第3話
「わざわざすまぬのぉ、カイザー」
屋敷に向かう途中、学長に声を掛けられたカイザーは、そのまま学長室に連れられた。
「オーカとは仲良くやってるか」
「なんですか、話って」
間延びした語尾を切るかのようにカイザーは言葉を吐く。
「……ほっほっ。さすがシルバの息子よ。今日来てもらったのは他でもない。お前さんたちの父親の死体の件じゃ」
今度は歯切れ良い、締まった語尾がカイザーの甲に刺さると、開かれていた手が不意に握り拳に変わる。
「海の皆にも手つどうてもろて全領域で探しているじゃがのぉ、どうもまだ見つからんのじゃ」
オウルはそう言って、机に山積みになった葉紙の束に手をかざすと、木製の机から触手のように生えた二本の蔓が一枚の葉紙と羽ペンを器用に掴み、カイザーの前に差し出した。
「親族はお前だけじゃ。捜索は続けるつもりじゃが、生きている可能性はないとみていいじゃろう」
カイザーは虚ろな目でその『死亡届』と書かれた葉紙を見つめる。
両親への憂い気持ちとは完全に決別したつもりであった。だが大厄災の後、なぜかカイザーの父シルバの遺体だけはどこにもなく、その事実が心の奥底で希望の灯を燃やし続けた。
常に冷静沈着であるカイザーであったが、この一件の事となると、毎度鼓動が上がり、息が乱れ、額に珠の汗を浮かべるほど、平常心を欠き。
(カイザー、俺はいつでも受け入れる覚悟はできている。後はお前次第だ……)
一度だけでも会ってみたい。その気持ちがいつまでも邪魔をし、あと一歩を踏み出せないでいた。
今日までは。
溜まり切った雑念を体の底から吐き出すように息を吐き、決然たる瞳で羽ペンを手に取り、死亡届にサインした。
「常に先を見続けるその姿勢は父親譲りじゃの。感服するぞ……」
かたっ。
机の上にペンを置く音。そんな何でもない音が、いつもより鮮明に鼓膜を打った。
人は過去を変えることができず、先を見て生き続けることしかできない。誇り高き鯱族の生き残りとして、迷いと幻想を持ち続けていては、決して父親のような立派な騎士にはなれず、それは亡くなった父親も望まない運命を辿る。そうなる前に一切のしがらみと決別し、前を向かなければならない。
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ。
これはその一歩を踏み出した証である。
と、強烈に木霊する心拍音に飲まれないよう、己の心に強く、強く、唱え続けた。
ヴォルクルスが屋敷を出た後、誰よりも先に屋敷を出たのはカイザーであった。
「ちょっと待って!」
その後から、追って屋敷を出たレオンが声を掛ける。
「よかったら一緒に帰らない?」
太陽のようなオーラを放つレオンとは対照的に、カイザーは黙したまま足を止め、怜悧な目でレオンを一瞥すると、再び無言で歩き始めた。その歩き姿や仕草の一つ一つはレオンのそれより何倍も大人びて見える。
(ちぇっ、いけすかねえ野郎だぜ)
「……ちょっとは黙ってろっリエフ」
スタッ。
思わず漏れ出したレオンの叱声に足が止まる。
「今、リエフって言ったか……?」
「……あ、うん。俺の相棒だけど」
「じゃぁ、あのゴルドの……?」
「うん!」
レオンは満面の笑みを作り、力いっぱい頷いた。
「ゴルドは俺の自慢の父さんだっ!」
ゴルド=レオーネ。かつて全騎士団の団長(マスター)を務め、その類まれなる戦闘力で『百獣の王(キングオブビースト)』の称号を手に入れた男。そして。
「そんなことよりさ、カイザーは明日どうするの⁉」
唯一、シルバが敵わなかった男。
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