第2話

十八年前、二千三百年。

 フォースフラグメント(欠片)が未だ、一つのフォースクリスタル(結晶)として、領域の中心地であった荒原に鎮座し、全領域の心臓的役割を果たしていた時代。※

 そして皆、荒廃し尽くした地に、これほどまでの大自然を再生させた力を秘めた結晶の正体を知ろうと、接触を試みた。が、煌々と光り輝く正八面体のそれに触れようとすると、全身に電気に似た正体不明の反発力が迸り、誰一人として触れることはできなかった。

 結局、最初に落ちたその地点から移動させることもできなかったそれは、領域内で最も固いとされている『硬木』で作られた『四角木牢(スクエアウッドプリズン)』で囲われると、その四辺に騎士を配置し、日夜厳重に保護されることになった。

 その場所は、クリスタルがもたらした強大な恩恵と、周囲の環境から『地開の荒原』と称され、他の領域以上に大切に扱われてきた。

 当時十二歳のヴォルクスは、展望の丘上にあった自宅から創造の森を見下ろすのがその日も日課であった。そしてその日も、森に爛々と輝くランタン南瓜や、日中に浴びた光を放出させた無数の光茸が輝く幻想的な森を、家の屋根に上り眺め、恍惚感に浸っていた。

 そのとき。

「──ドンッ‼」

 森一体に地鳴りのような音が鳴り響くと、森中の鳥たちが何かから逃げるようにして一斉に羽ばたく。

 そのけたたましい轟音にヴォルクスは目を丸め、上空へと向かっていく鳥たちを茫然と見つめた。すると何やら既に地上から数十メートルは離れているはずの鳥たちの背後に、何やら巨大な影のようなものが蠢いたのを捉え──「ドンッ‼」刹那、再度轟音が領域に響き渡ると同時に、力を失い魂が抜けたようになった鳥が、雨粒のように森へ直下していった。

 ヴォルクスは、この世の終わりの始まりのような光景に慌てて屋根から下り、家に戻ろうとしたとき、三度目の轟音が響く。

「うわっ!」

 同時に、これまでにはなかった突風が吹き荒れると、未だ矮躯であったヴォルクルスは、いとも簡単に尻餅を着き──転んだ態勢で顔を上げると、自ずと視線が上向きになった。。

「何だ、あれ……」

 その双眸に映った雲は、溶けるようになくなっていくと、刺し込む月明かりがその巨大な影の全てを照らした。

 不気味に伸びた長い手足に、血に染め上がったように赤く光る両眼、頭上には天に昇るかように生えた枝状の角に、数メートルに及ぶ刺々しい尻尾。体長を優に十メートルを超すそれは、この世の全ての闇をかき集めたような量の黒焔に包まれた、巨人の姿あった。

 その威圧感たるや、数十キロ離れた丘からでも簡単に感じ取ることができ──地面を揺らし一歩ずつ陸地を歩み進める度、その一帯は黒焔に焼き尽くされていく。

「ヴォルクス早く!」

 いつもは穏便な父親も、そのときばかりは慌てて家から飛び出し、ヴォルクスを抱きかかえ家に入れた。

「父さん……、あれってもしかして……」

 その問いかけに答える素振りもなく、ヴォルクスを母エルナに押し付けるようにして渡す。

「エルナ、絶対にヴォルクスから離れるなよッ!」

 そう強く言い放ったヴォルクスたちを見る精悍な目つきは、何かを覚悟した目であった。

「あなた……。死なないで……」

 ヴォルクスはそれが父親の最後の言葉になるとは思ってもおらず。そのとき、エルナの腕の隙間から見た、父の剛健な後ろ姿は、今日の今日まで脳裏から消えることはなかった。

 

 ヴォルクスが四角花園に着いた頃には、辺りは薄暗くなり始めていた。

 その一角に作られた墓地の入り口には、『黒焔大厄災犠牲者』と刻まれた碑石が、今日も表情を変えることなくそびえ建っている。十字架の形に生えた弔木(ちょうぼく)を横目に奥へ進み、父親の弔木の前に立つ。

 そして、そこに括り付けられたマスクに残った、当時の痛々しい戦いの痕をそっと指で撫でた。

「親父……」

 黒焔大厄災で被害を被った森と丘は、約七割の騎士が死ぬとともに、各領域の半分以上が黒焔により焼き払われた。

 最も損害が大きかった地開くの荒原では植物や住処が全壊し、住人のほとんどが犠牲となった。

 当然住めるような状況でもなく、運よく生き残った住人たちは創造の森へ移住することとなり、代りに忌々しい出来事と戦死者を忘れぬよう、跡地に花を植え作られたのが現在の四角花園であった。

 結局、今もなお黒焔巨人の正体は不明のままであり、様々な憶測が飛び交う中、生き残った人たちは、どこにもぶつけようのない怒りと悲しみの渦にただ飲み込まれていった。

 ただ、そんな中でも一つだけ多くの目撃情報が一致した話があった。

 それは、巨人が四角木牢の屋根を剥ぎ、中のフォースクリスタルに手を伸ばした瞬間、眩いほどの輝きを放ちながら宙を舞ったフォースクリスタルが一瞬にして巨人の心臓を貫き、見事巨人を撃退したというものだった。

 そしてそれは、生源の海へ突き刺さり、一度姿を消した。がしかし、巨人が息絶える直前に自らの体を爆破させ、全身に包まれた黒焔を隕石のようにして各領域に飛び散らせると、再び海中からせりあがってきたクリスタルは四つに分散し、閃光のごとく飛び散った。

 そして黒焔弾を追い越し、各領域に落下すると、直後、光のシールドを展開し、黒焔弾から各領域を守った。という話だった。

「また来るよ……」

 ヴォルクスはそう呟き合わせた手をそっと下ろす。

 四つに分裂したフォースクリスタルは、食糧の生成力に関しては若干の衰えがあるものの、今日まで枯渇することなく領域に食糧を恵んでおり、持ち合わせていた自己防衛能力も多少減衰したものの、未だ健在であった。

 だが、領域に住む人々の恐怖は完全に拭われることは決してない。

 また、もしもあのような大厄災が起きたとき、前回と同じように領域を守る働きをするかわからない。

 そうなれば、真っ先に死ぬのはまだ自分の身を守る能力ない入学生たちであり、それはフォースフラグメントを守る騎士の減少に直結する。

 巨人によって失われた森も、フラグメントのおかげで徐々に再生し、全体的な人口は当時と比べ上昇傾向にあるが、それでもまだ大厄災以前に比べると到底足りず、一刻も早く、即戦力になるような騎士に育てなければならない事実は変わりなかった。

 入学生たちのためにも。そして、領域全体の繫栄と存続のためにも。

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