八番:吉 終わり良ければ総て良し
魔境都市『東京』から無事に麓川町に帰ってきた翌日。俺はすがすがしい気持ちで学校に来ていた。昨日まで抱えていた緊張感はすべて、東京においてこれたのだから。その日はまず、自信満々で詩間先生に話をしに行った。
「先生、BLADE5が来てくれるそうです。」
「そうですか…。お疲れ様です。信じていましたよ、鬼山くん。」
先生はそう言ってやさしく微笑む。が、その笑顔もつかの間だった。
「ところで、お二人で東京に行ったそうですね。私聞いていませんよ?」
「え、それは…その…。」
「引率者として私も共に行くべきだったはずです。どうして二人きりでいったんですか?」
目を見開いて詰めよってくる詩間先生。イヌイット式のあいさつでもするつもりなのだろうか。
「あ、そういえば俺まだ一限の授業の課題やってないんだった…。すみません、僕はこれで…。」
「次にこんなことがあれば成績を全て1にしますよ。」
「し、失礼しましたー。」
なんで神崎のことになるとあそこまでになるんだよ…。みんなして神崎神崎って、そんなに神崎が好きかね。まあ別に、いいやつなのはわかるけど…。そんなことを頭の中でぼやきながら、そそくさと教室に戻るのだった。
△▼
放課後、俺はBLADE5のメンバーに頼まれた通り、俺は軽音部室に向かった。
「失礼します、生徒会です。」
ドアの前でノックをし、返事を待つ。
「せ、生徒会!?」
「だめだ!彼らを中に入れてはいけない!鍵を閉めろ!」
「わかりました部長!」
「失礼します。」
なんだか鍵を閉められそうだったので普通にドアを開けた。
「な、なにー!?」
「どうしますか部長!」
「土下座して許してもらおう!」
「何事だよ…。いいですよ土下座なんてしなくて…。何を恐れているんですか?」
部室には二人しかいなかった。部長と呼ばれている小さい女子生徒と、その人を部長と呼んでいる背の高い男子生徒である。
「仙台から言い伝えられているんです。文化祭前の生徒会に気をつけろと…。」
「そのイントネーションだと宮城県庁です。俺は今日軽音部に頼みごとをしに来たんです。」
「グラウンド100週か!?」
「勘弁してください…。」
一年と思わしき男子生徒が購買のパンを震えながら差し出してくる。俺はカツアゲでもしていたのか?そんな中、飾ってあった楽器に気が付いた。
「あ、あれですあれです。あの楽器のメンテナンスを頼めませんか?」
「あの楽器…?って、先代、BLADE5の楽器のことを言っているのか!?」
「そうです。もう長らく置きっぱなしですよね?」
「そんなこと言ったって、あれは貴重な…。」
「これを見ても断りますか?」
俺はあの日、自分のCDにしれっとサインをもらっていた。そのサインを見た瞬間、部長の表情は一変した。
「これは…BLADE5のサイン…。君はいたいこれをどこで…?」
「昨日BLADE5に直接会ってお話してきました。文化祭、BLADE5が来ます。」
二人は唖然としていた。俺は神崎譲りのどや顔をしていた。
△▼
軽音部の人たちは、他の部員も呼んで急いでメンテナンスを始めていた。おそらく彼らも文化祭で演奏するであろう。にもかかわらず快く引き受けてくれた彼女たち。練習に支障が出ないことを願うばかりである。そして俺はもう一つ頼み事をしなければならない。そのために俺は情報研究部の部室となっているPCルームに向かった。
「失礼します。」
今回はノックもなしにドアを開いてみた。部員たちは驚くこともなく、部長らしき人が一人、こちらにやってきた。
「生徒会のものです。文化祭のポスターに付け加えてほしいことがあるんですけど…。」
「お勤めご苦労様です。良かったらそこに座ってください。」
「あ、ありがとうございます。」
部員たちのタイピング音が聞こえる中、俺は依頼したい内容を話す。デジタル化が進む昨今、この高校では文化祭のポスターやチラシを情報研究部が制作している。生徒会としては負担が減って楽だし、情報研としてもポスターに部名を書けば宣伝にもなる。この形は最善と言えるだろう。
「なるほど、BLADE5の出演情報ですねわかりました。部員たち―、BLADE5の画像をあさっておいてくれー。」
部長がそう言うと「えー」や「あいよー」などの返事が来る。文化部ならではの緩い感じである。
「それではお願いします。文化祭での出し物も頑張ってください。」
「いえいえこちらこそ。いつもお疲れ様です。」
こうしてPCルームを後にした。めちゃくちゃ丁寧なんだけどなんだろうこの、ビジネス感。少なくとも生徒同士のノリではなかった。しかし、これにて俺がすべき準備はひとまず終わったわけである。あとは生徒会やクラスのことを手伝いながら、文化祭を待つだけである。この時の俺は、そう思って安心しきっていた。
△▼
文化祭前日。今日は授業はなくまるっきり準備の日である。授業がないということに安堵しつつも、生徒会の仕事はきっと忙しいのだろうと思いながら、のんびりと朝ご飯を食べていた。
「そういえば明日の文化祭、来るのか?」
「うん、行くつもりだよー。」
「そうか。俺は別に何かするわけじゃないけど、まあ適当に楽しんでくれ。」
「うん。楽しみにしてるね!」
たわいない会話の中に、つけていたテレビのちょっとした言葉が耳に入る。
『台風二号は明日午前九時に関東に上陸そして午後二時には—』
「台風か…。もし雨が降ったりしたら無理しないでくれよ?」
「そうだねえ。まあここら辺は大丈夫だとは思うけれど。」
台風の進路を見ると、この辺りはかすりもしていない。これなら明日の文化祭も安泰だろう。そう思った。
△▼
午前中はクラスの準備だった。普段は生徒会であまり手伝えてなかった分、今日は大いに動こうと思った。ちなみに今更だが、このクラスはお祭りの屋台をイメージした教室を作り、楽しんでもらおうという企画案で進めている。
「鬼山、これ持っててくれない?」
神崎の友達、牛串さんである。もちろん牛串はあだ名で、本名は寺島さん。若干ギャルっぽい、陽気な人である。
「なんであんた、牛串さんなんだ?」
「学校帰りに買い食いしてた時、美緒もおでんを買って食べてたんだよね。そん時に仲良くなって、あたしが食べてたのが牛串だったってわけ。あの子あたしの名前知ってんのかなー。」
普通に知らないままずっと話してそう。
「鬼山こそなんであいつとあんなに仲いいの?幼馴染?」
「違うぞ。」
「じゃあ中学一緒とか?」
「それも違うな。」
「じゃあ何なの!?」
「…利害の一致?」
「意味わかんない…。」
そんなことをいわれても、真実が異常なんだから仕方ないじゃないか。
「こんな変な奴と一緒にいるなんて、美緒も変わってるよね。」
俺以前にあいつは変だろ。
「あんたは美緒のことどう思ってるの?」
「変わったやつだなって。」
「いや違う違う。美緒と付き合ったりとかしないの?」
「うーん。」
少し考えたが、結論はすぐに出た。
「付き合うなら別に俺である必要はないんじゃね?」
「ふうん。」
寺島は俺の答えに少し不満げだった。悪かったな面白みがなくて。
「ま、今後に期待ってところだね。」
「どういうことだよ。」
「ほら、喋ってないで手を動かしな。」
お前もしゃべってただろと思いつつも、別に時間があるわけでもないので黙ってクラスの準備を進めた。
△▼
午前中のクラス準備は順調に進んでいき、無事に完成した。そして午後、我々生徒会は各地の下準備をしていた。
「音量オッケーですか?」
「大丈夫でーす。」
生徒会は放送部と連携して、体育館の音量調節、照明のセッティング、小道具の搬入・整理などを行っていた。
「本当にここにBLADE5が立つのか…。」
ステージの準備をしているときに、ふとそう思った。
「いやほんとに、キヤマ君はすごいよ。ほんとに呼んじゃうなんて。今だから言うけど、半信半疑だったんだよね。」
会長が言った。
「当り前ですよそんなの。今年は言ってきた新人がいきなり意味の分からないことを言い出すんだから、信じれなくて当然です。」
「でも、信じて良かったよ。キヤマ君の目を。」
「僕も途中であきらめかけてたんですけどね。いろんな人が助けてくれて。」
「それはきっと、キヤマ君の日ごろの行いだと思いますよ。」
「藤坂さん…。」
頭にガムテープついてるけど、いいところなので黙っておこう。
「こんな文化祭ができると思っていませんでした。キヤマ君や神崎さんを引き入れて良かったです。」
「明日が楽しみだね!」
俺もそう思った。今まで文化祭がこんなに楽しみだったことはない。そう感じていた。
△▼
次の日、つまりは文化祭当日。俺は東仁田に呼び出され、保健室にいた。そしてそこで俺は、東仁田に言われた。
「あいつら、遅れるかもしれないらしい。最悪の場合、来れない。」
「え、そんな、なんで…。」
「台風だ。そのせいで飛行機が見合わせになっている。」
昨日ニュースで見た台風。あれは関東に向かっていると聞いた。そのことを俺はすっかり見落としていた。
「こればっかりは仕方ない。準備の人たちに連絡してこい。」
「そうですね…。わかりました…。」
俺は急いで、各準備をしてくれる人たちに伝えにいった。遅れるか、最悪来ないと伝えて回るが、多分これは来ない。なぜなら俺は運が悪いから。俺はここぞというときに、こうやって失敗するのだ。仕方ないで済ませるしかない。けれど、俺の費やしてきた時間は、周りが掛けてくれた言葉は、全て無駄になっていく。俺は今まで何度もこういう瞬間を味わってきたが未だに慣れたものじゃない。
「どうしてうまくいかないんだよ…!」
口から言葉が吐き出されると同時に、俺のこぶしは壁を殴っていた。ぶつけた部分が痛むが、その程度はどうでもよくなっていた。
しかしながら、生徒会に迷惑をかけるわけにはいかない。生徒会に伝えた後は、文化祭の仕事を全うした。各教室のみまわりや、落とし物の管理、出店の在庫確認などをして、予定時間が刻一刻と迫っていった。
「も~、どんな歩き方してるの鬼山くん。」
後ろから声がすると同時に、頬に冷たい感触が表れて反射的に体が跳ねる。頬にあったのはアイスキャンディー、そしてそれを持っていたのは…。
「やっぱりお前か。」
神崎だった。
「どうしたの鬼山くん、全然楽しそうじゃないじゃん!」
「あ、ああ。すまない。」
「なんで謝るの?」
「確かにそうだな…。」
「キヤマ君は悪くないじゃん。ほらこれ食べて。」
「あがっ…!」
神崎が俺の口にアイスキャンディーを指してくる。こいつは俺を殺す気なのだろうか。
「死ぬだろバカ!」
「それだよー。やっぱり鬼山くんはこうでなくちゃ。」
「どういうことだよ。」
「鬼山くん、まだやることはあるよ!体育館に行って、急いで!」
体育館?そこに用事なんてなにも…。そう思いつつも、神崎が「行け」と言ってやまないので、渋々向かった。
「ごめんなさい!」
体育館に、会長の声が響き渡る。俺は混乱した。
「なんで謝ってるんだ…?」
予想外の状況に、頭の悪い言葉しか出てこない。
「もう少しだけ待ってください、お願いします。きっと、きっと来てくれます!」
来ないよ…。
「なのでお願いします。もう少しだけ待ってください!」
無理だ…。来るわけがない。
「お願いします!」
台風で飛行機が飛ばないんだ。無理に決まってる。無理に…。無駄に…。…けど!
気づいていなかった。俺は体育館に入った瞬間からずっとステージまで走っていた。気づいたころには、会長の持っていたマイクを取って声を荒げていた。
「お願いします!!!!!!」
一発でのどがかれるんじゃないかという、そんな声で、俺は叫んでいた。あきらめたくない。俺は、あの人たちを信じたい。
「直接会ってお話したとき、快く引き受けてくださいました。そんな彼らを信じたいんです。本人から来れないという連絡はまだないんです。だから…」
「「「「「お願いします!!!!!」」」」」
気づけば周りには、俺を信じてくれた人たちがいた。生徒会も、詩間先生も、軽音部も情報研も、みんな頭を下げていた。あきらめていない人は、たくさんいたのだ。
お客さんの中には、きいていない人もいる。帰っていこうとする人もたくさんいる。けれど俺たちは頭を下げたままだった。
『ぺこぺこ、ぺこぺこ、なんで世の中はこう謝らないといけないことばっかかねえ』
ステージの左右のスピーカーから、大音量で誰かがしゃべった声がした。
『僕らが遅れたからじゃないですか』
『…。』
『帰るんじゃねえっスよ!俺らはこっちっス!』
会場がざわつき、俺たちも顔を上げる。東仁田が「引け」の合図をしている。お客さんの拍手喝采が聞こえてきた。
幕が、あがる。
△▼
会場は大盛り上がりだった。生徒も来場者も、そこにいた人全員が楽しそうに見えた。結果として大成功だったライブは終わり、その後に様々なことが分かったことを話そう。いわゆる、後日談である。
前日から飛行機が飛ばないことが分かっていた彼らは、車でここまで来てくれたのだ。そして実は姉がこの高校にいたころに無茶なスケジュールを組むBLADE5を見かねてマネージャーをやっていたことが明らかになった。BLADE5は姉もカウントしているから『5』なのだそう。真の灯台下暗しである。そしてじつは我が両親も姉が呼んでいたようで、姉が父に事情を話すと父は車ごと乗せれるという飛行機を手配し、BLADE5を見送った。何を隠そう俺の親父はパイロットの偉い人なのである。よくわからんけど。さらに、東仁田と親父は知り合いらしく、東仁田がチケットを取る際に言っていたツテというのは親父のことだったのだ。最後に、BLADE5を呼ぶためのお金のことなのだが…。
「今回の費用は僕が借金してでも払いますので…。」
「…何を言っている。」
「僕たちはただ、母校に帰ってきただけですよ?」
「卒業生が母校に帰ってきて、なんでお金がもらえるんスか。」
「でも、タダできてくれたーなんて言いふらすのはだめだから、その辺はよろしく。」
「…あ、ありがとうございます!!」
最後までかっこいい人たちだった。この人たちのファンで、本当によかった。
「ライブ見に行くか…。」
一度も身に行けていなかったライブ。今度は純粋に観客として、見に行こうと思う。
九番に続く
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