十番:小吉 数奇な出会いがあるでしょう

 麓川町のバス停から、バスに揺られて二時間半。生徒会一行は、周り一面山に囲まれた辺境の地にいた。

「やっほー。」

神崎が突然大声で叫んだ。その声が、全方位から帰って聞こえてくる。4DXなのかここは。

「こういう土地に来ると、やはり空気がおいしいですね。」

藤坂さんが言った。

「でしょでしょ?私ここ、とっても好きなんだー。」

会…望月先輩が言った。辺り一帯緑に囲まれ、畑などが広がっている。日差しはあるが風は涼しく、過ごしやすい気候だった。

「ところで、目的の望月先輩のおばあさんの家ってどこなんですか?」

「あそこだよー。」

望月先輩が指をさした場所が、一瞬わからなかった。なぜならその対象物はあまりに小さく見えたからである。

「あれか…。」

畑だらけで遮蔽物が何もないので見えるには見えるが、見ただけで遠いと思うような距離だった。一週間分の荷物を持っているので、無事にたどり着けるか不安になった。そんな中、荷物を置いて走り始める少女が二人いた。

「美緒ちゃん、どっちが先に着くか勝負だよ!」

「わかりました楓先輩!負けませんよ!」

「キヤマ君、合図お願い!」

「よおい、どん。」

実際にやったら引き金も引けないんじゃないかというくらいに力を抜いた合図をしたが、彼女たちは走り始めた。

「二人とも元気でいいですね。」

「やっぱりこれ、俺らが運んだほうがいいやつなんですかね。」

「彼女たちのことですから、僕らに丸投げしたつもりではないのでしょう。ですが、道端に置いておくのもどうかと思いまして。」

そう言って、藤坂さんは望月先輩の荷物を持って歩き始めた。それにい、俺も神崎の荷物を持ってゆっくりと歩き始めた。


△▼


歩くこと30分、流石にそろそろ家が見えてきて、その前の芝生には神崎と望月先輩が転がっていた。

「先輩…なかなかやりますね…。」

「美緒ちゃんこそ…。」

昭和のノリなんだよね。

「あ、二人も着いたんだー。ってそれって…。」

望月先輩は俺たちが持っていた荷物を見て焦り始める。神崎もそれに気付き、同じ顔になっていた。

「「ごめん!!」」

「いいですよ。僕らが勝手に持ってきただけですから。」

いや、俺はそうは思ってないがな。藤坂さん…、あんたどんだけ紳士なんだ…。

 なんとかバス停から目的地にたどり着いたわけだが、俺はその建物に入った瞬間、違和感を感じた。

「お邪魔しまーす。」

望月先輩がそう言って玄関を開けるが、返事は帰ってこない。芝生のように雑草の生えまくった庭、埃の被る床。ここには、人が住んでいない。

「望月先輩…これはどういう…。」

「あ、キヤマ君には言ってなかったね。ここはおばあちゃんの家で間違いないんだけど、正確には『おばあちゃんが遺した家』なんだ。」

望月先輩はいつもより少し、寂しそうな顔をしながら言った。


△▼


 望月先輩のおばあちゃんは、先輩が小学生のころに亡くなったらしい。誰も済まなくなったこの家がなぜ未だに残っているかはわからないが、先輩は毎年お盆にここにやってきて一週間かけて掃除をしていたそうだ。その話を聞いた藤坂さんが掃除を手伝ってもいいですかと言い、最終的に生徒会全員で行くことになったようだ。

「前までは近所の人たちと一緒に掃除をしてたんだけど、何せみんなもうお歳だから、中学のころから一人でやるようになったんだー。」

中学のころから一人で…。

「あ、あとキヤマ君、望月先輩って長いから、藤坂君みたいに望月さんでいいよ。」

「わかりました、望月先…望月さん。」

ここ数年、たった一人で毎年掃除をやってきていた望月さん。なぜそこまでやるのかなんて質問は、望月さんに対しては愚問と言えるだろう。きっとおばあちゃんへの思いから、その行動をしているのだろう。この人は、こういう人だ。

「ということで、掃除を始めます!掃除道具はここに全てあるので安心して!では各自分担して作業せよ!」

「「「はい」」」

 生徒会長の一言で、一同が動き出す。各所分担して作業して、てきぱきと掃除を終わらせていった。すると一週間かかっていた掃除は、たった半日で終わってしまった。

「すごい、もう終わっちゃった!みんな流石だよ!」

望月さんは感動していた。しかし全員、本気を出しすぎたようだった。

「疲れた…。」

神崎が畳の上で大の字になりながら言った。

「流石に僕も疲れましたね…。いい汗をかきました。」

もう昼過ぎで、みんなお腹も減っていた。

「私、買い物してくるね!みんな何かいるものある?」

「流石に悪いですよ。俺今そこまで疲れてないんで、代わりに行きますよ。」

行きのバスでみんなが話している間、俺はぐっすりと寝ていたので結構元気だった。

「ほんとに?じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」

それぞれが買ってきてほしいものをメモして、俺は買い物に向かった。


△▼


 ちょっと買い物と言っても、ここにはコンビニはない。バスで十分のところにちょっとしたスーパーがあるそうだ。俺はそこに向かうべく、バス停に向かった。

 ここのバス停は麓川町ではあまり見られない、小屋の中にベンチがある形である。うちのバス停も全部これにしてほしいんだが。そんな小屋のベンチに座り、いつ来るかもよくわからないバスを待っていた。すると、一人の女性が声をかけてくる。

「こんにちは!ここではあんまり見ない顔だねえ。」

麦わら帽子に真っ白なワンピース。二つくらい歳上のように見えるその女性は、この町では初めて会う若い人だった。

「麓川町から来たんです。いいとこですね、ここ。」

「でっしょ~?ところでバス、待ってるの?」

「そうですね。」

「ちょっとちょっと、敬語なんていいよ~。」

「でも俺より年上じゃないです…ないか?」

言語の切り替えというものはそう簡単にできたものではない。

「まあ年上なのには間違いないけど、そんなに老けて見える?」

「いや、俺の二つ上くらいに見える。」

「ほんとに!?やったー。ってことはお姉さんだね!」

「じゃあ敬語でよくないですか?」

「う、うーん。確かにそうかも。」

敬語でいくことになった。

「ところで、バスってあとどれくらいで来るんですか?なんかここ、時刻表もないし。」

「あ、えーっとね、あと一時間くらいかな?」

「一時間!?」

生徒会メンバー餓死しないか?

「まあ田舎だからねえ。だからさ、待ってる間ここでお話しよ?」

「いいですよ。むしろ話し相手がいてくれて助かります。ところで、名前きいてもいいですか?」

「フミ。。」


△▼


 バスを待っている間、文さんはいろんな話をしてくれた。昔ここが竹林だったことや、ここに若者はもう文さんだけなこと。そして、今週末には近くで夏祭りがあり、楽しみにしているそうだ。そんな他愛もない話を一時間ほどしていたら本当にバスが来たので、俺はバスに乗った。

「どうして誰も乗ってないんですか?」

「終点だからねえ。」

「どうして普通に隣に座るんですか?」

「これだけ話しておいて急に距離を取るのも変でしょ。それに歩夢くんおもしろいからねえ。」

周りはみんな年上で、あまり話し相手もいなかったのかもしれない。いやだからと言って、だからと言ってなんだが。

「どうしてスーパーまでついてくるんですか?」

「あ、あたしもスーパーに用事があったんだよー。買い物買い物~♪」

「かごも持ってないのに?」

「たたたた、大した買い物じゃないからね!」

この人絶対暇なだけだろ。そう思いながら、俺は買い物を始めた。俺は頼まれたもののほかに、ある程度料理ができるくらいの食材も買うことにした。

「とりあえず旬の野菜でも買っておくか。きゅうりは…これでいいか。あとは…。」

「待ってよ歩夢くん!それトゲがトゲトゲしてないやつじゃない?」

どういう日本語だよ。

「きゅうりはちゃんとトゲがついてるやつ買わなきゃだめだよー?」

「何でも知ってるんですね。それなら、野菜は任せてもいいですか?」

「やだよーん。」

なんでだよ。

「じゃあトマトはどんなのがいいですか?」

「トマトはね—」


△▼


 俺はなんだかんだ買い物を終え、帰り始めた。結局文さんはなにも買ってなかった。バス停に着くと不思議なことに帰りのバスはすぐに来たので、文さんとともにバスに乗った。

「ずいぶんたくさん買ったねー。」

「まあ四人いますし、一週間はここにいるので。」

「一週間もいるの?ほんとに!?」

文さんは身を乗り出すように俺のほうを向いてきいてきた。

「ええ、まあ。」

「やった―うれしいなー。今年のお盆は退屈しなくて済みそうだねえ。」

毎年退屈していたのか。

「文さんて、いつも何してるんですか?」

「そうだなあ、畑道を散歩したり、野原の花を見つけたり、森を探索したり…。」

妖精みたいな生活だな。

「でもこうして歩夢くんと話せて楽しいよ。」

文さんはそう言って、俺を見ながら微笑んだ。とてもきれいな笑顔だった。気付けばバスは停まっていた。

「着きましたよ。降りましょう。」

「はいよー。」

先程の小屋の前に降り、買い物袋を肩の上まで持ち上げ、後ろ手で持った。

「ねえ歩夢くん。」

「なんですか?」

「明日も、来てくれる?」

「いいですよ。」

「ありがとう。じゃあまた、明日。」

「はい。」

そんなあいさつを交わし、俺は望月祖母の家に戻るのだった。


△▼


 ずいぶん遅くなってしまったが、バスの時間もあったし仕方ない。

「すみません、今戻りましたー。」

「あ、おかえりー。早かったね。」

意外な返事だった。なので自分の時計を見ると、一時間半しかたっていない。バス停まで往復で一時間、買い物が三十分、そして一時間くらい話していたはずなので、計算が合わない。俺がおかしいのか?小学校からやり直したほうがいいかな

「あ、ちゃんとソフトクリーム買ってきてくれたんだ!鬼山くん最高!」

受けた義務教育を疑っていた俺をよそに、神崎は目をキラキラさせながら言った。

「確かここ、冷蔵庫ありましたよね。一週間分とは言えませんが、ついでに食材も買ってきました。」

「うちのキヤマ君、天才なのでは?」

なんだか各所で無尽蔵に俺の株が上がっているが買い物をしただけである。

もう昼とはいえない時間になっていたのでそこでは軽くパンなどを食べて、晩御飯は会議の結果、カレーを作ることになった。


△▼


無人の家とはいえもともとは人が住んでいたわけで、食卓というものは全然存在する。椅子もちょうど四人分あったので、俺たちはみんなで作ったカレーを食べた。ちなみに、カレーは神崎の案だった。先週一週間は神崎に昼ご飯を作ってもらっていたので、神崎の料理の腕前を知っていた。基本的にカレーは神崎と俺で作った。あくまで俺はお手伝い程度だが。その代わり、先輩二人には朝ごはんを作ってもらうことにした。

「いやあ、神崎ちゃんのカレーおいしいねえ。」

「そうですねえ。鬼山くんはこんなのを毎日食べてたんですか?」

「ま、まあそうだな。」

姉の料理とはまた違ったおいしさだった。毎日同じ料理でも商い姉の味付けに対し、神崎は食べた後にその料理に対して完全に満足するというか、食べてる間ずっとおいしいと思えるような料理を作る。食べることが大好きな神崎らしい味だった。

「おいしいて言ってくれると、作った甲斐があったってもんですよ!」

神崎は大将みたいなことを言っていた。


△▼


「お風呂を沸かします!」

『お湯張りをします。お風呂の栓はしましたか?』

電子音が響いた。めちゃくちゃ田舎だがお風呂は割と新しかった。一方、どこから出してきたのか、五目並べの碁盤をを置いてその上に神崎と藤坂さんが石を縦に積んで遊んでいた。ルール知らないのかよ。

「いやあ、また負けてしまいました。神崎さん強いですねえ。」

「昔からこれは得意なんだー。」

昔からやってたのか。

「一番に入りたい人いる―?」

特に手を挙げる者はいなかった。

「でも今日一番頑張ってくれたのは鬼山くんじゃないですか?」

藤坂さんがそう言った。

「そうだよ!鬼山くん万歳!」

「じゃ、鬼山君に決定で!」

怒涛の勢いで、俺が一番先に入ることになった。

 湯船につかるとき、俺は考え事をする。今日の考え事は、あの『真っ白な少女』だ。なぜかというと、彼女に関して引っかかる点がいくつかあるからである。彼女との会話で、俺が彼女自身に踏み込んだ質問をすることはあまりなかったので、彼女のことが正直あまりわかっていない。わかっていることは、名前と、この地域に詳しいことと、毎年お盆は暇しているということだけである。お盆にここにいるというのに、望月先輩とは出会っていない。少し不思議な話である。そして今日一番不思議だったのが、謎の一時間。文さんは待ち時間が一時間くらいと言っていたし、俺自身も感覚的に一時間程度だったのだが、バスが思ったより早く着いたのだろうか。俺の感覚も、たまたまそう思っただけなのだろうか。それにしては実際進んだ時間に差がありすぎる。

「一体どういうことなんだ…。」

謎は深まるばかりだったが、どうせ明日も会うことを約束していたので、今日はそれ以上考えずゆっくりと眠ることにした。


十一番に続く

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