第19話
恐れられるほど強くあれ。信じられるは力のみ。
それが代々続く長尾驢族の教訓であった。
そうして代々、トップクラスの戦闘力を誇っていた長尾驢族は、他の一族とは一切の繋がりを持たない種族であった。
そんな一族の元に生まれたロッハーもまた、当たり前のようにその教えを受け継ぎ育っていった。
しかし十八歳になり守護者学校へ通い始めた頃、そんなことなど一切気にせず、ロッハーにつきまとう一人の少年がいた。
「いやぁ、今日も一緒に帰れて嬉しいなぁ」
ロッハーの隣にぴったりとつき、歩調を合わせ歩くスクリロは満面の笑みをこぼした。
<スクリロ=アルマ 男 犰狳(アルマジロ)族 支騎士団 当時共鳴二層>
「一緒にって、お前が勝手についてきてるだけじゃねぇか」
「相変わらず冷たいなぁ。いいじゃん、友達なんだからさ」
「ふざけんじゃねぇぞ。お前と友達になった覚えなんてねぇ。そもそも……」
「長尾驢族は友達なんて作らない。でしょ?」
憎たらしくも、完全には憎めないその笑顔から視線を切るようにして別れる。そんな日々が続いていた。
その頃、全クラスでの訓練に励んでいたロッハーは持ち前の戦闘力の高さを存分に発揮させ、他の生徒たちを差し置き次々と訓練を突破していた。だが、どの訓練もクリアした直後にはロッハーを追随するようにヴォルクスも突破し、次に二人は絶硬果の訓練に挑むことになった。
ロッハーは自分が最も得意とする打撃力を要する訓練だと聞いたとき、必ずヴォルクスよりも先に突破できると確信した。否、一族の名に懸けて突破しなければならないと思った。
しかし、正拳突きの習得するにあたって、これまで培ってきた一族直伝の格闘術が仇となり、ヴォルクスに遅れをとってしまった。その結果、型が形になった頃には既に、ヴォルクスは絶硬果にひびを入れることに成功し、試験を突破するのはもう時間の問題であった。
「元気ないね」
「……。」
ロッハーは気難しい表情を浮かべ、早歩きで帰路につく。
「ま、知ってるんだけどね、なんで元気ないか。絶硬果の……」
「うるせぇ! 目障りなんだよ、とっとと俺の目の前から消えやがれ!」
「嫌だ」
凄まじい剣幕でまくしたてるも、スクリロは気圧されることなく、毅然とした態度でロッハーに『融(ゆう)蔦(づた)』を突きつけた。。
二本の大木が螺旋状に絡み合い一本の大木として成り立つ融木(ゆうぼく)。その木に育つ融蔦は、その名の通り騎士同士を結び融合させ、互いが持つ全ての能力を共有することができる蔦であった。
融合が成功する条件は二つあり、一つは同族性であるということ。二つ目は相手を心から信用しているかということ。このどちらかを満たさなければ融合することはできなかった。
「羨ましいよ。恐れられるほどの戦闘力を持ってる君が。なんだって僕には矛がないからね。でも、誰にも破られない盾ならある。そして、時にそれは矛を強くする。僕の硬皮を拳に纏えば、絶硬果だって楽勝だよ」
犰狳族はマスクをつけることで、背中の皮膚を鱗状の硬皮に変化させることができた。その硬さは絶硬果以上と言われ、領域内において破れる者は誰一人として存在しなかった。
一族の掟に則るのであれば、他の一族の手を借りるなどありえない話だった。加え、融蔦を使い訓練を突破することは校則違反であり、場合によっては退学させられる可能性さえもあった。
しかしそれらを踏まえても尚、ヴォルクスに先を越されてしまうかもしれないという焦りはロッハーの心中を揺らし、判断を鈍らせた。
「お互いの弱い所を庇い合うのが友達でしょ。一度だけ僕のこと頼ってみない?」
スクリロは相変わらず憎めない笑顔でロッハーを見上げた。
なぜかその時だけは、これまで感じたことのない胸の奥がじんと熱くなっていく感覚に襲われた。
翌日。
(お前の力を使うのは、拳と絶硬果が触れる一瞬だけだ。それ以外の所で出てくるんじゃねぇぞ)
(わかってるよ)
ロッハーは心の中のスクリロに釘を刺し、正拳突きの構えに入る。
「ス────ッ。ハッ!」
教官のシルバの前で拳が一直線に振り落とされ──拳と絶硬果が接触する瞬間、ロッハーの拳を焦げ茶色の硬皮が包み──見事真っ二つに割って見せた。
「悪いなヴォルクス。また俺の勝ちだ」
「……」
拭いきれない悔しさを顔に滲ませるヴォルクス。
ロッハーはその表情を一瞥した後、その場から立ち去ろうとした。
カンッ──‼
その刹那、腹部の辺りから甲高い音が鳴り響き──状況を理解出来ぬままロッハーは視線を落とす。すると腹部は硬皮に包まれており、そこには知らぬ間に懐へと入っていたシルバの氷槍が突き付けられていた。
「硬皮……。融蔦か」
心臓を力一杯掴まれたように息ができなくなり──直後、自分の犯した間違いの大きさに気づいた。
「……。」
「ごめんなさい! 僕がお願いしたんです!」
すぐさま融合が解かれ、背中から分裂するようにして姿を現したスクリロが立ち尽くすロッハーの前に立つ。
「どういうことだ?」
「支騎士団の訓練は座学ばかりでつまらなくて。だから、体を動かせる訓練に参加したいと思って」
「校則を犯してまでか」
「そうです。だから、ロッハー君は何も悪くありません」
ぐっと、ロッハーの奥歯に力が入る。
「そうか。だが、犯した罪には変わりない。このことは校長と両一族に報告させてもらう。処分は追って知らせる」
自分の罪を眼前で庇われ続けている間、ロッハーは動くことも、声を発することもできなかった。
そんな自分の愚かさや醜さを恥じるとともに、これまで積み上げてきた強さという概念が音を立てて崩れていくのがわかった。
数日後、スクリロの言うことも一理あるという校長の結論より、二人とも処分を免れた。だが、両親は酷くロッハーを非難した。
「よくも一族の名に泥を塗ってくれたな! よりにもよってあんな劣等族と融合するなんて」
初めての感情だった。
「違う……」
他人が傷つけられ、怒りが込み上げてくるこの衝動を、このとき初めて味わった。
「劣等族なんかじゃない! スクリロを馬鹿にするなっ!」
ロッハーは咄嗟に父親に殴りかかった。しかし、子供をあしらうように拳を躱し、脇腹にカウンターを見舞う。
「うっ……」
「他人の力を頼るなど弱者がすること。肝に銘じておけ」
後日、ロッハーは悔しさをバネに自力で絶硬果の試験を突破し──無事最終試験を終え、共鳴三層まで到達したロッハーは、ヴォルクスと共に全騎士団へ入団を果たした。
入団してからもロッハーはヴォルクスを意識し続け、それが良い刺激となり、日々お互いに切磋琢磨し合い、成長を続けた。
ただそんな日々の中でも、ロッハーは強さとは何かということを明確にできずにいた。
そんなある日、亀島大会の決勝にヴォルクスと共に訪れた。
「どっちが勝つと思う?」
ロッハーはその問いに答えに迷いながらもシルバと答えた。当時の全団長、副団長対決だったその試合は、大方が属性的優位性と、鯱族最高傑作と称される類まれなるセンスを持つシルバが勝つだろうと踏んでいたし、昔の自分なら迷わずシルバと答えていたはずだった。
しかし、そのときも頭の片隅に残り続けていたスクリロの残像を無視できずにいた。
試合は予想通りシルバペースで進んでいき、ゴルドはあと一歩のところまで追い詰められた。が、突如マロネの声援が会場に響くと、他の観客も後に続きゴルドを鼓舞し、その声援を受け真価を発揮したゴルドは逆転勝利を収めた。
その一部始終を目の当たりにしたロッハーは胸の奥に引っかかっていたものが、スッと抜け落ちる感覚に襲われると同時に、融蔦を持って来たときのスクリロの笑顔が鮮明にフラッシュバックし、胸がじんと熱くなっていくのがわかった。
そしてやっと、一つの答えにたどり着いた気がした。
本当の強さは、一人だけでは得られないということに。
その日の夜、巨人が現れるまでは。
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