第17話

 レオンは数十日ぶりに目を覚ますと、体に無数の細い蔓が刺さった状態でベッドの上にいた。

「ここは……?」

「騎士団病院よ。今はまだ治癒木(ちゆもく)が治療してるからじっとしてて」

 ピンク色の髪をした矮躯な少女がレオンの額に手を当て、体温を葉紙に書き記す。

 治癒木とは他の木に比べ多くの癒水を含んだ木であり、そこから伸びた蔓を体に刺し込むことで、より直接的に癒水の効果を得ることができた。そして領域最大の病院であるここ騎士団病院では数百台のベッドが並べられ、各ベットに一本、治癒木が設置されており、どんな大病や深傷でも数日で完治することができる高度な治療を受けられる唯一の病院であった。

「うんうん。熱はだいぶ下がってきてるみたい」

「あ、あの、誰か大人の人呼んできてくれない?」

「……はぁ?」

 その一言で可愛らしい表情が一転、鬼の形相へと変わり、啖呵を切るようにレオンへ顔を近づけると、タイミングよく見舞いに来たヴォルクスが急いで二人の間に割って入った。

「失礼致しましたバニー団長」

「ば、バニー団長……⁉」

 到底成人した大人とは思えない風貌の少女が支騎士団の団長と知ったレオンは、驚きとともに己の無知さを恥じ真っ赤に染めた。

「ほんと、全の騎士は無礼な人が多いわ!」

<バニー=ラビット 女 兎族 支騎士団団長 属性なし 共鳴五層>

「ご、ごめんなさい……」

「まぁいいわ。毒の方は誰かが応急処置してくれていたおかげで後遺症は免れたけど、まだ完全には回復していないから、このまま安静にね」とバニーは頬を膨らませ別の患者の所へと去っていった。

「毒……、そういえばメルは⁉」

 レオンはピトフーイたちとの戦いを思い出したが、毒に侵された後の記憶は断片的にしか思い出すことができなかった。そんな浦島太郎状態のレオンに、ヴォルクスはレオンが眠っていた間に起きた出来事全てを話した。


「本当に見たのか?」

 数日前、レオンを病院に運んできたメルとラピッドの証言を聞いたヴォルクスは、声を殺しながら二人に顔を近づけた。

「はい。私たちが着いてすぐに黒焔を纏いはじめて……」

「……そうか。このことは絶対に誰にも言うな。わかったな」

「しかし、このままだとまた過去を繰り返すことになりかねません。すぐさま学長に報告を」

 ラピッドは毅然とした口調で物申す。

「駄目だ。学長の耳に入ればあいつはどうなるかわからない。それに今回の巨人の大きさは大厄災のときのレベルの大きさじゃない上に、あいつは自らの力で巨人を抑え込んだ。理由はどうであれ、まだ何かあいつを助けられる道は残っているはずだ」

 ヴォルクスの口から出る珍しい情が滲んだ言葉の数々に、ラピッドは押し黙るしかなかった。

「これまでのことは、俺からこいつに話しておく……」

 眠っているレオンに視線を落としながら、そう告げた。

「……どんな理由があっても、カイザーは友達です。絶対に、絶対に助けてあげてください」

 ヴォルクスはその切実な願いが込められたメルの瞳を一瞥し背を向け──その背中で語るように浅く頷いた。


「そんな、巨人が……」

「あぁ。無事倒せたが、正体も何も全て不明のままだ」

 レオンはメルが無事だと知り安堵すると同時に、ピトフーイたちに負け、彼らを苦しみから救うことすらできず、更にそのせいで巨人に抗うことすらできなかったという悔しさが、猛烈な速さで胸に込み上げてきた。

 あのとき、ピトフーイたちの最初の突撃の速さを見たレオンは、心のどこかで倒せない相手ではないと高を括っていた。しかし、ウノが指笛の音を変え、スピードを格段に上げた突撃には一瞬たりとも反応することができなかった。

 そしてことごとく打ちのめされたとき、ただ勝手に裏切られたという気持ちに埋め尽くされ、自分に何が足りていなかったのかが気づけなかった。

「先生……。俺、もっと強くなりたい。いや、ならなきゃ駄目なんだ……」

 だが、今ならわかる気がした。人を変えるためには、優しさや思いやる力だけではなく、時には強さも必要だということに。そして、今の自分にはまだそれが足りていないということに。

「長尾驢(カンガルー)族を知っているか?」

 唐突にヴォルクスの口から出た聞いたこともない族名に、レオンは素直に首を横に振る。

「元はお前と同じ地開のサバンナを拠点に生活していた種族だ。格闘術においては他の動物達と比べ群を抜いたセンスがある」

 他人を褒めるヴォルクスを初めて見たレオンは、詮索しようと口を開いたが、虚ろな表情で何かを思い出ように話すヴォルクスを見るや、言葉を喉に詰まらせた。

「今はどこで何をしてるかもわからねぇが。そいつならもっとお前を強くしてくれるかもしれない」

「その人の名前は?」

「……ロッハー。ロッハー=キングルーだ」

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