第18話

数日後。無事退院したレオンはロッハーについての聞き込みを開始したが、これといった情報が得られない日々が続いていた。

 そんなある日、助けてもらったお礼も兼ねラピッドの元へ訪れると、感謝の言葉もそこそこに、早速本題へと移った。

「それなら一度だけ、パトロール中に見たことがある」

「ほんとですか⁉」

「あぁ。四角花園と生源の海の間にある砂林(さりん)でね。だけど、もう大分前の……」

「ありがとうございますっ!」

 早まる気持ちを抑えられなかったレオンはラピッドが話終える前に、マスクをつけ颯爽と家から飛び出した。

 

 休むことなく走り続けたレオンは四角花園の抜け、やがて肉球に伝わる地面が変わる感触を得ると、徐に足を止めた。

「ここのどこかに……」

 眼前にはフラグメントの力が宿った海水にさらされた砂浜が広がっており、砂浜の上に乱立した無数の砂木(さぼく)が林を作り出していた。その木々の葉の先からは、細い線を描きながら絶えず砂が落ち続けている。

 レオンは早速砂林に入り探索を始めた。しかしいくら奥へと進んでも、ロッハーどころか虫の一匹も見つからないまま砂に足元を取られ続け、ただ体力だけが消耗していった。

「ハァ、ハァ……。もぉー、どこにいるんだよ~!」

 呼吸の乱れから共鳴が解け、大の字になり地面に倒れ込む。林の隙間から差し込む沈みゆく夕日がレオンの顔を照らした。

 ゴゴゴゴ……。

「……⁉」

 そのとき、頭上から轟音が鳴り咄嗟に体を起き上がらせると、砂浜を裂き、砂木を薙ぎ倒しながら迫ってくる砂鮫の背鰭を捉えた。

「な、なんだよあれ⁉」

(とにかく逃げるぞ!)

 レオンは疲弊した体に鞭を打ち、砂浜を蹴り駆けだす。が、足元を取られ本来の速さを出すことができず、それがまた焦りを生み、共鳴を乱すと、ついに砂鮫に追いつかれてしまう。

「駄目だっ、食われる!」

 レオンを射程圏内に捉えた砂鮫は、砂浜から勢いよく飛び上がり、丸飲みするかのように大口を開け襲い掛かった。

 

「うるせェ──!」

 そのとき、怒号と共に砂木の陰から男が飛び出すと、強烈な左パンチが鮫の横顔を抉り抜いた。不意に強打を喰らった砂鮫は、気を失い、そのまま砂浜に打ち付けられると、一瞬にして砂粒と化した。

「イイィィィィ……」

「ったく、こっちは食事中なんだよ!」

 ウェーブのかかった小汚い金髪のミディアムヘア。頭上に生えた耳と尻から垂れた尻尾。そして褐色の獣毛に包まれた体は、まさにヴォルクスから聞いた通りの特徴だった。

「もしかして、ロッハー……さん?」

「あ? 誰だお前」

<ロッハー=キングルー 男 長尾驢(カンガルー)族 共鳴四層>

「おれ、いや僕、レオンって言います。あなたの弟子になるためにここに来たんです!」

「何言ってやがる。さっさと帰れガキが」

「帰りません! もっと強くならなきゃいけないんです、獅子族の名に懸けて!」

 レオンの必死な呼びかけに、立ち去ろうとしたロッハーの足を止まる。

「獅子族……。 もしかしてゴルドの息子か?」

「ふぁい!」

 レオンは荒げた鼻息で返事をすると、ロッハーは徐に右掌を広げ、レオンに向けた。

「ここに本気のパンチを打ってみろ。その威力次第で考えてやってもいい」

「え、あ、わかりました!」

 レオンは返事もそこそこに正拳突きの構えから渾身の一撃を放ち──真っ直ぐに伸びた拳は掌の中心を捉え、起きた衝撃波で周囲の砂煙が舞い、二人を包む。訓練以上の威力が帯びた文句ない一発だった。

「そんなもんか……」

 が、砂煙の隙間から見えたロッハーの表情は何一つ変化していなかった。


 ロッハーはそう呟きながら放たれた拳を強く握ると、膂力だけでレオンを体ごと放り投げた。

「うぅ……。ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて立ち上がり、その場から去ろうとするロッハーの背中を追う。その間も懇願し続けたが、何を言っても返事が返ってくることはなく、やがて寝床である砂木に吊るされた蔦のハンモックに入り、眠りについた。

「弟子にしてくれるまで僕、ずっとここで待ってます!」

「勝手にしろ……」

 とっくに日は落ち月が煌々と輝く中、レオンは誠意を見せるため、立ちながらロッハーの起床を待ち続けた。

 しかし、空腹と日中の探索で溜まった疲労からきた眠気で、とうとう耐えきれなくなると、気絶したように砂上へ倒れ、数分後、爆音のいびきをかき始めた。

「ガキが……」

 その音で怒髪を靡かせながら目を覚ましたロッハーは、レオンの体を天高く持ち上げ、今度は海の方へ放り投げようとした。

「まさかこんなところにいたとはな」

 聞き覚えのある懐かしい声にピタリと手が止まる。

「……副団長様のお出ましか」

 持ち上げていた体を砂木から現れたヴォルクスに投げる。受け止められた衝撃を受けても尚、レオンはヴォルクスの腕の中で爆睡を続けた。

「早くそいつを連れて帰れ。迷惑だ」

「迷惑ね。本当にそう思ってるのか?」

「……あ? 何が言いたい?」

「本当は怖いんだろ。また自分よりも強い者を目にするのが」

 また。その二文字がロッハーの拳は震えさせた挙句、怒髪を靡かせた。

「……いいか。俺がキレる前にさっさと帰れ」

「自惚れるな。もう今のお前はあの頃とは違う。どうなろうが何も怖くない」

「なんだとッ……⁈」

 その淡とした言葉が癇に触れ、ロッハーの怒りが瞬間的に頂点に達すると、地面を力強く踏み込み、ノーモーションで左ストレートを放った。

 しかし、ヴォルクスは一ミリもその場から動くことなくその拳を手中に収め──それは奇しくも、数時間前にロッハーがレオンの拳を止めた態勢と同じだった。

「お前が止まっていた間、俺は成長し続けた。これはその失ったものの大きさだ、ロッハー……!」

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