第9話

屋敷で腰を下ろし、うたた寝していたヴォルクスは人の気配に気づき目を覚ます。

「……。てっきりもう来ねぇかと思ってたぜ」

 あくび交じりに呟いた声の先には、甲に三本の爪痕が刻まれたレオンとフェンサーが立っていた。

「しかし、本当に全員半年未満で卒業するとはな。ま、それも俺の教育が良かったってことか」

「ということは他の皆はもう……」

「あぁ、もうとっくの昔に三層に到達している。お前たちが最後だ」

「最後……」

 レオンは他のライバルたちに遅れを取ったという悔しさを覚えると同時に、ふとカイザーの顔が頭を過った。

「何はともあれ卒業は卒業だ。これでお前たちは全騎士団入団の資格を得ることになる。わかっていると思うが、騎士団はフラグメントを命懸けで守ることを目的として作られた自警団だ。お前たちの両親のように、自分の命を懸けてまで守らなければならないときが来るかもしれない。騎士団に入る以上は、死を恐れない覚悟が必要だ。それを踏まえたうえで聞こう。全騎士団に入団する意思はあるか?」

 三角錐での厳しい修行で過去を受け入れ、強靭さが増した精神を手に入れた二人は一切うろたえることなく、二つ返事で了承した。

「愚問だったか……」

 ヴォルクスはいたずらな表情に口角を緩め言葉を落とすと、隣に置いてあった蔓籠から、両手で包み込めるほどの大きさの木鉢を二つ取り出し、二人の目の前に置いた。

 中には、赤、青、緑、黄、茶、薄水色をした苗が土から、ちょこんと顔を出していた。

 創果苗(そうかなえ)と呼ばれるそれは、成長すると、それぞれ炎果(えんか)、水果(すいか)、風果(ふうか)、雷果(らいか)、地果(ちか)、氷果(ひょうか)を実らせる大木へと成長する苗であった。

「木鉢を両手に持ち、自分の望む属性を心の中で唱えろ。そうすれば、いずれかの創果苗が呼応し、果実を実らせる」

 フェンサーは期待に胸を躍らせながら色とりどりの苗に目を迷わせる中、隣にいたレオンは緩慢と木鉢を両手で包むようにし手に取り、決然たる瞳を閉じた。

 真実の滝で見た亀島大会のゴルドを思い出しながら、ある属性を強く唱える。

 すると、赤色の茎がそれに呼応するように小刻みに震え出したかと思えば、次の瞬間、屋敷の天井を突き破りそうな勢いで苗が爆発的な成長を遂げ、一本の赤い樹木が生り、頂点に生った炎果がレオンの足元に落ちた。

 レオンが拾い上げた掌サイズのそれは、赤く薄い膜のようなもので覆われており、その中では炎々と炎が燃え盛っているのが透けて見えた。

「いいよね、これで」

(俺が嫌って言っても、無理矢理食うんだろ?)

 図星を突く返事をレオンは鼻で笑い飛ばすと、マスクを外し、名一杯大きく口を開き、勢いよくかぶりついた。


 翌日。

 守護者学校の中庭には、レオンたち以外にも厳しい訓練を耐え抜き、晴れて騎士団学校を卒業した騎士たちが集まっていた。

 皆の面持ちは入学式のときとは打って変わり、凛々しく、引き締まったものであり、騎士になる上での決意が見て取れた。

「あ! レオンくーん」

 その中でも、本当に騎士になったのかと疑ってしまうほど、相変わらず丸くおっとりとしたペコラの声がレオンの背中に当たる。

「おお! ペコラ久しぶり……って、ええ⁉」

 レオンはふと振り返ると、ペコラと共に向かってくる男の姿を見て、思わず驚嘆の声が漏らす。

 そこに立っていたのは、これまでのぽっちゃりとした体型とは一転、その脂肪が全て筋肉へと変わり、筋骨隆々になったゴリオだった。

「オウ。レオンも無事卒業できたんだな」

 別人のような姿のゴリオにレオンとリエフの開いた口が塞がらない。その包容力のある声からも、これまでの間抜けな雰囲気は一切感じられなかった。

「どうしたんだよその体……」

「いやぁ、この三か月で大分鍛えられてさ。気づいたら、こんな体になってたよ」

「ほんとうに、別人みたいだよねー」とペコラは六つに割れた腹筋を指先でつんつんとつつく。

「やめろよ、こしょばいだろ」

 まるで新婚夫婦のような平和なやりとりが繰り広げられていると、マスクをつけたオウルが切り株に舞い降り、入学式のときと同じように蔓の玉座を生成した。次いでシェルバ副学長も姿を見せると、辺りは一斉に静まり返った。

「まずは皆、本当にご苦労であった。よくこの短期間で三層まで到達し、騎士になってくれたの。お前さんたちの根性と覚悟に感服するぞ」

 表情を緩ませたオウルから醸し出される慈愛のオーラは、もはや仏の域に達している。

「じゃがしかし、本当に頑張らないといけないのはこれからじゃ。この領域の安寧を保ち続けるためにも、黒焔教の奴らや、またいつ現れるかわからん巨人からフォースフラグメントを守るため、もっと強くなってもらわんとならん。この三か月の間、各々能力を上げるため様々な特訓に励んできたと思う。しかし、その能力を実戦で活かせなければ、ただの宝の持ち腐れ。よって今日一日、ある実技訓練に取り組んでもらう。その名も『水晶甲虫争奪戦』じゃ」

 物騒なタイトルに皆がざわつき始める中、三つの蔓玉と、木で出来た三本の鍵を手に持ったシェルバがオウルに替わり説明を続けた。

「これからこちら側が決めた三人一組、全六チームに分かれてもらい、水晶甲虫の能力でランダムに森へ飛んでもらう。その中の三チームには水晶甲虫を捕獲できるこの蔓玉を渡す。だが、この蔓玉には硬木錠(こうぼくじょう)が掛かっており、それを解除しなければ使えない仕様となっている。そしてその鍵を残りの三チームに渡し、戦闘でそれらを争奪してもらい、勝ったチームはワームを捕獲できるようになるというわけだ。今回のみ特例として属性攻撃を許可するが、相手に深い傷は負わせることは禁止だ。最初にワームの入った蔓玉を持ってきたチームには報酬としてバルーンミート一ヶ月分を進呈する」

「いっ、一ヶ月分……」

 ゴリオは腹を鳴ならしながら、唾を飲み込む。

「あと一つ。万が一、黒焔教の奴らと出会っても絶対に拘わるな。あいつ等は洗脳に近い形で、騎士を自分たちの教団に引きずり込もうとし、それが無理だと分かれば容赦なく襲い掛かってくる外道の集まりだ。もしもあちら側から接触があった場合は大声で叫べ。すぐにこちら側の誰かが助けに向かう」

 シェルバが口早に説明を続ける中、数人の気性の荒い生徒たちは、闘いたい相手を睨み、チーム発表を今か今かと待ちわびていた。その中にはもちろん、レオンを睨むティグリスの姿もあった。

「それではチームを発表する」


「うわぁぁぁぁぁ────」

 ドン、トンッ、ドン。

 森に飛ばされたティグリスたちは、いつものように尻餅を着き着地した。

「……いててっ、毎回毎回、どうにかならんやが、この着地……」

 オルサはそう言って、足元に絡まった蔓を乱暴に引きちぎり、二メートル近くある体躯を起き上がらせる。

<オルサ=ベアー 男 大熊族 力騎士団 火属性>

「……だよね。僕はまだ体が小さいから大丈夫だけど……」

 一方で矮躯なナーデルは、剣山のような髪を揺らしながら、結び目を解くようにして器用に蔓を外す。

<ナーデル=ポーキュパイン 男 山嵐族 支騎士団 属性なし>

「悪いけど、俺は単独行動させてもらう。さっきも言うたけど、報酬になんか興味ない。俺はただ、あいつと戦いたいんや」

「ほぉ。ま、好きにしたらええやが……、って言いたいところやが、実は俺もそいつのチームのラージって奴に用があるやが」

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は別にペコラちゃんには何の用もないよ……」とナーデルは二人の顔を伺うように見るが、気圧すように睨みが利いた四つの目がナーデルに刺さる。

「わ、わかったよ……。でも、こんなに広い森の中からどうやって見つけるの……?」

「任せ。俺にいい案があるやが」

 不敵に口元を歪ませたオルサは、数メートル先にいたバルーンミートを鋭利な眼差しで捉えた。


 一方その頃、レオンチームはあてもなく森の中を歩いていた。

「とにかく鍵を見つけないとなぁ。ペコラ、何か手掛かりとかあったりする?」

 レオンは手首だけの力で蔓玉をぽんぽんと宙へ上げ、弄ぶ。

「他の虫なら、それぞれ寄ってくる匂いとかあるんだけどね。水晶甲虫だけは本当に気まぐれで」

「やっぱり支騎士団は詳しいんだな。俺たち力騎士団は、ひたすらに体を鍛えさせられていたぞ」

 ラージは丸太のような両腕で腕組みをしペコラに感心していると、突然立ち止まり、犬のように鼻をぴくぴくと動かせ始めた。

「どうしたラージ?」

「匂う、匂うぞ……。まさか、この匂いはッ!」

 その匂いのせいで忘我の域へと連れ去られたラージは、突如体を急旋回させ一目散に駆け出す。残された二人は口をぽかりと開け一時茫然とした後、状況を理解できないままラージの背中を追いかけた。

「おい、ラージ⁉ どうしたんだよ!」

 暴走機関車の蒸気のように、鼻から息を吹き出し、ひたすらに疾走していく。

「きっと、体鍛え過ぎておかしくなっちゃったんだわ」

 ペコラの天然丸出しの言葉も、この時ばかりは信じてしまいそうになるほど奇奇怪怪な行動だった。

 そうして暫く走り続けていると、辺りには何やら香ばしい匂いと、薄っすらとした煙が漂いはじめる。

「この匂い……」

 やがてレオンたちが捉えたのは、焚火に炙られ、芳醇な香りを放散しているバルーンミートであった。

「ぬほぉぉぉっ!」

 忘我の域にいるラージは、不自然な光景に対しても警戒心など一切なく、ただ一心不乱にそれに飛びつく。

「行くなっ、罠だラージっ‼」

「はははッ。作戦通りやが!」

 その刹那、木裏に隠れていたオルサがラージの体へと突進すると、不意打ちに受け身を取ることもできず、その衝撃をもろに受けたラージは、弧を描くように宙を舞い、そのまま仰向けで地面に落ちた。

「単純すぎるやろ……」「まさかこんなに簡単にいくとはね……」

 オルサの案は単純明快。自身が持つ火の属性能力で焼いたバルーンミートの匂いで、ラージおびき寄せるというものだった。

 レオンは衝撃で気絶したラージの元に駆け寄る。

「大丈夫かラージ⁉」

「……に、にく……」

 そう口の端から言葉を落とすと、ゾンビのようにむくりと体を起き上がらせる。

「早く立って俺と戦うやが。そんであのときの屈辱を……って、おい!」

「肉────ッ!」

 己の中にある食欲に呼び覚まされるように目を剥き、気絶状態から復活すると、欲求衝動に駆られるままにバルーンミートへ貪るようにかぶりつき、あっという間に丸一匹を平らげた。

「ぷはぁ~。……で、なんだってオルサ?」と膨れたお腹を摩りながら、陶然とした表情で地面に座る。

「ぷはぁ~、じゃないやが! 俺と戦えって言ってるやがっ!」

 高揚が抑えきれなくなったオルサは、湾曲した三本の爪痕がついた左手を口に当てマスクをつけると、覆い被さるようにラージへ襲い掛かった。

「スパシーバッ!」

「ちょ、ちょっと!」

 ラージも穏やかだった表情を一転させ、咄嗟にマスクをつける。

「ダンケ!」

 ラージの体に馬乗りの状態になるオルサ。対しラージは、顔面に突き付けられた強靭かつ鋭利な鉤爪を、間一髪制止する。

 大熊族の爪は他の動物のそれとは違い、飛びぬけて成長し、且つ狂気的であった。なぜなら、大熊族にとって爪は己の強さを象徴するものであり、いかに太く、厚く、長く、鋭利であるかで、同族内のカーストが決まった。故に大熊族たちは、幼い頃から生まれ持った強靭な膂力に任せるまま、地を掘り、大木を剥ぎ、時には岩をも砕きながら己の爪を鍛え上げ続けた。

「くっ……。もしかして、まだあのこと根にもってるのか?」

「うるさいッ! あれは絶対に俺が勝ってたやがッ!」

 数ヶ月前、力騎士団の打撃力を鍛える特訓として行われた『絶硬果連続割り』で、他の生徒たちが次々と脱落していく中、最終的にラージとオルサの一騎打ちとなった。そして、五十個目に差し掛かったそのとき、オルサの拳から一筋の血が流れると、教官のアルゼにドクターストップをかけられ──その隣では、ラージは五十個目の絶硬果を割ったのだった。

「俺はまだまだ余裕やった。あの角デカ教官が止めんかったら、絶対に俺が勝ってたやがッ」

 怒りが上乗せされ、徐々に力を増していくオルサ。

「じゃぁ、いいよっ!別にオルサの勝ちでさっ……」

「そんな情けいらんっ! お前をここで倒さんと気が済まんやが!」

 眉間に深くシワを寄せ怨嗟の声を吐くと、急成長するように伸びた爪が微かにラージの額へ触れる。そこから滲むように出た鮮血は、ラージの顔面を縦断していくように流れ落ちる。

「くッ……」

 その負傷で制止していた力が弱まり──その隙を逃さなかったオルサは瞬時に右手の拘束を解き、爪に灼熱の炎を纏わせ高々と掲げた。

「ラージッ!」

 緊迫した空気にレオンの叫び声が響く。ペコラはその後に起きるであろう悪夢を想像し顔を俯かせた。

「これで終わりやがッ────!」

 厳めしい叫びとともに爪が振り降ろされ。

「げ、げヴヴゥぅ~」

 そのとき、夥しい音を立てたゲップがラージの口から放たれると、その生々しい匂いに、一瞬オルサの動きが止まった。

「くさっ!」

 怪我の功名とでも言おうか、自分さえ意識していなかった奇襲。生まれた隙を見逃さなかったラージは、もう一方のオルサの腕の拘束を解き、空いた両手で胴をがっちりと掴むと、腕の膂力だけでオルサの巨体を放り投げた。

 わずか寸秒の出来事に、自分の身に何が起きたか理解ができぬまま、宙を舞い地面に叩きつけられるオルサ。

 ラージは額から流れ落ちる血を右手の甲拭い、舐め取りながら起きると、隆々だった両腕の筋肉が更にパンプアップされ、はち切れんばかりに膨張した血管が至る所から浮かび上がらせると、渾身の力でその両腕を地に叩きつけた。

 その衝撃は轟音とともに地を揺らし、一筋の亀裂を生むと、それは地を這う大蛇のように、倒れ疼くオルサの元へ走った。

「大猩々・剛腕(ごうわん)岩固(がんこ)!」

 亀裂を突き破るようにして、現れたのは岩で形成された二本の剛腕。その両手はオルサの胴体をがっちりと掴み行動不能にした。

「なんだこれっ、離すやが────っ!」

「ひとまず、一件落……」

 力を解放した影響で額からの出血量が増したラージは昏倒し、すぐさまペコラが処置に駆け寄る。

 これまでのラージからは想像もできない力に啞然としていたレオンも我に返り、共に駆け寄ろうとした。

「お前の相手は俺や、レオン」

 そこへ不敵に笑うティグリスがたちはばかる。

「どけよ! あんなの、ただの憂さ晴らしじゃないか!」

「いいや違う。ちゃんとした争奪戦や」

 ティグリスは不敵に顔を歪めながら、懐から取り出した鍵をレオンに見せつける。

「俺は鍵、お前は蔓玉を持ってる。戦うには、これ以上の理由ないや」

 言葉が終わらぬうちに、マスクをつけるティグリス。その体は黄土色に黒の横縞が入った獣毛に包まれ、腰骨から生えた同色の尾を生やした。

「謝謝!」

 殺気に満ちた表情で拳を掲げ飛びかかるティグリス。レオンも即座にマスクをつけ、腕をクロスさせ拳を防ぐ。

「やっと正々堂々戦える。本気で来な死ぬぞ、レオン!」

「……ちっ。そうみたいだなッ」

 拳を弾くようにクロスを解くと、ティグリスは後方へと飛び退り、両者睨み合う形になった。

 レオンは息を整えながら、徐に正拳突きの構えに入ると、その左拳に炎が纏わりついていく。

「一発勝負か。望むところやッ!」

 同様の構えを見せたティグリスの左拳には、電気が纏っていき、両者のそれはおびただしい力を帯びていく。

 虎族と獅子族の睨み合いは、同科としての己の強さを誇示するため、先祖代々続いてきた。両族は常に互いを意識し、切磋琢磨し、戦闘力を磨き、戦闘力は互角の状態が続いていた。しかし、亀島大会の準決勝でゴルドとティグリスの父ホンライとの対決で、ホンライが惜敗し、長年に続いた睨み合いに一つの区切りがついた。

 その戦いを真実の滝で見たティグリスは、レオンに敵対心を抱き続けていたのは単に癇に障るからという利己的な理由ではなく、世代を超え受け継がれてきた一族としての宿命なのだと知った。

 その後、その過去を受け入れ、完全共鳴を体得するまでにかなりの時間を要したが、見事成し遂げた。その原動力となったのは、レオンへの、否、獅子族へ剥き出しになった対抗心だった。

「お前の父さんは確かに強かった。それは認める。やけどな、あの戦いで一族が背負った傷は、ここでお前をぶちのめすことでしか癒えへんねや!」

 ティグリスの両眼にほむらを宿すと、電気はより一層けたたましい音を立て大きくなる。

「受け止めるよ。その気持ち」

 緩やかな、でもどこか強かでもある言葉を放つレオン。

「余裕かましやがって! 今に後悔させたるわっ!」

 二人は同時に地面を踏みしめ、強力な武器と化した左手を携えながら疾駆し、迫り合う。

「「ウォォォォォォォォ────‼」」

 勢いに任せ互いに拳を放とうとした。その刹那、突如眼前に水晶甲虫が姿出現すると、両者は反射的に身を翻し、受け身も取れぬまま地面へ何回転も転がった。

「くそッ……。何でこんなときにッ……!」

 ティグリスは悔しさを滲ませながら顔を上げる。翻したときに懐から落ちた鍵が数メートル先に落ちているのを捉え──同時に、先に起き上がっていたレオンがそれを拾い上げ、持っていた蔓玉を開錠すると、宙を漂う水晶甲虫の方へ踵を返し、一目散に捕獲へ向かった。

「待てッ!」

 即座に飛び起き、背を追うティグリス。

 レオンは全集中力を眼前に捉えた水晶甲虫に注ぎ、飛行を予測する。

「……ここだっ!」

 何もない空中へ飛び上がり目一杯手を伸ばし──見事予測が的中すると、ワームは吸い込まれるように手中に収った。

「逃がすかよッ‼」

 同時にティグリスがレオンの尻尾を掴むと、全身を地面へ叩きつけるようにして投げる。

 空中で体制を崩しながらも、意地でもワームを放さなかったレオンは急転直下し、凄まじい勢いで地面に叩きつけられ──直後、その衝撃が手中のワームにも伝わり、即座にワープが発動されると、それを握っていたレオンもろとも、どこかへ消え去ってしまった。

「……」

 あっけらかんとするティグリスの目の前には、開錠された蔓玉だけが、がらんと転がっていた。

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