九番:中吉 友人と遊ぶとよいでしょう

 文化祭は無事に終わったが、学生は忙しい。安堵する暇もなく試験が待っていた。試験の際は家にこもって勉強を毎度するのだが、今年は少し今までとは違うかもしれない。

「第一回、生徒会試験勉強会を行います!内容は…勉強するだけです!」

「おお~。」

パチパチパチ…。

生徒会長の身がしまらない声とともに、意味の分からない声と、意味の分からない拍手が起きた。何がそんなにめでたいんだよ。

「やはり勉学で生徒会の活動に支障が出てはいけませんからね。」

「うっ…。」

「いやあー流石藤坂さん。俺らは俺らだけでなんとかなりますけど、生徒会は協力してなんぼですもんね。」

「ぐはっ…。」

俺と藤坂さんの、他愛もない、悪意なんて全くない会話が、他二人に刺さった。てか会長も勉強できないのかよ。

「ま、まあとにかく、試験まで残り少ないし、今日はみんなで協力して勉強しよ!うん。」

おそらくこれは、神崎と会長による、神崎と会長のための、勉強を教えてもらう会なのだろう。でもまあ一年の勉強は会長でもわかるだろうしきっと教えてくれるだろう。そう思って会長のほうを見ると、すごい勢いで首を横に向け目をそらされた。「わたしにはきかないで」と言わんばかりに。俺は「わかりました」と目配せをし、自分の勉強を始めるのだった。

 開始十分。人はこのくらいから集中し始めるはずだが、開始早々あきらめている方が、二名ほどいた。

「「わからなーい」」

神崎は机に伏せていきながら、会長は天井を見上げながら言った。

「おい神崎、どうやったら10分足らずで集中が切れるんだ?もしよかったら教えてくれよ。」

「会長…、天井を見上げても蛍光灯しかないですよ?」

「けいこうとう…てすとに出るもん…。」

出ません。

「なんで鬼山くんは勉強に集中できるの?空は何で青いの?」

「わからないことが多いから集中できないんじゃないのか?」

あと、空が青いのは酸素と窒素の光の屈折でそうなっているらしい。

「いや、集中できていないからわからないのかもしれない。」

「哲学に入るな!集中しろ!」

「はーい…。」

その後俺と藤崎さんは会長や神崎に教えつつ、試験勉強をするのだった。


△▼


あの勉強会あってか、生徒会全員赤点回避でき、俺たちは平穏な夏休みを迎えていた。しかし、平和と退屈は紙一重と言っても過言ではない。一週間もすれば、惰眠をむさぼる生活にすっかり飽きていた。しかしその怠惰な日々は、一人の少女によって破られた。

「あつい!」

玄関のドアが開くとともに家中に響き渡る大声。その嵐のような存在の正体は、神崎だった。

「何の用だ神崎。平然と不法侵入をしやがって。」

いきなりの犯罪行為に困惑していたが、神崎はそのくらいでは止まらない。走って俺のいたリビングにやってきて、そのまま転がり込む。

「んがー。ぐごー。」

そして怪獣のようないびきを立てて寝始めた。

「一体どういうことだよ…。誰か教えてくれ…。」

そうつぶやくが教えてくれる人は誰もいない。今はこの広い家に、俺一人と怪獣一匹なのである。

 夏休み前のある日、毎日家事をやってくれている姉に俺は「夏休みになるし俺は大丈夫だから、たまには羽を伸ばしてきたらどうだ?」と言った。最初は遠慮していたが最後には「わかった。ありがとね。」といい、姉は二週間ほど家を空けることになった。そして夏休みを俺は独り暮らしで過ごしていた。そんなある日の今日に、怪獣が家に転がり込んできたわけである。ウルトラマンでもいてくれれば三分でこの状況が片付いたかもしれないが、ここにはセブンもジャックもエースもいないので、俺だけでなんとかするしかなかった。

「とりあえずアイスでも食って頭を冷やすか…。」

俺は昨日買ったアイスを冷凍庫から取り出して口にくわえ、ついでに保冷剤をタオルで包んで神崎の頭にのせる。見た感じおそらく下着にシャツ一枚半ズボン一枚。以前三田氏服とは比べ物にならないくらいのラフな格好をしていた。

「あ、そうだ…。」

どうやら頭を冷やすことに成功していたらしく、俺はあることを思いつく。家の固定電話の履歴をあさり、見慣れない番号に電話を掛けた。

『もしもし。』

「麓川高校一年の鬼山なんですけど、神崎さんのお宅であってますか?」

「あ、鬼山くん。『あ、鬼山くん』って秋山くんみたいね。ところで、美緒知らない?なんかさっきまで寝てたんだけど、突然家から飛び出して行っちゃったのよ~。」

二言目必要なさすぎだろ。

「今うちに来ています。晩御飯までには帰らせますので安心してください。」

「なんだ~。ごめんねうちの子が迷惑かけちゃってるみたいで。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

「でも、鬼山くんのところにいるなら安心ね。わざわざ連絡ありがとね。またいつでも遊びに来てね。」

「はい。失礼します。」

そう言って俺は電話を切った。なるほど、こいつはさっきまで寝ていたのか。でも何でこんな格好でうちに来たんだ?まだ疑問が残っているので、大人を頼ることにした。今度は自分の携帯で電話をかける。

『なんだクソガキ。』

電話を掛けただけで俺と分かったってことは、電話帳に登録しているのか。かわいいおっさんだな。

「なあおっさん、さっきまで寝ていたやつが急に歩き始めることってあるのか?」

『いきなり何の話だよ。夢遊病のことか?』

「ムユウビョウ?なんだそれは。」

『夢遊病ってのはノンレム睡眠の時に無意識に無意味な行動をとっていることだ。歩いたり扉開けたり、食べ物食ってる時もあるみたいだな。いびきが聞こえるな。そいつはもう動きだしたりはしねえ。』

それなら安心である。

『昨晩は暑かったからな。そいつあんまり寝れてなかったんだろ。それで一度深い眠りに入ったけれど日が出てまた暑くなり、中途半端に目が覚めたって感じだろうな。』

「そうなのか…。ありがとう、助かった。ところでその知識、学校で役立ったことあったか?」

『…。』

東仁田はそのまま電話を切った。なるほど、そういうことか。謎はすべて解決した。

「今は大丈夫と言っていたし、体を冷やさない程度の冷房をつけた部屋に寝かせておくか。」

俺は神崎を、姉の部屋に運んだ。


△▼


 日も落ちて、そろそろ晩飯を作ろうかと思った頃合いに、神崎が二階から降りてきた。

「ねえねえ鬼山くん。」

「なんだ神崎。」

「なんで私、鬼山くんの家にいるの?」

「お前がうちに来たんだ。」

「なんでもう六時なの?」

「お前はずっと寝てたんだ。」

「ほんとに?」

「ほんとに。」

本人は納得がいっていないようだが、本当にずっと寝ていた。途中ちゃっかり買い物に出かけたりもしたが、帰ってきてもまだ寝ていた。

「お前朝飯も昼飯も食ってないんじゃないのか?」

「うん。」

「そんなんじゃ歩けもしねえよ。食って帰れ。」

「わかった。食べる。でも、作るの手伝うね!」

俺たちは晩御飯を作り始めた。


△▼


晩御飯を作り終えて、二人で食卓を囲む。誰かとの食事は、一週間ぶりである。

「そういえば神崎。」

「なにー?」

「お前の家ってもしかしてエアコンないのか?」

「無いよー。」

やっぱりそうなのか。家で暑くて眠れなかった神崎は、うちに来ると一瞬で安定した眠りについた。それはつまり、神崎家が我が家より暑いということになる。

「なぜかお母さんはエアコン無くても平気みたいで、そもそもの設計自体はあれ家じゃないから、エアコンつけることもできないんだよね。」

神崎の母さんが言ってた通り、ほんとに豚小屋だったのか…。

「でも、それで夏越えれるのか?」

「そうなんだよねー。この夏の不安だったりする。扇風機でもあれば少しは変わるかもしれないんだけど。」

扇風機か…。うちはエアコンまみれの家だからないんだよな…。いや、待てよ?小さいのならかなり安く買えたはずだ。

「明日買いに行くか。」

「え?一緒に買ってくれるの?」

「なんなら買ってやるよ。ここ数日なにもしてなさ過ぎて、小遣いが余っていたところだ。」

「それはさすがに悪いよ—。」

「逆にお前、買えるのか?」

「そ、それは…。」

「じゃあ決まりだな。」

というわけで、神崎と電気屋に行くことになった。夏休み最初の予定である。


△▼


 電気屋は麓川町の北東のほうにある。少し距離はあるが、学校よりは近い。いい運動と言ったところだろう。俺は神崎と共に、歩いて電気屋に向かった。そんなに大きい電気屋ではないが、扇風機くらいはあるはずだ。

「扇風機っていくらくらいするの?」

「家電としては結構安いぞ。数千円程度で買える。」

言ってしまえば、でかいモーターがついてるだけだしな。

「そうなんだー。なんでそんなに知ってるの?」

「前に買おうとしたことがあったんだ。けどその話を父さんにしたら、『エアコンぐらい全然つけるぞ?』って、姉弟両方の部屋につけたんだ。」

「ずいぶん気前のいいお父さんだね。」

「そうだな。昔っから家にはいないけど、優しい人だ。」

「でもうちのお父さんもそんな感じなんだよねー。」

妻と娘を豚小屋に閉じ込めるような人が?

「おとうさん、今何してんだろー。」

「結局、なんで別居してるんだよ。そんな優しい人なら別に…。」

「私もよくわかんないんだよねー。気づいたらお母さんとお父さんが喧嘩してて、私はなんとなーく追い出されたお母さんのほうについて行ったんだー。」

そうだったのか。神崎自身理由が分かっていないのなら、あまり行動もできないしな…。

「早く仲直りしてくれることを願うばかりだよ。」

夫婦喧嘩に巻き込まれたというのに、こいつは両親を恨んでなどいなかった。それほどには、親のことが好きなのだろう。そんなことを思っているうちに、俺たちはもう電気屋の前にいた。

「着いたか。」

「電気屋って初めて来たー。」

「珍しい人類だな。」

中に入ると、神崎は「わあ…」などと感嘆詞を出していたが、俺は無言で天井からつるされている商品案内板を眺める。

「扇風機はあそこか。行くぞ神崎…。神崎…?」

さっきまで近くにいたはずの神崎は、いつの間にかいなくなっていた。急いで周りを見渡すが、どこにいるかさっぱりわからない。わざわざ探すのも億劫なので、呼んでみることにした。

「おーい、神崎~。どこ行ったんだー?」

「ここだよー。」

いや、どこだよ。俺はイルカじゃないんだから音だけで正確な場所はわかんねーよ。まあそのうち合流できるだろうと思い、俺は扇風機を見に行った。

 扇風機が欲しくて買おうとしたのは小学生のころである。大した趣味もなかったのでお小遣いの使い道もよくわからず、自分の部屋を快適にしようと思い立った。結果として買うことはなかったのだが、そのころ見た扇風機はかなりにらめっこしていたのでよく覚えている。しかし家電は思っているより進化が早い。今日ならんでいる扇風機は初めて見るものばかりだった。昔は高いやつにだけついていたマイナスイオン機能はあたりまえについているし、羽のない扇風機だとか、スマホで操作できたりするものもあった。どれでも買えるくらいのお金は持っているが、あまり高いのを選んでは神崎も申し訳なくなってしまうだろう。並んでいる扇風機から『ごくごく普通』を見極めていた。

「お客様、扇風機をお探しですか?」

店員が話しかけてきた。定期的に安定して売れるわけではない家電量販店にとって、こういった直接的なセールスは重要なことなのだろう。

「はい、最近はどんな扇風機があるんですか?」

近年の扇風機の情報は俺にはない。ここはひとまず、博識な店員さんの話を聞いてみよう。

「ここに並んでいる中でお客様が見慣れない扇風機があったと思います。よく見る形の扇風機とは違った形をしているものが二つございまして、タワー型扇風機と羽なし扇風機です。」

「ずいぶんと縦長ですけど、なんでこんな形してるんですか?」

「これは部屋のスペースを取らないためですね。スリムな形にすることによって、お部屋を圧迫しなくなります。」

「なるほど…。じゃあ、これにします。」

「今のを聞いて!?」

俺が指したのは、やはり普通の扇風機だった。店員さんは納得いかない表情をしながら、奥から在庫を出してきてくれたので、それを持って俺はレジに向かった。その途中で、店内放送が耳に入る。

『迷子のお知らせです。—」

そんなに広い店ではないが、小さい子にとっては壁だらけ。迷子になることだってあるだろう。

『麓川町からお越しの鬼山くん、神崎ちゃんがお待ちです。サービスカウンターまで—』

俺は走った。クソ重い扇風機を持っているにもかかわらず、自分でも驚く速さで走った。今すぐ放送を止めてほしかったのだ。

 サービスカウンターに着くと、神崎がうつむいて座っていた。

「おい神崎、お前ふざけて…」

「ごべんねぇ、ぎやまぐん~。」

神崎はバカみたいに泣いていた。バカなのは間違いなかった。

「わだし…がってにどっがいっで…。」

わたし、勝手にどっか行ってと言っている。多分。

「俺もほったらかしにして悪かったよ。だから、恥ずかしいからマジで泣き止め。」

俺がそう言うと、神崎は鼻をすんすんとさせながら「わかった…。」といった。全く、困ったものである。俺はそのまま精算を終え、神崎とともに帰った。


「さっきはごめんね鬼山くん…。私、見たことないものがいっぱいでつい夢中になっちゃって…。」

帰り道、神崎がそう言った。

「今更もういいさ。ほら、ちゃんと扇風機も買えたし。」

でもお前と遊園地に行きたくないとは思った。

「ありがとね、わざわざ私のために。」

「まあ神崎がいるおかげで俺は助かってるしな。たまには礼もしないとバチが当たる。」

まあ俺の場合、礼をしても当たるバチは当たるがな。

「私がこうしていられるのも、鬼山くんのおかげなんだよ?」

「そうなのか?」

「鬼山くんにはもういっぱい助けてもらってるんだから。」

「お前が助かってるならよかったよ。」

俺は神崎のおかげで、今までとは比べ物にならないほど平和な毎日を送れている。そんな生活の上で俺の行動が神崎の助けとなっているのなら、願ったり叶ったりな話である。

「ところで鬼山くん。」

「なんだ?」

「昨日の晩ごはんは作ってたけど、ここ数日、カップ麺ばっかりなんじゃない?」

「ぎくっ…。」

カップ麺のごみ達をまとめていたのが、神崎に見られていたのか。

「なので香織さんが帰ってくるまで、お昼は私が作りに行きます!」

神崎は俺のほうを向いて微笑んだ。

「どうせ涼みに来るだけだろ?」

「そ、そ、それも…あるかもね!」

「まあ…好きにしろ…。」

「うん!」

正直言って、うれしかった。神崎が俺を気遣って、わざわざ俺んちに来ることが。心がちょっと温まると同時に、うれしいときに素直になれない俺を少し恨んだ。


△▼


その日の夜、携帯に電話がかかってきた。

『もしもし?』

「はい、鬼山です。って、その声はもしかして会長?」

「こんなとこでもキヤマ君は会長呼びかー。まったくー、私のことを『楓せんぱーい』なんて呼んでくれるのは美緒ちゃんだけだよー。そもそも名前忘れちゃったんじゃない?キヤマ君、夏休みは会長呼び禁止で!」

「も、望月先輩…。何か用事ですか?」

「そう、用事があってかけたんだった!忘れてたよー。」

忘れるなよ。

「鬼山くん、お盆ってどこか親戚のお家に帰る予定ある?」

「無いですけど、どうしたんですか?」

「生徒会のみんなで、私のおばあちゃん家に来ない?いわゆる、避暑地なんだよねー。」

「避暑地?」

「まあつまり、めちゃくちゃ山というか…。」

…ド田舎ってことか。でも家でずっとエアコン生活というのも、決して体に良いものでは無い。

「わかりました。行かせていただきます。」

こうして、俺の夏休み二つ目の予定が決まったのだった。


次は十番だった気がする

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