六番:凶 大きな壁に阻まれるでしょう

 俺は文化祭企画案会議で、『BRADE5』を呼ぶという案を出した。それはあまりに無謀なことなのである。なぜなら彼らは今、一番波に乗っているロックバンドだからである。彼らは日常における嫌なことを、社会におけるストレスを歌詞と曲にぶつけ、それを叫ぶように歌うバンドである。その形が世間の若者に強く響き、今やドームを埋め尽くすほどの人気である。どうしてこんなに詳しいかと言われれば、俺もその多くのファンの中の一人だからである。そんなバンドを、この都会とは無縁の辺境の学校に呼ぼうと提案しているわけである。だが俺はこの提案に一つだけ希望を見出している。それは…。

「ここ、麓川高校は、BLADE5の母校です。」

「え、そうなの?」

会長が少し驚いている。

「はい、六年前にこの高校を出た卒業生です。麓川高校文化祭は年々来校者が減っていると聞きます。詩間先生によると、今年はその流れを打開すべく、大きく盛り上げたいと学校側も考えているそうです。なので、今年は大きなことをするチャンスだと思います。」

「ですが、その案はあまりに非現実的です。」

詩間先生が言った。

「御尤もです。正直言って、うまくいくかはわかりません。なので、この件は僕だけで動こうと思います。言ってしまえば『BLADE5に来てもらう』だけなので、これらの準備にはあまり人数はいりません。以上が俺の案です。」

あとは会長次第である。会長は出た案をどう切るか、その判断に全員が注目していた。

「全部採用です!あ、とりあえず私の案以外は。」

「会長の意見にも皆さん異論はないと思いますよ?」

藤坂さんが言う。

「ならほんとに、全部採用で!」

会長の一言で、案はすべて採用となった。もちろん、俺の案も。

「採用でいいんですか?」

「おっとキヤマ君、そんなこと言うなら不採用にしちゃうよ!私もみんなも、キヤマ君のその目を信じてる。だから採用でいいの!」

正直、こんな案通ると思っていなかった。というか、自分の案に半信半疑だった。けどここにいる人たちははそれを信じてくれた。

「ありがとうございます。」

心の底から出た言葉だった。

「うむ!!みんなあとはなんかある?」

「あ、一ついいですか?会長。」

「なあに藤坂君?」

「校内各所に、文化祭に関する目安箱を設置するのはどうでしょう?生徒からの意見なども取り入れると、よりよく文化祭が行えると思います。」

「いいねそれ!さっすが藤崎君!」

「恐縮です。」

「せんせいは何かありますか?」

「特にありません。」

「わかりましたー。じゃあ、今日の会議はここまで。ここからは今後の活動についてだよー。まず、明日の昼休憩の文化祭会議で、キヤマ君以外の三つの案を文化委員に私が説明してきます。つまりクラスが動くのは明日からになるね!あと、明日から文化祭まで、生徒会は放課後毎日活動します!あ、でも出れない日とかあったら全然言ってくれていいからね!文化祭まで忙しいと思うけど、みんなで頑張りましょう~!解散!」

「「「「お疲れさまでした。」」」」

△▼

 生徒会が終わった後、俺は相も変わらず神崎と帰っていた。

「お前いつもいるよな。友達いないのか?」

「いるよー。牛串さんとか。」

「他にもおでんくんとか、ちくわぶくんとか居そうだな。」

「確かにおでんだけど、おでんと友達なわけじゃないよー。鬼山くんこそ居ないの?」

いません。

「まあ鬼山くんとは帰り道一緒だし、鬼山くんといたら退屈しないからね~。」

素で褒められると何も言えないじゃないか。

「でもおでんってやっぱりおいしいよねー。夏でもおいしい。」

「俺は大根がすきだな。味が染みててうまい。流石に夏は食べないけどな。そういえば神崎って何でもおいしそうに食べるけど、嫌いなものってあるのか?」

「…なまこ。」

あるにはあるのか。俺は割と好きだけどな。そこでふと、前に聞き帯びれたことを思い出す。

「そういえば、お前先週詩間先生に呼ばれてなかったか?」

神崎が徹夜してカレーパンになった日のことである。

「そうだよ。テスト終わった後に呼ばれたんだ~。『体調が悪そうですが大丈夫ですか?』って。私自身、その日は何ともなかったんだけどなあ。」

本人さえ気づいていない症状に、先生は気づいていたのか。これは神崎だから気づいたのか、それとも本人の元から存在する観察力なのか…。

「まあ、どっちにしても流石というかなんというか…。」

「あ、愛しの我が家だ。」

家に対する感情強くね?

「じゃあ、また明日ね鬼山くん!」

「あいよ。」

そう言って神崎を見送った。はっきり言って、神崎はめちゃくちゃいいやつである。誰とでも仲良くなれるような性格、愛嬌。別にわざわざ、俺である必要はないはずなんだ。俺より優しい奴なんていくらでもいる。俺が無理やり引っ張りまわしているんじゃないかと思うと、少し罪悪感がある。そんなものをお土産に、俺は家に帰るのだった。

▼▼▼

 翌日、俺の無謀で画期的な文化祭における計画を成功させるため、早めに学校に行って作戦を練ることにした。そんなこんなで家を出たはいいものの、道端にまた例の既婚似非占い師がいた。

「こんな朝早くからやっても誰も来ないと思うんだが。」

「来たじゃないですか、あなたが。」

何もない道にこう異質なものがあると、嫌でも目に入る。

「今日はなにを占うってんだ。」

「特に占わないですよ。私、占い師じゃないですし。」

自分から言うのかよ。

「むす…以前言った方とは仲良くしていますか?」

「おかげさまでな。」

「その子があなたと行動するのは理由があります。あなたでなくてはならない理由が。」

「その理由ってのは?」

「それはちょっと…ほ、星の形はそこまでは教えてくれませんでしたね。」

占い師じゃないって言わないほうがよかったんじゃないのか?こいつはそもそも何者なんだ。神崎のことを詳しく知っているようだが…。

「まさかお前、神崎のストーカーなのか?」

「いやいやいや、そそそれは、ギリギリ違います!」

「ストーカーにギリもくそもあるかよ。なんで神崎はこじらせてるやつに好かれてるんだ?」

「私がどうかした?」

「うおっ!」

驚いて尻もちをついた。気づいたら後ろに神崎が立っていた。

「いや、こいつが神崎の…ってあれ?」

気づいたら例の似非占い師はもういなかった。撤収速すぎだろ。

「よくわかんないけど、おはよう鬼山くん。早いね。」

「お、おう。神崎こそ早いじゃないか。」

「なんだか今日は早く目が覚めてさー。…ん?」

「どうかしたか?」

「なんか覚えのある匂い…。なんだっけこれ。」

「なにも匂いなんかしないと思うが。」

「そう?じゃあ気のせいか―。」

匂い…?そういえば占い師は香水をつけていたな。あまりきつくない上品な感じの、おそらく男性用の。神崎はその匂いに気づいて…。待てよ?

「神崎、このブレスレット、見覚えがないか?」

以前占い師にもらった河原の石のブレスレット。それを神崎に見せた。

「あ、それ私が作ったやつだよ!ちっちゃいころに作って渡したんだー。なんで鬼山くんが持ってるの?」

「そうか…。誰に渡したんだ?」

「誰だっけな~。もう十年以上前のことだから忘れちゃったよ~。ところでなんで鬼山くんが持ってるの?」

「流石にそこまではわからないか…。」

「なんで鬼山くんが持ってるの!?」

神崎は俺の頬を引っ張りながら訊いてきた。

「あー、悪かった悪かった。似非占い師からもらったんだよ。たまに道端にいるやつなんだ。」

「ふーん。そっかあ。」

「なんでなんだろうな。」

似非占い師というところに神崎は全く反応しなかった。神崎は俺が教えなかったことに怒ったのではなく、俺が無視したことに怒ったのか。

「まあいこっか。」

「そうだな。」

そのまま俺達は、適当に駄弁りながら学校に向かった。

△▼

 放課後、俺は生徒会室で目安箱を作りながら結局神崎としゃべるだけで浪費してしまった時間を取り戻すべく、計画を考えていた。そもそもアーティストを呼ぶこと自体は別に難しいことじゃない。事務賞を通して話をつければあとはお金を払うだけである。しかし今人気の彼らを呼ぶための費用はおそらく…。

「400万…。」

あまりに莫大な費用にて、思わず口に出てしまっていた。

「どうしました?鬼山くん、宝くじでも当たったんですか?」

一緒に目安箱を作っていた藤坂さんが反応する。

「宝くじでもあたらないとだめですよね400万。」

「いくら私立高とはいえ、一つのイベントに400万は出せないでしょうね。大学の学園祭とかの話ですよそんなのは。」

「ですよねー。まあ交渉するしかないかあ…。」

「そうですね…。何か手伝えることがあれば全然手伝いますよ?」

「いえ、藤崎さんみたいな優秀な方の手を煩わせるわけにはいきませんよ。」

「そうですか?真面目な人ですね。」

俺はあまりそう思わない。こんなギャンブルみたいな計画を立てる奴は真面目とはいえんだろう。

「藤崎さんこそ、ずいぶん真面目な案を出していたじゃないですか。」

「いえ、実はあれ、割と不真面目な案なんですよ。」

「え、不真面目な案?」

「学習的と見せかけて、あれはそこまでの準備がいらず、やろうと思ったら一人でもできてしまうんです。意図としては、受験生にあてたものですね。この高校には進学クラスがあるので、そのクラスが文化祭に時間を取られすぎないようにという思いです。」

「なるほど…。」

確かに文化祭の準備より、勉強や部活動のほうを優先したいクラスだってあるだろう。そんなクラスのこと考えた案だった。陰から会長を支える藤坂さんらしい、他の人が見えてないところから見たようなそんな案だったのか。

「俺も頑張らないとな…。」

 アーティストを成功すれば、生徒たちを盛り上げるだけでなく、今後の学校のためにもなる。近年私立高校の競争は熾烈を極めており、年々入学希望者は減ってきている。共学化したりなどの対応を取っているが、最終的に廃校となる高校も少なくはない。その中でうまくこの文化祭で注目を集めることができれば、この高校の入学希望者の増加は期待できるのではないだろうか。俺はひとまずその旨を詩間先生に伝え、BLADE5を呼ぶための費用がどれだけ出せるかという話を聞きに行った。

△▼

後日、予算が決まったということを先生から言われ、談話室でそれを伝えられた。

「最高で10万ですね。」

「じゅ、10万…。」

もちろんあまり期待はしていなかった。しかし現実はそれをさらに下回った。

「高校の文化祭は、基本的に生徒たちで盛り上がるイベントなので、集客がメインではありません。そのため毎年採算が合わず、元は取れていません。」

「そうなんですか…。」

「私も予算管理をしている教頭に何度も話はしていたのですが、なにしろ私の教師歴がないので、あまり説得力がないと…。すみません。私の力不足です。」

「いえそんな…。逆にそこまでしてくださっていたなんて…。わかりました。とりあえずこれでやってみます。」

「あきらめていないというんですか?」

「俺はあきらめないですよ、このくらいでは。」

「そうですか。あきらめの悪い方ですね。」

俺はその時初めて、詩間先生の笑顔を見た。

△▼

「とはいってもなー。どうやって10万で呼ぶんだよ…。」

自室で一人、鼻と口の間にシャーペンを挟み、椅子にもたれかかる。その日の帰宅後の話である。今から400万をためることなど、ラスベガスに行くか、臓器を売るかしかない。運の悪い俺はカジノで勝つことは不可能だし、臓器を売った日には姉に怒られるに違いない。泣いて、殴って『この馬鹿歩夢~』なんて言われる未来が見える。

「とりあえずやってみるか…。」

俺はBLADE5の所属事務所を調べ、そこにに電話をかける。

『はい、こちらセブンスターです。』

たばこの銘柄みたいな社名だな…。

「麓川高校生徒会の鬼山です。5月20日の文化祭にそちらの事務所に所属されているBLADE5をお呼びしたいんですが…。」

『はいかしこまりました。契約上の金額はご用意いただいていますでしょうか?』

「それが、予算が10万だけしかなくて…。」

『その金額ではちょっと難しいですね…。申し訳ありませんが今回はお断りさせていただきたいと思います。』

「わかりました。非常識な電話、大変失礼しました。すみません。」

萎縮しながら電話を切る。対応の人からは、非常識な人と思われたに違いない。母校であることなど、事務所の人には関係ない。

「これ、かなり詰んでるんじゃないか…?」

決してたどり着きたくなかった答えを、自分の口で言ってしまった。


七番に続く

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