五番:末吉 予期せぬ遭遇があるでしょう

 麓川町駅から二駅、服や雑貨、食品まで何でも揃う『ポヨン ショッピングモール』。その中にあるカフェで俺と神崎は頭を悩ませていた。

「新しく何かを考えるって難しいな…。何か思いついたか、神崎。」

「このクレープおいしいよ!鬼山くんも一口食べる?」

「…食べない。」

どうやら頭を悩ませていたのは俺だけだったようだ。

 遡ること二日、それは学校にて神崎の口から発せられた。

「鬼山くん、今度の日曜日空いてる?」

放課後にいつ帰ろうかとぼーっとしていたら、神埼にそう問われた。

「別に空いてるが、何かあるのか?」

「いや~、来週の生徒会会議で出す企画案、まだ考えてなくてさ。一緒にPOYON行こうよ。」

「急にわけのわからないタイミングで擬音語を発する病気にでもかかったか?」

「え、POYON知らないの?去年近くにできたショッピングモールだよ。」

「知らないな。大体のものは麓川町に揃ってるし、あまり町から出ないんだよな。」

「じゃあなおさら行こうよ!実は新しくカフェができて、そこのクレープがとってもおいしいんだって!」

「絶対そっちが目的だろお前。まあいいや。それで、どこに行けばいいんだ?」

「お昼の一時に、麓川町駅前に集合で!」

「おう。」

二つ返事のように予定を決めたが、これってデートなのでは?

「まあいいか。」

「どうしたの?」

「お前はそういうのを気にするタイプでもないしな。」

「なんのこと?」

疑問に思う神崎をよそに、俺は帰る支度をしたのだった。

 予定日当日、俺は30分ほど早めに来た。俺は昔から姉に「女の子には『待たせるな』

『財布を出させるな』『泣かせるな』の3つだよ。」と教わってきたので、今日はそれを実践するためにまずは予定時刻より早く来たというわけである。単に姉の言いつけを守っているというよりかは、俺自身もそれを正しいと信じているのでやっているわけである。

でも、最近神崎に甘すぎではないだろうか。よく考えたら確かに勉強をわざわざこちらが教える必要なんてなかったし、今日の予定だって断れば良かったわけだ。だが神崎にはついつい優しくしてしまう。神埼にはそういう魔性のなにかがある気がする。

「あ、鬼山くーん!」

まあ気にすることでもないか。

「待った?」

「一秒くらいな。」

気を使わせないように適当な嘘をついた。時間ぴったりに到着した神崎は、なんだか高そうな服を着ていた。こいつ本当に貧乏なのか?でもよく考えてみれば、神崎の私服は初めて見る。…と思ったが、コンビニの時に見たんだった。覚えてないけど。

「ずいぶんとおしゃれじゃないか。」

白シャツにロングスカート。見た目としてはシンプルだが、スタイルのいい神埼が着るとかなり大人っぽく見える。

「…そうかな?い、いや、そんなことより早くいこ!」

神崎はわたわたと少し焦った様子だった。姉にかわいいと言われたときはでへへとか言ってたくせに、服装を褒めるとなんだか困惑している。これは顔と服の違いなのだろうか。だとしたらこいつは自分を服だと思い込んでいるんだろうか。

「どうしたの?行こうよ!電車来ちゃうよ?」

「あ、ああ。」

神崎に服の裾を引っ張られたので、そのまま切符を改札に通す。だが神崎は、変なカードみたいなものを近づけて改札を通るものなので、気になって聞いてみた。

「それはなんだ?」

「ん、これ?これはICカードだよ。って、もしかしてICカード知らないの?」

「うん。初めて聞いた。」

「そっかー。電車あんまり使わないの?」

「移動はほとんど自転車だな。今はそんな便利なものがあるんだな。」

「二十年前くらいからあるらしいけどね!」

こうして俺と神崎はポヨンモールの一角のカフェに居座っている今に至る。そう考えると大した回想でもなかったので考え直す必要は全くなかったが、そんなことより問題は今である。本当に何も思いつかない。

「おいひい…幸せぇ…。」

神崎もこの調子で頼りにならないしな…。文化祭とはそもそもなんのためにやる行事なのだろうか。おそらく、生徒のためだろう。そもそも、生徒が学校生活をよりたのしむために、行事ごとを学校が設けている。もちろん、楽しむだけでなく自分達で企画した出し物をクラスのみんなと協力して作り上げるという経験は恐らく、生徒達にとっても言い学びになるだろう。つまり基本的には生徒が楽しめる企画を考えれば言いわけなのだが、しかしこれまでの企画案を踏まえて一つ大きな問題がある。予算である。生徒会会議で貰った過去の企画資料に書いてある予算が、年々減っている。今年もおそらく去年よりさらに少ないのだろう。その中で考えなければならないのでただでさえ思いつかないのにさらに選択肢が減っていく。

「ふむ…どうしたものか…。」

「ねえねえ鬼山くん。」

「何か思いついたのか?」

「いや、見てあれ。」

案が思いついたわけではないのかと少し残念に思いつつ、神崎の指すほうを見てみると、女の人が座り込んでガラス越しに店外からこちらを見ていた。目が合った瞬間に帽子を深くかぶり、その場から逃げようとしたようだが、店員に声を掛けられ、否定の意を身振り手振りで表していた。

「あれ、詩間先生じゃない?」

この高校に入って見慣れてしまったシルエット。帽子をかぶっていてあまり顔は見えないがあれは間違いなく詩間先生だった。

「ちょっと様子を見てくる。」

もし俺たちが何かやってしまっていて、それでこうなっているのなら少し申し訳ない。そう思い、俺は詩間先生のほうに向かった。

「明らかに誰かをこっそり見てましたよね。」

「あ、いやその、悪気はなかったんです…。」

「悪気がないなら隠れる必要もなかったですよね。」

「それはその…。」

「すみません、この人僕の知り合いなんです。」

「あ、そうだったんですね。こちらこそ余計な注意を…。申し訳ありません。」

店員と詩間先生の間に入りその場を収める。

「なにしてたんですか?僕ら何かまずいことでも…。」

「買い物をしていただけです。それより、ちょっとこっちに来てください。」

先生にそう言われ、手を引っ張られながら喫茶店は少し離れた場所に行く。

「一体どういうつもりなんですか…。神崎さんと…でででででで、デートなんて…!」

そういえばこの先生は神崎をこじらせているのだった。わざわざ助けなくてもよかったかもしれない。

「何か問題があるんですか?校則違反とか。」

「そんな校則はないけれど…。と、とにかくふしだらです!」

「まあ大丈夫そうなので俺は戻りますね。」

「待ってください。 まだあります。」

「なんですか?」

「神崎さんがクレープをくれた時、なぜ食べなかったんですか?神崎さんの食べかけのクレープを食べれる機会なんて、一生に一度あるかないか…、そんな機会を、チャンスを、なんで逃したんで…。あれ、いない…。」

最後まで聞くべき内容でもないので、俺はその場から立ち去っていた。

「鬼山くん、最後に一つだけあります。」

後ろから詩間先生が叫んでいた。店内で叫ぶな。

「今回の文化祭、学校側は今年こそ盛り上げようと、予算は多めに見積もっています。ですが、日程が前年度より早く、あまり時間がありません。そこを含めて考えていただけるとありがたいです。」

「わかりました。大変助かります。」

「な、なので、早急に案を決めて早急に解散してください!」

「そこは神崎の気分次第なので。」

俺が神崎の名を出すと、何か言いたそうだったが何も言わずにその場から去っていった。その様子を確認した後に俺も喫茶店の座っていた席に戻る。神崎の部分を除けば何でもできる先生なのに。

「そんな人を変えちゃうような人なのかお前は。」

「にゃにが?」

席に戻ると神崎のクレープは新しくなっていた。

「お前食ってしかいないんじゃないか?」

「でも結構考えたよ~。」

そういって神崎はノートを見せてくる。そこにはびっしりと文字が書かれていた。ほとんど食べ物の出店のことが書かれていたので実質的に案は一つしか出ていないが、はかなりいい案だと思う。

「いつの間に書いたんだ、これ。」

「クレープ食べ終わってから思いついたんだ。食べれる文化祭っていいなーって。」

「なるほどねえ。」

文化祭予定日が例年より早いということは、準備期間が短いということになる。あまり手の込んだことはできないがこういった出店なら、そこまで準備はいらないだろう。特に意図されたものではないと思うが。

「いい案だと思うぞ。」

「鬼山くんもそう思うよね!いやあ、私は天才だあ。」

「まあどこの学校も割とやってるけどな。」

「え!そうなの!?」

それはさておきとして、準備には時間がかからなくて、盛り上がるもの…。

「あぁ、なるほど。」

△▼

 生徒会会議当日、俺は神崎と生徒会室に向かっていた。

「お前いつも俺についてくるな。」

「同じ教室から同じところに行くんだから、おんなじ道になるんじゃない?」

「こういうときだけ鋭いのなんなの?」

生徒会室に着くと、俺たち以外の三人はもうそろっていた。十分前集合を意識したつもりだが…。この人たちには敵わない。

「お、新一年ペアだ。早いねー。」

「先輩たちのほうが早いじゃないですか。」

「勝手に早く来ただけだから気にしなくていいんだよー。せんせいのほうが早かったし。」

「鍵の管理を任されているので、当然のことです。」

「やっぱり普段はこんな感じですよね先生って。」

「失礼なことを言うのはやめなさい。それとあのことは口外厳禁です。もし破ったら全教科の五段階評価を1にします。」

それはマジで怖いな…。

「せんせいとキヤマ君、何かあったの?」

「いえ、何でもないですよ。」

俺は営業スマイルをした。

「藤坂君、キヤマ君が笑ってる!怖いよお…。」

「そんなに珍しいことですか?怪しく微笑んでいる様子は結構見ますけど。」

そんなに悪魔みたいな人だっけ俺。

「まあ、全員そろったことだし、ちょっと早いけど始めよっか。じゃあ笑顔のキヤマ君、進行頼んじゃおっかな。」

「そんな譲渡とかする感じなんですね…。とりあえずやってみます。」

「うん!よろしくぽん。」

「これから今年度第二回生徒会会議を始めます。—」

△▼

 なぜか俺が進行となったこの会議だが、思ったよりもスムーズに進んだ。出た案は、会長の『教室空間を利用して来た人を楽しませよう案』、藤坂さんの『学習的な内容を研究しそれを展示する案』、そして神崎の『食べ物などが買える出店を出す案』である。これらすべては現実的でおそらく安易に実現可能である。そして最後に俺の案を言う番となったのだが…。

「最後はキヤマ君だね!キヤマ君はどんな案を持ってきたの?」

「僕の案は…。」

その案はあまりに無謀ででも成功すればかなり盛り上がるものだった。採用されない可能性だって全然あるが、俺は本気だった。

「今若者に人気のバンド『BRADE5』を呼び、文化祭を大いに盛り上げる案です。」

その場にいた人たちは皆、愕然とした。


六番に続くよ

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