十一番:末吉 あなたはその手をつかむことはできないでしょう
翌朝、俺は朝ごはんの支度の音で目が覚めた。隣で寝ていた藤坂さんの布団は綺麗にたたんであった。神崎は別の部屋なので起きているかはわからないが、きっと望月さんは起きていることだろう。そろそろ俺も起きようと体を起こすと、朝ごはんのいい匂いがしてきたのでゆっくりと下の階にに降りる。
「おはようございます。お二人とも。」
キッチンに藤坂さんと望月さんが並んでいた。が、なぜか藤坂さんは手を後ろで拘束されていた。
「藤坂さん…?どうしてそんなことに。」
「おはようございます鬼山くん。いやあ、僕どうやら料理があまり得意ではないみたいで。」
「得意じゃないってレベルじゃないよ!包丁で手を二回も切るし、お湯wくぁかしただけでやけどするし!」
望月さんが半ギレの状態で言った。藤坂さんはドジっ子なのか?
「料理禁止令が出たので、僕は近くで勉強をさせてもらっています。」
なるほどねえ。そんな先輩二人は見つけたが、神崎の姿は見当たらなかった。まだ寝ているのだろうか。
「神崎はまだ寝てるんですか?」
「美緒ちゃんならさっき走ってくるって言って外に出て行ったよー。」
「そうなんですね…。」
いつまでの寝ていたのは、俺だけだったようである。
△▼
朝ごはんも食べ終え、今日は何をしようかと考えていた。そんな時、望月さんが宣言した。
「今日は山に行きます!」
「山?」
「そう、山の中は自然がいっぱいだからとっても楽しいよ!」
「なるほど山ですか…。ぜひ行きたいです。」
藤坂さんが言った。
「カブトムシはいますか?」
神崎が尋ねる。
「かなりいます!探してみてね!」
「やったー!」
喜んでいる神崎の後ろで、ものすごい速さで虫取り網を用意する人がいた。
「行きましょう!カブトムシを取りに!!」
藤坂さんが少年のような目で、そわそわとしながら言った。なんかこの人、思ってたよりかわいい人なのかもしれない。
山に着くと、耳がおかしくなるくらいの蝉の声に囲まれた。まあそれも少しづつ慣れていき、今は耳をふさがずとも歩けるようになった。そんな中、神崎と藤坂さんは、この森の中を駆け回っていた。
「これ、二人とも迷子になったりしませんかね。」
特に以前電気屋ごときで迷子になっている神崎はより心配だった。
「大丈夫。私が小さ合い頃につけた印があるから、それに沿って行けばおばあちゃんちにたどり着くよ。」
もうこの森はしっかり攻略してあった。
「ところで望月さん。」
「なあに?」
「この地域って、本当に若い人いないんですか?」
「そうだよー。でもおじいちゃんおばあちゃんみーんな元気に過ごしてる。」
単に知らないだけなのか…?
「見てみて鬼山くん!カブトムシ!」
「おおー。」
能天気なやつである。だがこいつを見ると考え事とかはどうでもよくなってしまう。そういうやつなんだよな。
「ちょ、ちょっと待ってください、もう見つけたんですか!?」
藤坂さんが一瞬で詰め寄ってきた。アサシンか?
「うん、そこに普通にいたー。」
「しかもこれ、超大物じゃないですか!天然物でこのサイズはかなり貴重ですよ!?」
言われてみれば確かに大きかった。神崎の手の半分くらいはあった。やはりこいつは、幸運の持ち主なのかもしれない。
「さて、そろそろ森を抜けるよ」
さっきからずっとおばあちゃんの家から反対方向に進んでいるのに、森を抜けるとはどういうことだろう。そのことを聞こうと思った途端、一目で理解してしまった。
「すげえ…。」
目の前に川がながれ、そしてその上には大きな滝があった。こういったものは映像ではよく見るが、実際に見ると迫力が違った。
「すごいよねー自然って。」
望月さんが言った。一体自然はこの地形を何年かけて作ったんだろう。そしてそれを見れているというのは、奇跡なのかもしれない。そう感じながら俺は立っていたのだが…。
「えい!」
「え、ちょっ…。」
望月さんに背中から突き飛ばされた俺は川に落ちていく。今の服はこれでおじゃんだ。しかしこのままではやられっぱなしである。俺は必死に腕を伸ばし、望月さんの手をつかむ。
「道連れですよっ!」
「え!?わあああ!」
俺たちは二人で川に落ちた。
「私もー!」
追うように神崎も飛び込む。藤坂さんもどさくさに紛れて一緒に飛び込んでいた。もう全員、ずぶぬれである。
さんざん水遊びして、日も少し暮れてきた。そのころには服も結構乾いていた。藤坂さんは念願のカブトムシを無事ゲットし、神崎はさらにクワガタも見つけていた。二人は楽しんでいたが、望月さんは一日ぼーっとしていた。そして、どこか寂しそうにも見えた。その顔は昨日見た気がする。そこでやっと、思い出した。
「あ…。」
「どしたの鬼山くん。」
「俺、行かなきゃなんないとこがあるから、先に帰るわ。晩御飯までには戻るよ。」
「うん、わかったー。」
俺はすっかり、昨日交わした約束を忘れていた。そのことに気づいた俺は急いで、森を出て、バス停まで走った。
「はあ、はあ、なんでまだ…いるんですか…。」
俺は息を切らしながら言う。
「やっと来てくれた。でも、来てくれるって信じてたよ歩夢くん。」
昨日と同じバス停に一人、文さんは立っていた。
△▼
走っているうちに日は暮れていき、気付けばもう空は暗かった。バス停の街灯が灯り、文さんの顔が見える状態で、俺は謝った。
「ごめんなさい、こんな遅くなってしまって…。」
「いいのいいの。時間も特に言ってなかったし、それに歩夢くんは今ここにいるでしょ?」
「それは…そうなんですけど…。」
「今他の人たちは晩御飯用意してるんでしょ?じゃあそれまで私とお話ししてよ。」
「わかりました。」
文さんはベンチに座って隣のスペースをとんとんとたたくので、俺も隣に座った。こんなに遅くやってきて図々しいのかもしれないが俺は文さんに聞かなければならないことがあった。
「望月楓って人、知りませんか?」
この人は本当に謎だ。若者はいないはずなのにここにいるいると言うし、どこか学校に通っているわけでもなさそうだ。俺はこの人のことが知りたかった。
「楓ちゃんか…。うん、知ってる。よーく知ってるよ。」
文さんは虚空を見ながらそう言った。
「望月さんがここに行こうって誘ってくれて、今ここに俺がいるんです。でも、望月さんはここには若い人はいないって言ってました。知り合いではないんですか?」
「そうだね、私がよく知ってるだけ。ここの人みんなのことをよーく知ってるけど、私のことはだーれも知らないんだ。」
ずっと一人。そういうことになるだろう。
「…寂しくないんですか?」
「うーん、どうなんだろうね。でも、少なくとも今は寂しくないよ。歩夢くんや楓ちゃん、ほかのみんなの声が聞こえるだけで、寂しくないものなんだよ。」
文さんはそう言った。だけど俺はそうは思わない。人がいるのに誰も自分のことを知らない。それがどれだけ寂しいことか、俺はよく知っていた。他人とかかわらないようにしていた俺には、痛いほどに。
「明日はずっと一緒にいましょう。いや明日だけじゃない、明後日も、その次の日も。」
「だめだよ。」
「なんで…。」
「そもそも私たち、ほんとは会っちゃダメなんだ。だから明日も明後日も、ここには来ない。」
「でも、それじゃあ文さんは…。」
言いかけて、携帯のバイブ音が鳴る。神崎から電話だった。
「…もしもし。」
『もしもし鬼山くん?今どこにいるの?晩御飯できたよー。』
「あ、ああ。わかった。」
俺はそう言って通話を切る。
「行っておいで。」
文さんは言う。
「わかりました。それでも俺はここに来ます。明日も、明後日も、その次の日も。今日の文さんみたいに、何時間だって待ちますよ。」
「やめておいたほうがいいよ。明日から雨が降る。それでも来るんなら、私は知らないよ。」
「絶対に来ますからね!」
俺はそう言ってバス停からおばあちゃんの家にに戻った。
△▼
次の日、天気は本当に雨だった。けれど俺は一番に起きて、軽めな食料を持ち、バス停に向かった。ベンチに座り、俺は文さんを待った。何分でも、何時間でも待ち続けた。文さんはきっとこんな気分だったんだろうなと思いながら、それを嚙み締めながら、幾度となく通り過ぎていく。持っていたパンもとっくに食べ終わり、日が暮れて流石にお腹がすいて帰宅する。その生活を次の日も、また次の日も繰り返した。
三日目の夜、最終運航のバスの時に、バスの運転手がこちらに話しかけに来た。
「君は、一体何をやってるんだ?毎日毎日朝から晩までバスにも乗らずにここに座り込んで。」
御尤もである。
「人を待ってるんです。あの人なら、きっと来てくれるんです。」
「君、何を言ってるんだ…。全く、こんな人は初めてだ。」
あきれたような口調で言った運転手の言葉に、違和感を感じた。俺はすぐさま質問に切り返す。
「今、初めてって言いましたか?」
「ああ、言ったよ?」
「そんなはずはないだろ、三日前にここにずっと人がいただろ!?」
俺は強く言ってしまっていた。もう俺の心に余裕がなくなっていたのかもしれない。
「そんなにきつく言われても、いない者はいなかったんだよ。ほら、もう最終運航は終わった。帰りなさい。」
「わ…わかりました…。」
一体どういうことか、訳が分からない。俺以外誰も知らないんじゃないかとそう思ってしまう。俺は戻った後、晩御飯をちびちびと食べながら文さんについて、深く、深く考えていた。
「鬼山くん、どうしたの?ここ数日、ずっとどこかに出かけているよね。でもその顔は遊んでいる風にも見えないよ。毎日どこで何をしているの?」
「お前には関係ない…。」
「鬼山くん!僕たちは心配してるんです!帰ってくるたびに表情が落ちていく鬼山くんのことを、みんなどれだけ考えていると思ってるんですか!」
藤坂さんが、ここまで大きな声を出しているのを初めて聞いて、俺は我に返る。この人たちにこれ以上心配させたくはない。俺は文さんのことを話すことにした。まず、一番聞きたかった人に。
「望月さん…。」
「どうしたの、キヤマ君。」
「高島文って名前の人を、知りませんか?」
俺がその名前を口にした途端、望月さんは固まって、箸を落とす。明らかに動揺していた。俺が何を言ってしまったのだろうと思っていた時、望月さんはゆっくりと、口を開き、こう言った。
「なんでキヤマ君が…あたしのおばあちゃんの旧姓まで知ってるの…?」
俺はその言葉を聞いて、戦慄した。
十二番へ続く
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