二番 吉:自分を変える機会が来るでしょう
「ただいま。」
「おかえりー。」
というわけで家に帰ってきたわけなのだが、帰る前に姉に一報入れた。結果から言うと、姉は大歓迎という様子だった。「今日できた友達が帰る家がないのだがいいだろうか。」と連絡したところ「私の弟についに友達が」とか言って豪華な料理を用意したそうだ。家的には親が留守にしている寝室が丸っと空いてるので寝床は問題ない。だが問題は連れてきた人にある。
「おじゃましまーす。」
「あら、女の子じゃない!かわいい~!」
そう言って姉は崩れ落ちた。なんだか赤ちゃんが生まれたみたいになっているが、その通り。俺が連れてきたのは今日知り合った女子である。
「いえそれほどでも~。」
いやどういう返しだよ。
「この度はお世話になります!でも本当によかったんですか?」
「いいのいいの。弟が初めて家に連れてきた友達だし、それににぎやかなほうが楽しいしね。まあゆっくりしてってよ。」
「ありがとうございます…!」
「あ、でも親御さんには連絡させてもらうね!」
「なんですと!?」
「私も誘拐犯にはなりたくないからね。ほら、家の電話番号教えて。」
六つ上なだけあってその辺りはやはりしっかりしていた。神崎もそれにしぶしぶ答え、電話番号を教えた。
「突然のお電話失礼します。私、鬼山香織というものですが―」
「まあとりあえず座れよ。」
「う、うん。そうする。」
「ちなみになんで喧嘩したんだ?」
「トマトが野菜かフルーツかで喧嘩した。」
「ずいぶんと複雑な家庭なんだな…。」
「鬼山君はどっちだと思う?」
「そうだな…。」
植物の部類分けとしてはおそらく野菜なのであるが、しかしながらスイカやイチゴのように気になってないのにフルーツと言われているものもある。その理由はやはり甘さにあるだろう。種類によってはトマトもかなり甘いものもあるので、フルーツともいえるだろう。トマトは野菜なのか?トマトは何で赤いんだ?トマトって…なんだ…?
「神崎ちゃん、お母さんが電話かわりなさいって。」
「え、お母さんが…?」
「はいどうぞー」
神崎は渡された受話器を受け取り、神崎母と話し始めた。それにしてもトマトで喧嘩する母親ってどんななんだ…?
「結構明るい感じの人だったよ。」
「俺の心を読んだのか…?」
「これがメンタリズム。」
「…なるほど?」
「全然怒ってる感じなんてしなかったよ?もしかしてこれ…」
「え、覚えてないの?トマトはフルーツだって言ってたじゃん!」
どうやら姉の予想は当たっていたらしく、神崎母は喧嘩のことを気にしていないどころかすっかりもう忘れていた。そうなってくるとわざわざ我が家に泊まることないわけなのだが…。「わかった。じゃあね。」と、電話を切った神崎に今日はどうするのかと聞いてみた。
「いや~なんかね、『せっかくできた友達みたいだし今日は泊まらせてもらって。晩御飯作り忘れてたし。』って言ってたからやっぱり今日はお世話になることにします!」
「結構都合が混じってるな。」
「そういうことならご飯にしましょ!歩夢はご飯食べる元気ある?」
「食欲は全然あるぞ。」
「おっけー。神崎ちゃんは?」
「とってもお腹すいてます!」
「了解!歩夢手伝ってくれる?」
「わかった。神崎はそこでくつろいでていいぞ。」
「じゃあお言葉に甘えて…。」
それからは、ご飯をみんなで囲い、にぎやかな晩餐を終えた後、ふろに入ってクソして寝たのであった。この一連の中で少しごたごたがあったが、これはまた別の機会に話すとしよう。そして時間は進み、鳥のさえずりが聞こえる時間となった。
「…ん、朝か…。」
寝起き半ボケの状態でギリギリ朝ということだけ理解する。そんな中、あいまいになっている意識をすべて破壊するように、ドドドドンと大音量でノックが鳴った。
「鬼山くん!!朝だよ!!!」
「おはよう脳細胞破壊兵器。」
「お姉さまがご飯作ってくれてるよ!」
「わかった。起きるから先に一階に降りててくれ。」
「はーい。」
あいつなんでうちの姉のこと「お姉さま」って呼んでんだ…?気になる点はあるもののあまり遅いとまたあの寿命の縮むノックをされそうなので、サッと制服に着替えて下に降りた。
「神崎ちゃん早起きして手伝ってくれて神崎ちゃんうちに欲しい。」
「ペットみたいな言い方をするな姉よ。」
「冷めちゃうから食べよ!いただきまーす!」
「いただきます。」
△▼
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃーい」
「お世話になりました!」
「はーい。また来てねー。」
手を振り見送ってくれる姉を背に、学校に二人へ向かう。いろいろあってすっかり忘れていたが、今日は新入生テストがある。神崎について運動神経がいいことはわかっているのだが、勉学のほうはどうなのだろうか。気になったので質問
「神崎は今日のテストの自信はどうなんだ?」
「え、てて、テスト?あー、そっかーそうだったねー。あ、そうだちょっと忘れ物しちゃった。わたし家寄ってから行くから先に行ってて。」
「わかった。だけどお前ここがどこかわかるのか?」
「うん!私の家こっから近いから。」
「ああ、そうなのか。じゃあまたあとで。」
勉強道具を取りに行ったんだなと確信し、走っていく神崎をしばらく眺める。神崎の長い髪がなびいて、もはや地面と平行に…いや、速すぎないか?まあこれなら遅刻することもなさそうだ。自分も学校への歩みを進めるのであった。
△▼
教室に着くと、既に神崎が来ていた。
「いつついたんだ?」
「十分前くらいかな。」
「家寄ってたんだろ?速すぎないか?」
「そうかな。」
朝から元気だな。俺には朝から学校まで走る気力も体力もない。そんなに運動が得意なほうでもないしな。ましてやそこから勉強する気にもならん。だが神崎の机の上には、あると思っていた勉強道具はなかった。
「おい、勉強道具はどうしたんだよ。」
「いやあ、それがね。家で教科書とか探してたんだけど全然見つかんなくて。冷静に考えたら教科書配布はまだだったなーって。」
「確かにそうだな。でもさ、」
「でも?」
「もっと冷静に考えたら、今日のテスト範囲は中学生の時に習った内容だから中学の教科書でよかったんだぞ。」
「あっ…。」
突っ込んだものが少しシャープすぎたのか、神崎はやってしまったといわんばかりに口をぱくぱくとさせながら焦った顔をしていた。
「ま、まあ俺が持ってきてるし、見せてやるって。」
「いいの?やったー。」
神崎の顔がぱあっと明るくなった。ずいぶんわかりやすいやつである。そこから二人で勉強し、試験を無事…かどうかはわからないが終えることはできた。
△▼
午前の授業も終わり、昼休憩になった。学校二日目から午後まで授業があることに関して遺憾に思いながら、食堂で一人飯を食っていた。神崎は用事があるとか言っていたが始業早々どこに用事があるというのだろう。昨日保健室に連れてってくれたのは神崎だろうし、新入生は午前で解散だったにもかかわらず、六時まで俺が目覚めるのを待っていたりと、彼女の行動は色々と計り知れない。一体何が彼女をあそこまで動かすのだろうか。そんなことを考えながら黙々と食堂のラーメンをすする俺の箸を、一本の放送が止めた。
『一年一組 鬼山君。生徒会長が探していますのでその場にいてください。』
二日目から生徒会長に呼び出しを食らった。というか、探されてるらしい。低音で落ち着いた口調の声の主は、おそらく昨日の入学式の時に生徒会長の隣にいた副会長らしき人物だろう。放送内容は訳が分からなかったが、とにかくここにいればいいということなのでここにいよう。そう思い、ラーメンを食べ終えスープを飲み干す。すると、飲み干した後のどんぶりの向こうに息を切らした生徒会長がいた。
「君が鬼山くん…だよね?」
なぜわかったのだろうかと考えて少し上を向くと、自分の額には昨日のけがの包帯があったのですぐに納得ができた。
「あ、いきなりごめんね!あたし生徒会長の…」
「望月楓さんですよね。記憶は吹っ飛んでないですよ。」
「覚えててくれたんだね!ありがとう!…じゃなくて、そんなことより昨日はほんとにごめんなさい!!」
「ああ、大丈夫ですよ。このくらい良くあることなので。」
「でもでも、ケガしてるじゃないですか。」
「まあ確かに。」
「なので、入学二日目のあなたにな、な、なんと!」
「なんと?」
「生徒会に入れてあげましょう!」
「それはお得ですね。すぐに入会します。」
「ありがとうございます!ではこの契約書にお名前を…。」
「冗談です。僕は生徒会には入りません。」
「ガーン」
ガーンとか言う人いるのか。
「で、でも生徒会には入れたらきっともっとたくさん楽しいことが…。」
「落ち着いてください会長。」
横から入ってきたのは、先程放送をしていた副会長(多分)である。移動速度速いな。
「入らないと言っている人に新たにメリットを提示してもあまり効果的ではありません。問題はなぜ入らないのかです。」
「ほんとだ!なんで入らないの鬼山くん?」
「そ、それは…。」
「理由は言えないのですね。少し話は変わりますが鬼山さん、僕からも質問を一ついいですか?」
「はい。」
「あなた、運が悪いですよね。」
「ガーン」
あまりのショックに、俺がガーンと言う人になってしまった。
「昨日の入学式、あの大人数いた中でマイクに当たったのはあなただけです。」
「い、いやマイクにたまたま当たっただけですって。」
「そして当たり所が悪く六時間以上目覚めなかったと保健室の方に伺いました。」
「それもまあ、たまたまというか…。」
「そこまでは僕も偶然と思っていました。ですが他にも引っかかる部分が。あなたはなぜこの学校にいるのですか?」
「え?」
「入学試験であれだけの点数を取っていてこの学校にいるのは不自然です。もっといい学校も狙えたはず。なのになぜこの学校にいるのですか?」
「流石にお手上げだ。俺は昔からとても運が悪いんですよ。こんなやつ生徒会に入れても不運で皆さんを巻き込むだけですよ。」
「たしかにそうかもしれませんね。ですがそれはあなただけ入れた時の話。あなたの不運をこの世で唯一解決できる人に、昨日出会っているのではないですか?」
「解決…?何の話ですか?」
「とにかくあなたのその頭脳と才覚はぜひ生徒会に欲しいのです。放課後生徒会室でお待ちしていますので、検討をお願いします。」
予鈴のチャイムと同時に生徒会の二人は去っていった。
△▼
授業中、件の生徒会について考えていた。疑問の一つ目、なぜ勧誘してきたのか。いくら俺が入学試験で成績が良かったからと言って、役職が埋まっているなら別にいらないだろう。そして尚且つ、まだ俺は入学して二日目の、右も左もわからないぱっぱらぱ―なわけであり、なぜそんな人を生徒会に誘わないといけないのだろう。疑問二つ目、なぜあのインテリ眼鏡が生徒会長ではないのか。あの事前準備力と交渉術。言葉巧みに俺を追い込んだ。あのカリスマ性があるならば生徒会長も簡単に務まるであろう。なのになぜあの小柄なイノシシみたいな人が生徒会長をやっているのだろうか。それに副会長(仮)が言ってた不運の解決策って…。
「ねえねえ鬼山くん。」
「ああ、なるほどお前のことか。」
「え!?」
前からつついてきたのは神崎である。冷静に考えればたしかにこいつは運がいいのである程度は降りかかる厄災も緩和できるのかもしれない。
「んで何の用だ?」
「会長さんに会えた?」
「会えたというか来たというか。てか会長に会ったのか?」
「うん。生徒会室に行ってマイクはきちんと持ちましょうって言ってきた。」
「その度胸はさすがに称賛に値するわ。」
「時にお前、もし生徒会に誘われたらどうする?」
「あんなにかわいい生徒会長に言われたらイチコロだね。」
「なるほどな」と雑に返しながら考え事に帰る。でも何となく結論は出ていた。
「おい神崎、放課後付き合え。」
「いいよ~。でもどこ行くの?」
「生徒会室だ。」
△▼
「失礼します。」
「来てくれたんだね鬼山くん!」
会長が嬉しそうにとことこと詰め寄ってくる。
「答えは出ましたか?」
「はい。俺は…。」
勉学以外なにもせず卒業していく退屈な学校生活をこれまで過ごしてきたが、今日それは終わる。なぜなら今の俺には強い味方がいるからだ。
「こいつと一緒なら生徒会に入ります。」
そう言って俺が指したのは、神崎だった。
三番に続く。
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