完璧なプラン
Prrrr♪Prrrr♪
ガチャッ
『お電話ありがとうございます。』
と電話に出るなり、怒声が耳にぶつかる。
会社名も名前も言わせてもらえず、ひたすらに怒鳴られる。
本日の午前着で配送予定だった食材がまだ届いていないというのだ、パソコンのファイルを開いて、発注の履歴を確認する。
僕のミスだ…
納品日程を1日後に設定してしまっていた、全力の謝罪をしながら在庫があるので、今から急いで届ければまだ間に合うかもしれない旨を先方に伝えるが、もういいと先方は怒り狂っている。
長い付き合いのあるお客様だったので、僕も簡単に引き下がるわけにはいかない。
なんとか誠意をみせて、今後も取引を継続していただけるように粘る。
とここで急に僕は腹痛に襲われる、これはものすごい便意だ今すぐにでもトイレに駆け込んですべてを放出したい、しかしここで電話を置くわけにはいかない、なぜなら今僕は怒られているのだ、お客様のすべてを受け止め切ったそのうえで、誠心誠意謝罪し、もはや間に合わないかもしれないが、それでも食材を届けに行くのだ。
会ってしっかりともう一度頭を下げて、自分のしてしまったことを肝に銘じ、次につなげるプレイをしていかなければいけない。
しかし、もう駄目だ、この便意はなんだ?昨日食べたお刺身か?今日エナジードリンクを2本飲んじゃったからか?ナニコレ。ナニコレ。
気が付くと僕は足をクロスしておしりをきゅっと締めながら立っていた。
お客様からの怒りの電話はまだヒートアップしていきそうだ、僕は気を引き締めると同時におしりも固く締めなおす。
今僕のいるオフィスには僕のほかに4人いる、2つ隣のデスクに先輩の岡田さん、一番後ろの席にベテラン経理の吉田さん、その並びに藤代課長、隣の席には新入社員のひとみちゃん。
僕の電話の対応で気付いたのか、皆こちらに意識を向けているのが分かる。
今ここで万が一、いや、億が一僕が耐え切れなくなってしまったら、そうなってしまったならば明日から僕の名前は河野ではなくうん河野になってしまう。
いやもはや名前を混ぜてもくれないかもしれない。
ウンチマンの可能性が一番高い。
それだけは絶対に避けなければならない。
漏らしてしまったが最後、今後皆僕を呼ぶとき、僕の名前を書類に見つけた時、とにかく僕を思うとき、皆必ずうんちを漏らしたことを一緒に連想するようになる。
一生だ、たとえ僕が耐え切れず、この職場を去ったとしても一度漏らしてしまったという事実と僕は一生皆の中で紐づけされる。
そんなの耐えられない。
絶対にダメだ、もう終われよ電話ぁぁ、あー、うっ、そろそろ限界か、もう先方が何を話しているかもわからない。
少し声を震わせ『もう、しわげございません。』、と受話器に小さく呟いて、僕の肛門が崩壊する。
ぶちゅ、ぶちゅちゅちゅ、ぼふ、
『ひぃあぁ』
となりの席からひとみちゃんの精一杯抑えた悲鳴が聞こえる。
終わった、まずはこちらが終わったか。
もう少しだったのにな。
まずは受話器を置きたい。
言い訳をしたい、いや、もう言い訳なんて出来ない。
俺が一流企業のトップ営業マンだったとしてもこの状況を言い訳なんて出来るはずがない。
だって、もう漏れちゃってるんだから。
ひとみちゃんの声で皆も異変に気付いたのか、はたまた異臭に気付いたのか、こちらに憐みの視線を向けてくる。
僕はみんなに何か言いたくて声を張り上げる。
『大変申し訳ございませんでした。』
『はい、今後このようなことが起こらないように管理を徹底いたします。』
先方にもそうだがオフィスのみんなにも聞こえる音量で謝罪文を述べる。
何の管理だアナルか、いや食生活か発注書の確認かもうどうでもいいか。
お昼休憩後の午後一の時間帯に視覚と嗅覚に多大な不快感を与えてしまってごめんなさい。
額にちょびっとだけ汗を滲ませながら、おしりに大量に排泄物を滲ませたまま、僕はまだ受話器を置けない。
惨めだ、みんなに見られながら、怒られながら、脱糞している。
その筋の人が見たら最高級の羞恥プレイを真っ昼間のオフィスで行っている。
結局僕が受話器を置けたのは僕が僕でなくなってから、5分後だった。
先方にはライバル企業の担当者がちょうどよく訪問していたらしく、至急手配を掛けてそちらでなんとか間に合わせることになったらしい。
そもそも僕のミスなのだから、それはしかと受け入れるつもりだ。
しかし神様あんまりだ。
一瞬ですべてを失った。
僕は挽回のチャンスを得ることも、うんちを我慢することも出来なかった。
入社してから3年間、地道に僕が作り上げてきた、僕のイメージは本日すべて壊れてなくなり、新生ウンチマン参上だ。
参上というより惨状だ。
今ここにいるメンバーは若い、岡田先輩もまだ28歳、藤代課長は大丈夫かもしれないが、ひとみちゃんや吉田さんは絶対に言いふらすに違いない。
ウンチマンだ僕はウンチマンになる。
いや、もうなってるのか。
外出している営業部の人たちが帰ってきたら、きっと今日の惨状は皆に知れ渡って明日には本日休みの社員の耳にも入り、会社に僕の居場所はなくなってしまうことであろう。
時は戻せない。
幸いリアルタイムで見ていたのがまだ4人だけだ。
ここにいる4人全員に黙っていてくれるように土下座して頼んでみようか、一人10万円までなら払える、いや、安いか。いくらならば今日のこの出来事をなかったことにできるだろうか。いや絶対無理だ。
だって吉田さんは僕が知っているだけでも2回くらい他の社員の社内恋愛をバラしてるし、ひとみちゃんはちょっとギャルだ。
もう終わった。
もう終わったよ……と思ったが、ここで僕は思いついてしまった。
僕がウンチマンにならずに済む方法………
よし、殺そう。
みんな殺してしまえばいいんだ。
幸いまだ4人だ、4人殺せば僕のこの恥ずかしい出来事を知っている人間はいなくなる。
営業部の人たちが帰ってくるまでもあと3~4時間ある、その間に4人とも殺して全てをなかったことにしてしまおう。
1day 湊 陽愛 @kiyasumen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。1dayの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます