第11話
フェンサーのチームは、眼の前を飛ぶ一匹の虫を追いかけるようにして、森を走っていた。
「副学長が説明してたときに、双虫の片割れをこっそりメルのチームにつけてたなんて、さすがカイザーだね」
そんな褒め言葉に対しても、カイザーはいつも通り表情を変えず進み続ける。
双虫(そうちゅう)と呼ばれるその虫は、雄と雌の二匹のペアで生まれ、常に磁石のようにくっついて生活し、人為的に離されたとしても、雄が雌の匂いを伝って必ず雌の元に戻るという習性を持っていた。
その習性に目をつけたカイザーはワープ寸前、鍵を持ったメルのチームに雌をくっつけ、発信機代わりにした。
「力騎士団にもこれほど頭のキレる子はそういないよ。ま、僕を除いての話だけどね」
ロンテはさらりと長髪を靡かせ、息を吐くように自慢する。
<ロンテ=ライノセラス 男 犀(さい)族 力騎士団 雷属性>
「俺はただ、こんなくだらねぇ訓練をさっさと終わらせたいだけだ」
「それはそれは、僕も同意見だよ。なにせ今夜はガールフレンドとのディナーの約束があるからね」
「き、キャラが、濃い……」
「ん? 何か言ったかい? フェンサー君」
「い、いやいや、何も言ってないよ! 早く属性果の力を使ってみたいなって……」
「いい心意気じゃないか。だが、せいぜい足を引っ張らないようにだけは頼むよ」
「う、うん……」
(仲良くできないタイプだ……。多分……)
「あー、早く戦いてぇ!」
もうかれこれ数十分。ブーバロスは肩で風を切りながら、壊れた機械のように同じことを何度も言い続けていた。
<ブーバロス=ブッファロー 男 重水牛(じゅうすいぎゅう)族 力騎士団 火属性>
「こりゃ厄介なやつとチームになっちまったな……」
フェロズがぼやくと、すかさずメルのげんこつが脳天に落ちた。
「そんなこと言わない! 大切な仲間なんだからっ!」
「相変わらず正義感だけは強ぇんだよな、こいつ……イテッ」
余計な二言目にもメルの二発目のげんこつが落ちたとき、ブーバロスの背中から微かに音が聞こえた。
「んん⁉」
その音は音量調節のつまみを捻っていくように段々と大きくなる。メルは不思議そうに背中に近づくと、雌の双虫を発見した。
「これって」
「なんで双虫の片割れがこんなとこに」
そうフェロズが手を伸ばしたそのとき、もう一匹の双虫が木の陰から飛び出し──一秒後、颯爽とフェンサーたちが現れた。
「うおぉぉぉ! キタキタキタッ────。 マハロッ!」
ブーバロスは咄嗟にマスクをつけると、頭に碇のような形をした剛健な二本の角を生やし、鋼のような肉体を茶色の獣毛に覆う。
続いて二人もマスクをつけると、両腕を地面へ下ろし、上半身低く屈め臨戦態勢に入った。
「一番強そうなお前に決めたっ!」
ブーバロスは興奮気味に鼻息荒げ、蹄のついた両腕を地面につけ強く蹴り出す。筋肉戦車と化した体は、すぐにトップスピードに乗り、カイザーへ猪突猛進した。
先祖代々、重水牛族は皆恵まれた体格を持ち合わせており、ブーバロスも例外ではなかった。しかし、パンチなどの打撃が不得意であり、四足での突進に特化していた一族は、ただ走るだけしか能のない一族として揶揄されることが多かった。
そんな状況から脱するべく重水牛族は一つの掟を設けた。それは、戦うと決めた相手とは己の命が尽きるまで戦い続けるということ。その破天荒さを貫いてきたことで、覇権争いの激しい力騎士団において確固たる地位と信頼を築き上げてきた。
「残念無念! 地獄の果てまで追いかける重水牛族の生き残りィ──、このブーバロス様から逃げられると思うなよ────ッ!」
そう息巻きながら猛スピードで迫りくるブーバロスに対し、カイザーは冷静沈着にマスクをつける。
「……グラッチェ」
「んン⁉」
しかし、衝突寸前で忽然と姿を消すと、ブーバロスは体を急停止させ、辺りを見回し──最中、背にずしりと重みを感じ、首を可動域最大にまで捻りその背を見た。
そこには、氷に覆われた左拳で正拳突きの構えをするカイザーの姿。
「……果てろ。単細胞が」
閃光の如く振り下ろされた拳は、稲妻のごとくブーバロスの脳天へと落ちる。もろに喰らったブーバロスは、先程までの威勢が嘘だったかのように気絶すると、即座にその場で昏倒した。
一同が啞然とする最中、その様子を嘲笑うようにワープしてきた水晶甲虫は、フェンサーの頭上を飄然と舞う。
「ボンクラ! 後ろだ!」
「え?」
それに気づいたカイザーよりも先に動き出していたメルは、立ち尽くすフェンサーの背後に迫り、素早い手刀で峰打ちを決める。
「あ……っ……」
正確無比な一撃で一瞬にして気を失ったフェンサーは、持っていた蔓玉を落とし──地面に着く前にキャッチし、持っていた鍵で硬木錠を開錠したメルは、翅羽ばたかせる水晶甲虫へ手を伸ばす。
「鯱氷牙(しゃちひょうが)!」
その刹那、氷の拳を地面に叩きつけたカイザーは、鋭く尖った無数の氷牙をメルとワームの間の地面から突き出し──咄嗟に身を翻し何とか逃れたメルであったが、バランスを崩し、地に転がるように着地すると、同時に手に持っていた蔓玉が手をすり抜け、地面へと転がった。
「メルっ!」
すかさずフェロズがマスクをつけ駆け寄ろうとしたとき、長髪を靡かせたロンテが行く手に立ちはばかる。
「おおっと。愛するレディーが心配なのはわかるけど、タダでは行かせないよ」
「ったく、力騎士団の連中は揃いにそろって、どうしてこうもめんどくせぇ奴らばかりなんだ⁉」
「ノンノンノン。困るよあんなやつと一緒にされちゃったらさ……。だって僕の方が、数万倍も賢いんだからさっ!」
ロンテは三本の蹄が刻まれていた左手を口に当て、怜悧な瞳でフェロズを睨み。
「オブリガード!」
三角に尖った口が描かれたマスクをつけると、剛健かつ磨きのかかった一本の角が額から現れた。
犀族は全騎士団の中でも、トップクラスの知能を持ち合わせる気高き一族であった。合わせて強靭な角から繰り出される力技を駆使し、知と剛が共存する唯一無二の一族として、他の一族からも一目置かれる存在であった。その犀族にとって角はその強さと気高さの象徴としての役割を担っており、ロンテもまたそれを誇示するため、常に磨きを掛けていた。
「どうだいこの美しい角、艶美だろう、惚れ惚れするだろう」
「何言ってやがるナルシストが。あの牛野郎の角と何にも変わんねぇじゃねぇか」
「はぁ……、君は何もわかってないなぁ。これだから低能な一族は困るんだよ。全く」
「あぁ、そうかい。じゃぁ、見せてやるよ。低能がエリートに勝つところをなッ!」
対しフェロズは、興奮と殺気が混じり合った表情を浮かべると、獣毛の一本一本が針のように細い無数の氷柱に包まれていき──両手両足に生えた分厚く尖った爪にも、それに見合った分の重厚な氷が纏わりつき、氷のナイフと化した両手の氷爪を地面突き刺した。
「屈狸・氷分身(くずり ひょうぶんしん)ッ!」
即座に亀裂が入った地面から現れたのは、三体の氷の分身。それらは一寸の迷いなくロンテの元へ突撃していく。
「雑魚は何体増えようが、雑魚のままなんだよ!」
息巻くロンテは一本角を天に突き立て電気を帯びさせた後、分身たちを迎え撃つように突進し、次々と薙ぎ倒していく。
あっさりとフェロズの元まで迫ると、角を腹部へぐさりと突き刺し貫通させ、そのままフェロズの背後にあった大木に体を打ち付ける。
「僕を貶した罰だ」
眉根を寄せたロンテは、角に帯びた電気をフェロズの全身に流し込んだ。
「ウァァァァァ──!」
全身が内側から焼き焦げる感覚が、頭のてっぺんからつま先までを襲う。悲痛の雄叫びが響くとともに、フェロズを覆っていた氷柱の鎧がぽろぽろと剥がれ落ちていく。
「あっけなかったね。ま、当たり前だけど」
どうあがいても恐竜には勝てない哀れな虫を見るような目で、項垂れるフェロズの顔を覗く。
「……ふっ」
そのとき、追い詰められているはずのフェロズは、何故か口角から吐息を漏らし奇妙に口元を歪ませる。
「……何が当たり前だって?」
言葉に纏わりついた不気味な空気から妙な違和感と得たロンテは、眼前のフェロズの体を今一度冷静に観察し──その体のどこからも血が出ていないということに気づく。
「しまっ──」
咄嗟に突き刺していた角を引き抜こうするも、既に氷に包まれたフェロズの左手はロンテの角に触れ──刹那、その角の周りを氷柱が覆い、フェロズの体が氷の分身へと変化した。
そのせいでロンテの角はその分身を介し木と接着され、一切身動きを取れなくなった。
「チッ! 姑息な真似をッ! 汚すんじゃないよっ、僕の角を‼」
「うるせぇ。一生そこで固まっとけ」
ロンテの背後から現れた生身のフェロズは、煽るように耳元で囁く。ロンテが刺したフェロズは、三体の分身を薙ぎ倒していたとき最中に、フェロズがこっそりと生成した四体目の分身であった。
「図に乗るなよ、劣等族がッ‼」
悔しさで歯を食いしばり、目一杯眼球だけを背後に向け怒りを爆発させる。
「あいつが出て来る前に手を打ってやってんだ。ちょっとは感謝しやがれってんだ……」
フェロズは怜悧な眼で一瞥した後、再びメルたちの方に目をやると、カイザーの両手には既に開錠された蔓玉と、水晶甲虫が握られており、間もなく蔓玉に収められようとしていた。
パシッ!
その寸前、灰と黒のセパレートになった獣毛に覆われたメルの両手が、カイザーの手首をがっちりと掴む。
「女の子に手出しといて、ごめんの一言もなし?」
女といえど、マスクをつけハニーの個体能力を得たメルの力は強く、カイザーは一寸も手を動かすことができない。
「戦いに女も男も関係ねぇ。ただ、やるかやられるかだ」
眼を鋭く細めると、左手に持っていた蔓玉を地面へ落とし──氷の拳を威嚇するようにメルへ向ける。
「だからモテないんだよ。せっかくいい顔してるのにさ」
巨体のブーバロスを一撃で昏倒させた拳を目の前にしても尚、怖気づく様子など一切見せず、頬にえくぼを作り、いつも通り砕けた調子で返事をする。
「……醜い。その楽観的な思考がな」
カイザーは肘を目一杯後ろへ引き、渾身の突きを放とうとしたとき。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン──
背後から聞こえる凄まじく速いテンポの足音。カイザーは振り返るまでもなく、その厳めしい足音の持ち主が誰であるかがわかった。
「ゼッタイ……、タオス……」
白目をむき、気絶したまま突進するブーバロス。その原動力は、無意識の中で反芻され続ける一族の掟と、微かに鼻に残っていたカイザーの匂い。
が、そこにメルがいることなど知るはずもなく、巻き添えを喰らうのは確実であった。
「止まれっ、突進馬鹿!」
駆け寄るには距離が離れ過ぎており、間に合わないと悟ったフェロズは、二人とブーバロスの間に氷壁を生成し──だが掟に裏打ちされた苛烈な突進の威力にあっけなく粉砕され、何事もなかったかのように突破される。
「クソっ! 手を放すんだメル! このままだと巻き込まれるぞ!」
「……やーだね。絶対に放すもんですかっ」
フェロズの必死の忠告もメルの意固地で天邪鬼な部分をくすぐるだけで、一向に放す気配を見せない。
その間もブーバロスは迫り続け、勢いを弱めるどころか二人に近づくたび段々と加速していく。
「共倒れはごめんだ。放さなければ本当にお前を殺すぞ」
常人なら肝が縮みあがる程の殺気に満ち溢れた目で睨むカイザー。
「じゃぁ、これならどう?」
それほどの殺気を目の前にしても、メルは動じることはなく──それどころか挑発的に睨み返し、突然掴んでいたカイザーの右手に微弱な流した。
すると即座に手中に捕らえられていた水晶甲虫が反応し──二人はブーバロスが激突する寸前にワープすると、突如標的が消えたブーバロスは急停止できるはずもなく、そのまま二人の背後にあった大木に激突し、再び昏倒した。
「あ……」
「……ぅぅ。って、あれ? カイザーとメルは?」
気絶から目を覚ましたフェンサーは、とぼけた声で、茫然と立ち尽くすフェロズに問いかけた。
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