第14話

「おい、あれ……」

 チームの先頭を歩いていたハグワールは急に歩みを止め、トレードマークの細い金髪の眉毛を上下に動かしながら、後ろを歩いていた二人に囁く。

<ハグワール=ジャガー 男 美洲豹(みしまひょう)族 速騎士団 風属性>

「間違いないね。水晶甲虫だ」

 オンサは目頭まで伸びた長い前髪をくりくりといじりながら、返事する。

<オンサ=チータ 男 猟豹(りょうひょう)族 速騎士団 風属性>

「……で、誰が捕りに行く?」

 すっきりとした短髪の瀟洒な少年が、真剣な表情でワームを一点に見つめながら問う。

<レオパルド=パンサー 男 豹(ひょう)族 速騎士団 風属性>

 レオパルドとハグワールはすかさず、オンサの横顔を挟むように見つめ──間もなくその視線に気づいたオンサは、仕方なさそうに溜息を漏らす。

「ったく、こんなときだけ僕のこと頼って……。でも第一、捕まえられたとしても開錠しないと捕獲できないよ」

「見せてみろ。俺がぶち壊してやる」

 ハグワールはマスクをつけ、オンサの手から蔓玉を奪い取るように取ると、力強い眼差しで硬木錠をじっと睨みつけた。

 速騎士団に入団した三人は、先天的素早さと確かな戦闘力から『速殺の三豹族』と呼ばれていた。

 その中でも美洲豹一族は、一撃必殺の人間や物の弱点を見つけ出すことに特化した『弱点豹眼(じゃくてんひょうがん)』を持ち、そこを的確に突き相手を確殺する姿から、一撃必殺の名手として名を轟かせていた。

「ダンケ……。見えたっ」

 梅花紋柄の獣毛に覆われた筋肉質な腕を振り翳すと、硬木錠はいとも簡単に真っ二つに割れ、錠が外れた。

「仕事はした。お前はお前の仕事をしろ」

「……わかったよ。スパシーバっ」

 蔓玉を受け取ったオンサはマスクをつけ、一点にワームに焦点を合わせる。黒い斑点が入った小麦色の獣毛が、オンサの華奢な体を包み終わると、すぐさま四足歩行になるや肩甲骨を突き出し、大きく息を吸った。

「……ス────ッ」

 一点に獲物を見つめ構えに入ったその体は、走ることをだけを目的に作られたかのようにシャープで、美しい曲線美を描いていた。

「──ハッ!」

 短く息を吐くと同時に土煙が舞った瞬間、そこにあった体は消え、一秒足らずで約三十メートル先のワームの元へ辿り着き──難なく確保に成功した。

 速殺という異名を通り、三豹族は他の一族によりも優れた脚力を持っており、速さで劣るということなどとは無縁の一族だった。その中でも猟豹族の速さは頭一つ飛びぬけており、残りの二族からも特異な一族として認知されてきた。小さい頭と、長く細い足、余分な脂肪が一切ない締まった胴体より、空気抵抗を受けづらい体流線形の体に加え、豹族だけが持つ、走るほど加速し続ける能力の『無限豹加速(むげんひょうかそく)』により、地上最速の一族としてその名をほしいままにしてきた。

「よし、捕ったよ!」

 相変わらずの神速に、二人は驚きを交えた笑みをこぼしていると、背後から聞こえるはずのないオンサの声が二人の鼓膜に響いた。

「二人とも騙されちゃだめだ! そいつは偽物だ!」

 驚きのあまり反射的に振り向くと、二人の目の前には、前方で捕獲作業をしていたはずのオンサの姿がそこにあった。

「なんだなんだ、どうゆうことだ⁉」

 ハグワールは首を左右に振り、両者の姿に困惑し頭を抱え、対照的にレオパルドは冷静さを保ち、興味深そうに両者を観察する。

「確かどこかの一族に、化けれる奴がいるって聞いたことがある……」

「そうだよ。さっきトイレしているときに、そいつらに捕まったんだ。だから僕が本物だよ」と偽オンサはすかさず言葉を重ねていると、捕獲が終わった本物のオンサが騒ぎを聞きつけ戻って来た。

「お前、誰だ⁉」

 外見はもちろんのこと、声も細かい仕草も鏡に映したように瓜二つの偽物に、オンサは驚きを隠せない。

「それはこっちのセリフだ。本物のふりをしやがって!」

「ふ、ふざけるな! 一体何が目的だ⁉」

 オンサたちの言葉のラリーに、二人はただ呆然と立ち尽くす。

「二人も何でわからないんだよ。さっきも見ただろう? あんな動き僕以外にできない!」

「いいや、僕ならもっと早く走れるね」

「な、なな、なんだと⁉ じゃぁ今すぐ僕と勝負しろ!」

 オンサはこれまで幾多と積み重ねてきたプライドに泥を塗られた気分になり、思わず息を巻く。

「ああ、いいだろう。じゃぁ先にあの先にある大木に着いた方の勝ちだ」

 対し偽オンサは動じる様子など一切見せず、背後にある百メートル先の大木を指定し、マスクをつけた。

 もちろんのこと、共鳴した姿も、斑点の数や位置まで全て同じだった。

「どれだけ外見を真似できても、僕の速さは唯一無二だ。本物の力を見せてやる……っ!」


 一方、ゴール位置にある大木の上では葉陰に隠れ、二人のスタートを今か今かと待ちわびる二人組がいた。

「よしよし、順調順調~。後はここまで来るのを待つだけネ」

 ベルデはスタート位置に着く二人を切々と見つめながら黄緑色の髪を後ろへ掻き分け、髪で隠れていた谷間を露にした。

<ベルデ=カミーリャ 女 避役(カメレオン)族 支騎士団 属性なし>

 ボカはそのグラマーな容姿に視線を奪われ、男としての本能をかき乱されるも、すぐに我に返り目の前に視線を戻す。

「そ、それにしても、ソラさんは一体どこまで化けれるんだヒポ……。ずずずっ」

 ボカは籠った声で感嘆の言葉を口にし、垂れた鼻血を大きな鼻孔へ勢いよく吸込んだ。

<ボカ=ヒポー 男 河牛(カバ)族 力騎士団 地属性>


「文句なしの一発勝負だ。いくぞっ」

「望むところだっ」

「じゃぁ、行くぞ……。よーい、ドン」

 掲げられたレオパルドの手が下りた瞬間、初速から圧倒的スピード差をつけた本物のオンサが、閃光のごとく一直線に爆走していく。

「見てみろ。やっぱり能力まではコピーできないんだ」

 後を走る偽オンサを確認する余裕すら見せながら大木を目前に控えた──そのとき、後ろの右脚に何かが当たったような感触がした瞬間、即座に絡みついた釣蔦に足元を掬われ、そのまま逆さ宙吊りになった。

「な、なんだよこれ!」

「我ながら、惚れ惚れしちゃうほど完璧な罠だったわネ」

 揚々と葉陰から姿を現したベルデは、オンサの懐から落ちた蔓玉を拾い上げると、宙でもがく哀れなオンサを一瞥した。

「ごめんね~。これ、頂いていくネ」

「くそっ、待てっ!」

 間もなく偽オンサが合流すると、獣毛の斑点が消えていき、徐々に狐色の獣毛に覆われた肌が露になっていく。

「よくも騙しやがって!」

「……。馬鹿でよかった」

「んだとッ‼」

「やば、二人が来る。早く逃げるわネ」

 異変に気づき駆け付けてきたレオパルドとハグワールを見て、三人はすぐさま森の奥へと退散する。

「お~、こりゃ見事にやられたな」

 ハグワールは他人事のように、宙吊りになったオンサを見上げる。

「関心してないで早く助けてよ! 二人のせいでこうなったんだから!」

「まぁ、まぁ、落ち着け。そう子供みたいにわめくな。 グラシアス」

 レオパルドはマスクをつけ豹柄の獣毛を纏うと、重力など微塵も感じさせない軽やかな動きで大木の幹を駆け上がり、罠の発生源を探した。

 豹族は四足歩行の動物としては珍しく木登りと繊細な動きが得意で、その動きから生みだされる隠密性と、木上の葉陰から意表を突き攻撃するスタイルから『暗殺(あんさつ)豹(ひょう)』の異名がついていた。

「蔓玉も取られたんだ。まだそう遠くへは行ってないはずだ。ハグワールは先に追いかけてくれ」

「わーかったよ」

 ハグワールは面倒くさそうにしながらも、マスクをつけ森の中に颯爽と消えた。


「順調順調~。後はこの玉を副学長の所へ持っていくだけネ」

「ソラさんの演技もさすがだったヒポ」

「このまま上手くいけば……」

 ソラが不安を漏らしたそのとき、まさに具現化するように、後を追ってきたハグワールが、三人の前に立ち塞がった。

「悪いが返してもらぜ。なんせ、俺等が捕まえたもんだからよ」

「まったく、往生際の悪い男だね~。ボカちゃん作戦通り頼んだ!」

「任せるヒポ!」

 大きく開かれたカバの口が描かれたマスクをつけ、鼠色の分厚い皮膚を覆ったボカは、マスクの上から泥団子のような塊を生成し──その得体の知れない攻撃に身構えた隙に、ソラとベルデはハグワールを迂回する。

「待ちやがれっ!」

「行かせないヒポっ!」

 後を追いかけようとしたそのとき、ボカが背後から発射した粘着泥爆弾がハグワールの眼前に広がり、行く手を阻む。

「お前の相手は俺だヒポッ!」

 ボカはベルデに与えられた役割を全うすべく、先程よりも遥かに大きい二発目の粘着泥爆弾をマスクの上に生成していく。

「気持ち悪いもん出しやがって……。一瞬で駆逐してやる」

 目を凝らし、弱点豹眼でボカの弱点を探りながら、猛スピードで突撃していく。

「見えたッ!」

 あっという間にボカの懐へと潜り込むと、唯一皮膚が薄いみぞおちに渾身の一撃を叩き込もうとした──「ブチャッ!」そのとき、泥爆弾が鈍い破裂音とともにゼロ距離で爆発すると、二人の体は泥まみれになった。

「何の真似だ……」

 直ぐに泥は凝固していき、やがて二人の体は凍ったように固まり、一寸も動かすことができなくなった。

「最初からこうして足止めすることが目的だったヒポ」

 ボカは肌から赤い解泥液を分泌し、自身に纏わり着いた粘着泥を溶かしていく。

「これだから眼に見えねぇもんは嫌いなんだ……」

「仲間が来るまで、ここで固まって……。⁉」

 見えなかった。ただ、自分の真横を何かが猛スピードで過ぎ去ったのだけがわかった。

「……どうやら来たみたいだ。その仲間がな」

「どういう意味……、うっ……」

 ボカは突然電池の切れたロボットのように言葉を失い、その場に昏倒した。

「峰打ちなんて、随分と優しいじゃねぇか、レオパルド」

「副学長の言葉を忘れたのか? これは訓練であって殺し合いじゃない」

「真面目だな、相変わらず」

 まさに暗殺者のごとく気配を消したレオパルドの不意打ちをもろに食らったボカは、一瞬にして意識を失った。

「それより、この泥どうにかしてくれねぇか」

「……無理だ。その泥はこいつの体液か電気でしか溶かすことができない」

「じゃぁ、何で気絶させたんだよ⁉」

「今になって気づいた。またこいつが目を覚ますのを待てばいい。蔓玉の方はオンサが何とかしてくれる」

「別に蔓玉なんてこれっぽっちも心配しちゃいねぇよ! お前は昔から肝心なところが抜けてるんだ」

「何だ! せっかく助けてやったのにその言い草は!」

「俺はただ事実を言ってるだけだっ……。⁉」

 ドドドドドドド──ッ。

 そのとき、大砲のような地響きが、二人の口論に割って入る。

「何だこの音……」

「わからない……」

 忽然と湧き出てくる不安と恐怖。ハグワールはそれらを押し戻すように、大きく息を飲んだ。


「あの子、作戦通り働いてくれてればいいけど」

「だねぇ~。ま、ここまで来ればもう大丈夫でしょっ」

 握った蔓玉を見つめたベルデは思わず笑みをこぼし、現を抜かしていると、「……危ないっ!」突然、覆い被さってきたソラの衝撃で、蔓玉が手から離れてしまった。

「いててっ……。って、あれ?」

 手中にあった蔓玉がないことに気づき慌てて辺りを見回す。すると、数十メートル先に転がっているのを目視し──その先では、罠に引っ掛かったはずのオンサが、鋭い眼光でそれを捉える。

「「──‼」」

 互いに目が合った瞬間、オンサは蔓玉に向かいロケットスタートを切り──同じくしてベルデは腰に掛けていたポーチから釣蔦を取り出し、鞭のようにして蔓玉へ伸ばす。

「返せっ──!」

 息巻くオンサは飛びつくようにして蔓玉に目一杯手を伸ばす。が、寸毫の差で釣蔦の先端が先に触れると、それを絡め取るようにして自分の元へ引き寄せた。

「ほんとに私のことが好きなのね」

「ふざけるな! 俺たちの物を返しに来てもらっただけだ」

 鋭利な視線で互いを睨み火花を散らす二人。そこへ割って入ったソラはマスクをつけると、細くしなやかな体を狐色の体毛が包み、腰骨の辺りから九本の尾が伸ばす。

「メルシー。ここは私に任せて」

 臨戦態勢に入ったソラの力強い言葉に背中を押されるも、ベルデは躊躇った。それはソラの力を見くびっていたからではなく、既にソラの特殊能力の手の内を明かしてしまっているということから、存分に自分の力を発揮し勝負を仕掛けてくることが明確であったからだった。

「早く! 勝って、副学長に褒められたいんでしょ?」

 ベルデが決断する間もないまま、言葉を吐いたのが最後。地を蹴り上げ華麗に宙に舞ったソラは、九本の尾を次々と地上へ向かい振り下ろし、半円状の風刃を次々と放っていった。

「狐尾・風刃(こび・ふうば)!」

 が案の定、オンサは持ち前の素早さで軽々しく避けるどころか、着弾したそれらの風圧を利用し加速すると、瞬く間にソラの懐へ入り、みぞおちへ拳を打ち──瞬足に寸分も反応できず、もろに喰らったソラは、その衝撃で背後にある大木に体を打ち付け、重力の働くまま、ずずずっと地面へ落ちた。

「うっ……」

「ソラちゃん!」

 ソラが攻撃を仕掛けたと同時に、校舎へ向ったベルデであったが、衝撃音を聞き咄嗟に踵を返すと、ポーチから数十粒の煙花(えんか)の種を撒いた。それらは地面に付着し急成長すると、灰色の花が花開くや大量の灰煙を噴き出し、二人の姿を隠した。

「小賢しい真似はやめて今すぐ出て来い! じゃなきゃ、次は手加減なしでいく!」

「……私は大丈夫。煙がある今のうちに……」

「行けないよ。ボカちゃんは置いていけても、ソラちゃんは無理!」

「じゃぁどうやってあいつを……」

 ソラが負傷した今、支騎士団のベルデはオンサに真向から対抗できる攻撃手段を持ち合わせておらず、もうなすすべがないかに思われた。

「……私に任せて。一か八か、やってみる!」

 が、束の間の逡巡の後。ベルデは何かを決然した様子で、悄然と俯くソラの肩に手を掛けた。

 徐々に煙が止んでいき、再び大木が露になると、そこにベルデはおらず、蔓玉を片手に大木の麓で倒れるソラだけがいた。

「怖気づいたか」

 オンサは勝ち誇った様子でソラに近づこうとしたとき、ふと釣蔦の罠に引っ掛かった記憶が頭を過り、ピタリと足を止める。目を凝らし地面を舐めるように見つめ何もないことを入念に確認すると、再び歩き出し、蔓玉に手を伸ばした。

 ──ピシッ!

 がその刹那。足首に知っている違和感を感じ視線を落とすと、目に映ったそれに背筋を凍らせた。

「なんで……」

 弱弱しく漏れ落ちた声の先には、足首に絡みついた釣蔦。それを目で辿っていくと、すぐ隣の大木の一部が徐々に変色していき──やがて、毳々しい黄緑色の髪が露になった。

「……ビンゴ。相手を常に欺き続ける。それがカミーリャ一族の掟なんだよネっ」

 カミーリャ一族は代々、力もなければ速さもない、戦闘力に関してはほぼ皆無の一族であった。その代わり手先が器用で、様々な罠を作る創作能力に長けており、且つ特殊能力である『同化(アシモレイション)』を駆使することで、足りない能力を補ってきたのであった。

 ベルデは不敵な笑みと浮かべ、餌に掛かった魚に針を食わせるように釣蔦をくいっ、と引っ張ると、足元を掬われたオンサは再び逆さ宙吊りになった。

「汚いぞ! 騎士なら正々堂々勝負しろっ!」

「これが私のやり方。文句があるなら、ちゃんと下りてきて話してよネっ」

 勝ち誇った笑みを浮かべるベルデを見たオンサは、爪を立て急速に溜まったフラストレーションを釣蔦にぶつけるも、硬木の樹液で特殊加工されていたベルデの釣蔦には傷一つ入れることもできなかった。

「もう大丈夫。一緒に行こう」

「……ん」

 ソラは恥ずかしそうにしながら、差し伸べられたベルデの手を取り立ち上がろうとした──そのとき、突如発生した地響きと地震で身がよろけ、地面に尻を着いた。

「ぇ」

 直後、ベルデの背後に現れたそれを目に映したソラは、照れくさそうにしていた顔から一転、顔を青ざめさせる。

 その表情の変わりようにただならぬ悪寒を感じたベルデは、恐る恐る後を振り返った。


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