺麗だね。」
「本当ですね。とてもきれいにきれています。流石神崎さんといったところでしょうか。」
「私もびっくりしてますよー。こんなにきれいにできるなんて。」
なに、俺の浴衣そんなにきれいなの?自分では全くわかんないんだけど。
「さ、そろそろいこっか。」
望月さんが言った。
「そうですね、行きましょうか。」
藤坂さんもそれに同意する。
「楓先輩、会場ってどこなんですか?」
「任せて!案内するよ!」
俺たちは自信たっぷりの望月さんについていき、夏祭りの会場に向かった。
△▼
夏祭りの会場に着くと、思っていたより人が多く賑わっていた。なんでもこの夏祭りは大規模で人気が高く、広い地域からたくさんの人が来るそうだ。そしてその時、俺は真っ先に神崎の方を向いた。
「どうしたの鬼山くん、首を360度回転させて。」
それは一周している。
「神崎、手を出せ。」
俺が手のひらを出すと、神崎はその上に素直に手を置いた。この素直さは見習いたいものである。
「神崎、俺の手を絶対に離すなよ?」
「え、鬼山くん!?急にどうしたの?ちょ、ちょっと〜。」
俺は神崎の手を握って歩き始めた。また迷子になられたら、ここには迷子センターもないし、大事である。
後ろで「青春ですなぁ」「そうですねぇ」なんて縁側の老人みたいなセリフが聞こえたが、そういうつもりでは無いので無視した。
「神崎、行きたいところはどこだ。俺の手さえ離さなかったら、どこでも行っていいぞ。」
「ほんとに?じゃあ、あそこのたこ焼き食べたいなー。」
「おう、わかった。」
神崎に引っ張られるがままに、俺は様々な店に向かった。
それから1時間、神崎はずっと食べっぱなしである。
「お前、食いすぎじゃないか?」
「そうかな…?あ、もしかして鬼山くん、行きたいところあった?」
「あ、ああ。ちょうどそこの射的に行きたいと思っていたところだったんだよ。」
別にそう言うわけでもなかったが、ここで止めて置かないとこいつは無限に食う。腹がブラックホールと言っても過言ではない。いや、多分過言。
「でも鬼山くん、射的になんだか人が集まってるよ?」
「ああ、ほんとだ。どっちにせよ気になるから行ってみよう。」
「うん、わかったー。」
俺は神崎の手を引いて射的の方に向かった。
射的の屋台に着くと、何が人を集めていたか、よくわかった。
「おにいちゃん、すごいねぇ。また倒したのかい。」
「いえ、きっとたまたま当たっただけですよ。もう一度打ってもいいですか?」
「おう、いいよー。じゃんじゃん打ちな!」
藤坂さんが射的で、スマートに大暴れしていた。その様子が人を集めていたらしい。まあ、浴衣姿の爽やかメガネ男子が気持ちいいほどに射的を当てていたら、それはこうもなる。
「兄ちゃんかっこいい!何人殺したんだ?」
こら、うちの藤坂さんを勝手に人殺しにするんじゃない。
「そうですねぇ、軽く1万人は超えていると思います。」
人殺しだった。
「ねえねえ鬼山くん、あれほしい!」
神崎が指したのは、スイカだった。なんで射的にスイカがあるのかは置いておいて、コルク玉で倒れるわけないだろ。
「でもまあ、やってみるか。」
そういって店番のおじさんにお金を渡し、銃を構える。思いと言っても球体だ。転がすことができれば、倒すこともできるだろう。てか、球体を倒すってなんだ…?でも深く考えずにとりあえず打った。
当たった。
ゆらゆらと揺れるが、重くて落ちる気配はない、はずだった。突如としてスイカが転がっていった。まるで誰かに押されたかのように。
「いやあ、これを取っちまうなんてすげえなあ。」
「流石ですね鬼山くん。」
「いやいやいや、今明らかに落ちない挙動でしたよね!?おじさん押したりしましたか?」
「流石の優しい俺でも、そんなこたあしねえよ。ま、取れたんだしいんじゃないのか?ほら、景品のスイカ。」
射的を見ていた人が「おー」と盛り上がっているが今のは絶対におかしい。納得がいかないまま、人ごみの中から神崎のところに戻った。流石の神崎も、この一瞬では迷子にはなってなかった。
「え、ほんとにとってきたの!?すごい!ありがとう!!」
「まあたぶん、誰かさんの力が加わってるけどな。」
「誰かって?」
「さあ、誰なんだろうね。」
俺は辺りを見渡したが、その気配はなかった。
△▼
夏祭りも終わりに差し掛かり、ついに最後のイベント、灯篭流しの時がやってきた。生徒会で集まり、みんなで作った灯篭の中のろうそくに火をつけた。「そろそろ流そうか」というとき、俺たちの目の前に、一人の年老いた女性が現れた。そして、望月さんは走って、その人に駆け寄って、抱き着いた。
「…おばあちゃん…。私…私…。」
「いいんだよ。それより、大きくなったねえ。」
「でも、私のせいで…おばあちゃんは…。」
「こうして楓ちゃんが元気にいることが、私の願いなんだ。だからほら、笑顔を見せて。」
「…うん。」
「じゃあ、わたしはいくからね。」
「おばあちゃん…!」
望月さんの声で、女性は立ち止まり、振り向く。
「いままで…ありがとう…。」
それを聞くとその女性はこちらに背を向けた後、みるみる若返っていき、男の人と一緒に手をつないでどこかへ行った。それを見送るように、俺たちは灯篭を川に浮かべて流れていく様子を見た。闇夜に輝くその川はとても綺麗だった。
△▼
次の日、最終日。俺たちは川に行き、昨日とったスイカを使ってスイカ割をした。誰も成功しなかったが、望月さんだけちゃんと当てれていた。帰った後、風呂の中で色々思い返してみると、随分と不思議な七日間だった。でも、とても充実した日々でもあった。
その後、文さんの家は、望月さんが両親にもう大丈夫といった後、私物などをも含めたそのままの形で、誰かが買い取ったそうだ。確かに、別荘としてはいい場所かもしれない。にしても築何十年にもなるあの建物を建て替えずに買うなんて、物好きもいたものである。こうして、俺たちの夏休みは終わりを迎えようとしていた。そんな中、俺が風呂から上がりぼーっとしていると電話がかかってきた。
『もしもし鬼山くん?』
「神崎か。なんだ?」
『私、宿題全然やってない!』
「あ…。」
正直、俺もすっかり忘れていた。
「神崎、明日中に片づけるぞ!十時に俺の家に来い!」
『ほんとに?わかった!じゃあまた明日!』
夏休みは毎年、やることがなさ過ぎていつも流れで終わらせていたが、今年は充実していたので全く手を付けていなかった。でも、後悔は特になかった。いい夏休みだったと、そう思った。
十三番へつづく
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