三番 末吉:強い向かい風となるでしょう

 生徒会に誘われた次の日、俺は神崎と食堂で昼食をとっていた。俺は醤油ラーメンを一つ頼んだが、対して神崎はカレーの大盛りと菓子パンを二つテーブルに並べた。

「お前それ全部食うのか…?」

「そうだよ~。今日はお腹すいちゃってて。」

「ああなるほど、朝ごはん食べてないのか。それはお腹すくな。」

「え?朝ごはんは食べたよ?」

「は?」

納得するために無理やり出した結論は、バッサリと切られてしまった。唖然とする俺をよそに、カレーを次々と口に入れる。よほどおいしいのか、かなり幸せそうな表情だった。

「毎日それくらい食うのか?」

「うん!」

「食べたものは胃で消滅させてるんだな。でないともっとぽっちゃりしてるはずだ。」

「でも結構変わるんだよ?食べ過ぎないようには注意してるし。」

「いったい何がどう変わってるんだ…。」

最初から思っていたが、こいつはかなりスタイルがいい。身長は170ある俺より少し小さいくらいで、全体的にすらっとしてる。まるでそれに合わせたかのような長い髪。見た目だけで言うと完全に美少女である。だが中身は…少々おかしなところもある。だがまあ、悪いやつではない。

「自分から入れておいてなんだがお前、生徒会に入る形でよかったのか?あれだけの身体能力があればもっと運動部とかで活躍できただろうに。」

「全然いいよー。運動部に入る予定なかったし。」

「そうか…。」

一瞬だけ、神崎の顔が曇った気がした。いつもの笑顔の中に一枚だけ悲しいような、っさみしいような顔がまざっていた。特別気に掛けるほどでもないかもしれないが、これ以上は触れないほうがいい気がするので話題をそらすことにした。

「ところでお前、なんで俺がお前を一緒に生徒会に入れたかわかってるのか?」

「他に誘う友達がいないからじゃないの?」

「悪気がない分余計傷つくな…。確かにそこは間違いないがそうじゃない。俺はあの時完全に断れる状況じゃなかったんだ。」

「どゆこと?」

「俺がことごとく運が悪いことは、すでに生徒会に知られていた。」

「なんと!」

「本来ほかの生徒に見られるはずのない入試結果を生徒会の権限を利用して見られていたことが原因だ。そして運が悪いことが周りにばれると俺もかなり学校生活に支障が出るだろう。断ることはできなかった。」

コクコクと相づちをうつ神崎を確認し、俺はそのまま話を続ける。

「でもこのままではきっと生徒会を俺の不運を巻き込んでしまうだろう。だからお前を呼んだ。」

「つまり…どゆこと?」

「運が悪い俺でも、運のいいお前と一緒にいれば生徒会に不幸が訪れる可能性は限りなく少なくなるということだ。」

「なるほどっ!鬼山くん頭いいね!」

「まあ、お前よりかはな。」

「き、鬼山くんが頭いいの!」

神崎の少し焦った様子をうかがいながら「ふうん。」と相づちを打ったとき、校内放送が流れた。

『一年一組 鬼山くん、神崎さん。放課後、生徒会室に来てください。』

「だってさ。」

「呼ばれちゃったねえ。説明か何かかな。」

「さあな。」

だがおそらく神崎の言う通りだろう。生徒会に入ることをあっさり承認された俺たちは。生徒会の活動などを説明されるに違いない。俺たちは午後の授業を受けた後、放課後を迎えた。

△▼

放課後、俺と神崎は生徒会室に向かっていた。授業疲れもありだらだらとした足取りで向かっている俺とは対に、神崎はスタスタと速足で進んでいた。

「おい神崎、なんでどんなに速いんだよ。」

「だって生徒会だよ?学校のトップ集団に入れる機会なんてそうそうないもん。ワクワクしちゃうよね!」

「はあ?別に生徒会なんて大したことないだろ。立候補するやつも多くないだろうし、言えば誰でも入れるだろ。」

「でも鬼山君は立候補じゃなくて選抜されてるんだよ?そしてそんな鬼山くんが私も入れてくれた。これはとっても運がいいと思うんだよねー、巡りあわせというか。」

「そういうもんかね…。」

うすうす思ってはいたが、やはりこいつと俺は正反対だ。俺にはこんな、ポジティブで尚且ついつも周りに感謝するような考え方はできない。自分に良いことはあまり訪れないが、その良いことが降ってきても、自分の日ごろの行いだとか、やってきたことが結果として手元に来ただけと思うだろう。運の悪い人生と運のいい人生、こんなに差が出るものなのか。そんなことを考えながらふと前を向くと、目の前にはもう生徒会室のドアがあった。

「着いたよ鬼山くん!」

「あ、ああ。入るか。」

私立特有の質のいいドアをノックして、ドアをガチャリと開けた。

 パーン

「「「ようこそ生徒会へ!」」」

入ってそうそうクラッカーを鳴らされ困惑している俺をよそに、拍手で歓迎する三人の姿があった。生徒会に誘ってきた二人と、もう一人はうちクラスの担任だった。会長は笑顔で拍手していたが、あとの二人は真顔だった。

「ささ、こちらの席に。」

「あ、ありがとうございます。」

用意してあったのは、教室では見ない椅子だった。良い椅子なんだろうなとみているうちに神崎はもう座っていたので、俺も座ることにした。

「なんだか結婚するみたいだねー。」

隣の神崎がそう言った。なにを言ってるんだこいつは。

「ご結婚おめでとうございます。こちらの書類をどうぞ。」

会長も何を言い出すんだ。

「ゴホン、では第一回 生徒会会議を行います。ですがまだお互いのことをあまり認識できていないと思うので自己紹介をしたいと思います。まずは会長からお願いします。」

「はい!二年、麓川高校生徒会会長、望月楓です!よろしくお願いします!」

この高校そんな名前だったのか。

「二年、会計、藤坂健です。よろしくお願いします。」

副会長じゃなかったのかよ。

「生徒会顧問、詩間琴音です。今年度から担当となりました。そしてそちらのお二方の担任でもあります。よろしくお願いします。」

「そうだったんですね!こちらこそよろしくお願いします。続いて今日から生徒会に入る一年生のお二人、自己紹介をどうぞ!」

どっちからにする?という感じに神崎がこっちを見てきた。だが神崎から自己紹介をするとろくな目に合わないと先日学んだので、俺からすることにした。

「えっと、一年一組、鬼山歩夢です。ふつつかものですが、よろしくお願いします。」

「こちらこそー。最後に神崎さんお願いします。」

「一年一組、神崎みおです!ふつつかものです!よろしくお願いします。」

「神崎、それはなんか違う。」

「あ、あれ?違うの!?」

使ったことない単語だったけど隣の人が使ってたから礼儀なのかなって間違った使い方してしまった感じだな。そんな神崎を見て三人は笑っていた。

「鬼山くんが急にこいつも入れてくれっていうから、どんな人かと思ったけどいい人そうで安心したよ。さて、自己紹介も終わったので本題に移ろうと思います!生徒会の今後の目標とそれに対する活動を今から言います!」

第一回のミーティングだから、そういう話にはなるか。めんどくさくないといいんだが。

「今年度の生徒会の目標は『学校生活を楽しむ』です!」

「学校を楽しむ…?」

意外な言葉だった。確かに入学式でもそう言ってはいたが、生徒会の目標ってなんかもっと固めの、校則を守りどこに出しても恥ずかしくない高校にーとか、そういう感じなんじゃないのか?

「そう、たしかに学校は勉強をするために来るところだけど、一度しかない高校生活、せっかくならぜひ楽しんでもらいたいなって思ってて、だからこの目標にしました。もちろん校則などはきちんと守りつつって感じですが。」

「一度しかない高校生活を楽しむ…いい目標ですね!」

藤坂さんが言った。

「そして活動についてですが、生徒が楽しむといえばやっぱり学校行事だと思います。なので文化祭や体育祭、そして林間学校や卒業式などのイベント事を全力で盛り上げたいと思っています!」

「では行事以外の活動は何をするのですか?」

詩間先生が言った。

「ないです!」

ないんだ。

「わかりました。」

良いんだ。

「とりあえず、一番近いのは文化祭です。文化祭を学校全体で楽しめるようにしていきたいです。次の会議ではその具体的な活動を考えていきたいので、来週までに考えておいてください。」

「昨年と一昨年の文化祭の行事内容をまとめておきました。よかったら参考にしてみてください。」

先生が資料を配る。この会議の前に作ったのか?なんて準備のいい先生なんだ。

「ではこれで第一回生徒会会議を終わります。解散!」

なんだかよくわからないうちに終わってしまった。とりあえず入学早々退屈することはなさそうだが、むしろ忙しい可能性まで出てきた。大丈夫か俺の高校一年。

「先に教室に戻ってるよ鬼山くん。」

「なんで一緒に帰ることになっている。」

「え?帰らないの!?あんなに家近いのに?」

「無意識匂わせ発言やめろ。近いと聞くが俺はお前んちを知らないんだよ。どちらにせよ俺はちょっと用があるからお前は帰れ。」

「うん、わかった!」

神崎は荷物を持ち「ばいばーい」と言いながらこちらに手を振る。

「ずいぶん仲いいけど二人は中学から一緒なの?」

会長が訪ねてきた。

「いや、一昨日知り合いました。」

「え!?」

会長と藤坂さんが「不思議だね~」「不思議ですねー」などと言っているが、これに関しては神崎がおかしいだろう。その日会った人の家に泊まったり、誘われるがまま生徒会に入ったり。あいつ初見は美少女だが中身はだいぶ適当だなあ。いや今はそんなことよりやることがあるのだった。

「藤坂さん、自分小腹がすいたんでちょっと売店行きませんか?」

「僕ですか?全然かまいませんよ。」

「あれ、そこの二人も仲いいの?」

「「いえ、昨日初めて会話しました。」」

「そ、そっかー。」

そうして俺は藤坂さんとともに売店に向かった。

△▼

 この時間、ほとんどの人は部活に出ているので売店はあまり人はいなかった。かなり好都合である。俺が用事があるのは売店ではなく藤坂さんだ。

「何か欲しいものはあるかい?一つくらいなら僕がおごりますよ?」

「え、あー、そうですね。じゃあそこの磯部もちを。」

「いいですよ。」

そう言って藤坂さんは自分用のコーヒーと一緒に、それを買ってくれた。その間に俺は適当な椅子を探し、藤坂さんもそこに座った。

「好きなんですか?磯部もち。」

「そうなんですよ。表面は醤油が塗られててしっかりとした味があるのに、もち自体はほんのり甘いって感じがすごく好きで。」

「そうなんですか。僕も今度食べてみようかな。」

さて、本題に移ろう。現状、俺はこの人にやられっぱなしである。入試結果を見ただけで俺という人間を暴き、生徒会に入れられ、神崎を入れるまで彼の思うツボである。なので俺はこの人の核を握る。

「藤坂さんって、自分に自信がないから、それを直すために生徒会に入ったんじゃないですか?」

「え?いやそんなことは…」

「成績はいいけど自分に自信が持てなくて、そこで会長に生徒会に誘われて自分に自信をつけるために入ったとか。いや、これはあくまで僕の憶測ですが。」

「参りました。その通りです。」

捻出した俺の一手は、藤坂さんに強く刺さった。端的に言えば、図星だったのだろう。そもそも、なぜここまで慎重なのか。そしてなぜ副会長にならないのか。それは当人の地震のなさから生まれた不安と遠慮の結果であろう。藤坂さんが、何かが解けたようにゆったりと語り始めた。

「去年までの生徒会は、ほとんど三年生が仕切っていました。彼らの仕事ぶりはそれはもうすごくて、皆の憧れでした。ですが、光は近くで見るとまぶしすぎる。当時いた一、二年は、そのあまりの仕事ぶりに置いて行かれてやめていきました。その中で唯一辞めなかったのが、望月楓さん。今の会長です。三年生は責任を感じ、在学ギリギリまで働きましたが、皆さん成績も優秀でしたので県外に出る方も多く、OGとして残ることもできず、卒業と同時に望月さんは一人になってしまいました。」

それでこの人数だったのか。ずっと引っかかっていた生徒会のなぞが解けていった。

「生徒会の活動を終わらせないために、望月さんは去年の三年生のように、成績のいい人を探しました。そして去年から同じクラスだった僕が誘われたんです。」

「それで、生徒会に入ったんですね。」

「お二人を半ば強制的に入れる形になってしまってすみません。もしつごうがあわないようでしたら、辞めてもらって構いません。」

「いえ、俺はこのまま続けさせていただきます。その言葉が聞きたかっただけなので。」

「意地悪な人ですね。」

「よく言いますよ。」

そう言った後、俺はその場を立ち去り、荷物が置いたままの教室に戻る。意図など含めもろもろ言われたのに、あの人は最後笑っていた。あの人は昔からああいう感じなのだろう。どんな人に対してもやさしく、きっと自分には厳しい。やさしさというのは、気付かれにくいがゆえに誰かに評価されることがないまま、自信を失ってしまったのかもしれない。だがあんたは自信を持っていいよ。そんだけやさしい人はなかなかいないさ。

「待ってくれ鬼山くん!」

「え?」

教室に戻ろうとしていた俺を突然藤坂さんが呼び止める。

「僕からも君に話さなければならないことがあるんです。」

「何ですか?」

「神崎さんのことなんですが…」

△▼

藤坂さんと話し終えた俺は、教室に戻ってきた。すると何やら中から「やったー」という叫び声がするので、俺はそのまま中に入った。

「まだいたのかお前。」

「見て見て鬼山くん!ハワイ旅行券当たった!」

教室に未だに残っていた神崎は雑誌の当選者のページを開き、こちらに見せてきた。自慢か?自慢なのか?

「久しぶりに一等当たったよー。」

「そうか。よかったな。」

藤坂印のさわやか笑顔で適当に流した。

「でもこういうのって別にハワイ行けるだけだから、買い物とか宿泊費とかのお金が用意できなくて使わずに置いたままになるんだよねー。」

「そういうのは質屋に売るといい。そこそこの値段になるぞ。」

「そうなの!?私今金欠だからめちゃめちゃいいこと聞いたよ~。」

「いやそんなことはどうでもいいんだよ!」

「どうでもいいの!?」

「そうだ。そんなことよりお前、今日返却されたテストを見せてみろ。」

「それは…その…ぷらいばしーというか…」

「いいから早く見せろ!今後に大きくかかわる!」

「わ、わかった…。」

そう言って、神崎は五教科のテストを、牛肉と大きく書かれたクリアファイルから取り出した。どこで売ってんだよそんなの。そしてそのテストを受け取った俺は、見たこともない数字に鳥肌が立った。

「全部赤点じゃねえか!!!」

「ひぃい、ごめんなさい!」

いったい何したらあのテストでこんな点とれるんだよ。藤坂さんからこいつの入試がやばかったって聞いて嫌な予感はしていた。だがこれほどとは…。

「追試は明日の放課後だ。時間がないから今夜お前に俺が勉強を叩き込む!でも、どこかいい場所あるか…?」

「うちでよかったら空いてるよ?」

「いいのか?」

「うん。お母さんが近いうちにこの間のお礼がしたいって言ってたし。お姉さんも一緒にどうかな?」

「姉か。確かに飛んで喜びそうな話だな。後で連絡してみよう。そっちは連絡しなくて大丈夫なのか?親父さんとかも帰ってくるだろうし。」

「大丈夫だよー。お父さん今別居中だし。」

あ、やべ地雷踏んだ。

「まあまあその辺は気にしなくていいよー。」

「と、とりあえず時間がないからそろそろ帰るか。」

「そうだね!」

なんだか前にもあったような展開だが、俺たちは神崎の家で勉強することになった。


四番へ続く。

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