上野の森の洞窟
上野の森の洞窟に向かう道中ミナトはギークの持つ大剣に興味をひかれていた。
「ギークさんの大剣ってあの龍殺しの英雄と同じ物なんですね。職もドラゴンスレイヤーですし」
「龍殺しの英雄に憧れてQWに入ったからね。なにかおかしいかな」
照れた様子でギークはヘルムの後ろに手をやった。
「そんな事ないです。有名プレイヤーに憧れてゲームをはじめる人は少なからずいますし」
「ありがとう。そう言われるとやっていて良かったと思えるよ」
「それにかなり洗練されていますねその剣。武器のレベルだけで言えば結構高い」
人と話すのが苦手なリーシャもギークの剣には興味があるらしく自分から話しかける。
「そこを見抜くなんて流石デモンズシャフトに選ばれたプレイヤーだ」
「いえ、そんな、まだまだ私は未熟ですから。それにしてもすごく洗練されているまるで、歴戦を勝ち抜いた武器のように……」
リーシャはギークの事を少しだけ警戒していた。
洞窟の前までたどり着くとあたりは異様な空気で満たされていた。洞窟の中から何かが漏れ出ている。
「なんだか不気味だな。一度立ち入ったら出られなくなりそうだ」
「怖気づいたのかミナト」
「ばっ、バカ言うな、ミクリヤ。ほらさっさと行くぞ」
「待って」
洞窟に入ろうとするミナトをリーシャが呼び止めた。
その声に反応してミナトが足を止めるとリーシャが杖と魔本を呼び出し全員に魔法をかけた【フルミネンス】
「聖属性のバリア効果を持つ魔法よ。これならアンデッド属性の攻撃や状態異常を少しは和らげられるわ」
「よし、それじゃあ行こうか」
四人は上野の森の洞窟のダンジョンへ入っていった。
洞窟内部に入ると早速変化があった。洞窟はユニット体を蝕む瘴気で充満していた。
「妙だな。前来たときはこんな瘴気発生していなかったが」
ミクリヤが洞窟の変化に敏感になる。
「そうなのか」
「私も以前来たことがあるけどこんな瘴気に包まれている場所じゃなかった。【フルミネンス】をかけていてよかったわ」
「まさかこんな風になっているとはね。変わり果てたと情報では聞いていたが、まさかこれほどとは」
ギークもこの異常な状態に驚いた様子だ。
「とりあえず先に行きましょう」
リーシャが灯りの魔法で洞窟を照らすと三人は洞窟の奥に進んでいった。
「吸われるぅぅっ」
今にも昇天しそうな声が洞窟内で反響する。
奥に進むととんでもない光景がミナト達を待ち受けていた。
『死者の灰』を入手するため先に入っていたプレイヤーが地面に這いつくばって腐りかけていたのだ。しかも一人ではない何人も、だ。
確認すると状態異常『魔力吸収』となっていた。
QWではプレイヤーには魔力が備わっていて、そこから魔法や様々な用途に魔力が使われているという設定になっている。
魔力はいわば生命線だ。魔力が枯渇すると自然とユニットが壊れ死亡する。
「酷いな。こんな場所なかったはずなのに、まるでダンジョンのレベルが変わったみたいだ」
変わり果てた洞窟の様を冷静にミクリヤが分析するとリーシャが断言した。
「みたいじゃなく多分変わっているわ。新宿や渋谷のダンジョンクラスにシャルルがこのダンジョンを龍殺しの英雄とクリアした時はこんなトラップなかったはずなのに」
「さらっと凄いこと言っているけど、リーシャはジークブルムと戦った経験があるの」
「いいえ、私がシャルルと行動を共にしていたのはそれ以降の話よ。だけど、シャルルは私に色々なダンジョンをクリアした話を聞かせてくれたわ。まるで英雄譚のようにね。この地面、魔力が徐々に吸われていくトラップになっている」
「原因はわかる」
「そこまでは私もわからない」
リーシャは首を振った。
魔力が吸われている事に気付かず『死者の灰』を夢中になって採取していたらユニットが動かなくなってしまったのだろう。何とも恐ろしいトラップだ。まるで、甘い香りでおびき寄せエサをとる食虫植物のようだ。
上野の森の洞窟はプレイヤーたちの阿鼻叫喚の地獄へと変わり果てていた。
「魔力を全部吸われたくなかったらはやく『死者の灰』をとりなさい。出来るだけね」
「承知した」
ギークは空のビンに素早く『死者の灰』をつめるとカバンにしまった。
「急ぎましょう。ここに長時間いるわけにはいかないわ」
新宿のダンジョンの経験だろう。リーシャはひとりでに仕切っていた。
それにしても、先日のエントマの件といいミナトは異常事態に好まれているようだ。
ムチャムチャ、グニュニュ。
暗闇の向こうから何とも奇妙な音が聞こえた。
灯りを照らしゆっくりとその音のする方へと近づく。
奇妙な音はだんだんと大きくなりそして見てしまった。アンデッド達が魔力を吸われ動けなくなったプレイヤーを食べている様子を。
リーシャ、ミナト、ミクリヤ三人が揃えて口を手で覆った。
このQWではモンスターの生態系もリアルだ。雌雄があって、繁殖し理由なく湧いて出ることはない。
新たなジークブルムが現れていないのもその理由だ。
それ故にモンスターが狩られすぎて絶滅する事だってある。
しかし、死霊やアンデッドは別だ。彼ら例外で、普通のゲームみたいに無尽蔵に湧いて出てくるらしい。
その無尽蔵に現れるアンデッド達が灯りに気付き肉片をまき散らして一斉に襲い掛かって来た。
関節が外れているのに動けるのは謎だが倒さないと先には進めない。
「来たぞ、リーシャ」
「…………」
返事がない。おかしいと思ってミナトが振り向いてリーシャを見る。
『状態異常 気絶』と立ったままリーシャは気絶していた。
「えー」
確かにゾンビゲーム以上にリアルで気絶するのは無理もないがこんな状況で気絶してしまうとこっちが大変だ。
「全く世話の焼ける。引き返すぞ、ミナト」
リーシャを連れて引き返そうとミナトが踵を返すと、横を風が通り過ぎた。
グチャチャァー。
その直後、後ろでゾンビの肉を引き裂く音が聞こえた。
振り向くと、ギークが狭いフィールドの中巧みに大剣を扱いゾンビに止めを刺し亡き者にしていた。
「私が道を切り開くからついて来てくれ」
「……はっ、はい」
ミナトは慌てながらもリーシャを抱えて銃をとった。
「ミナトやっぱ引き返すのはなしだ。俺はギークさんを加勢する。お前はリーシャを抱えて撃ち損ねたゾンビを倒してくれ」
機転を利かして槍をとりミクリヤもゾンビを討つ。
リーシャを抱えたミナトに討ち損ねたゾンビが寄ってくる。
「ゾンビの基本はヘッドショットで死ぬ」
狙いを定めてミナトはゾンビの頭に弾をぶち込んだ。
「あーあー」
しかし、ゾンビは一瞬ひるんだが死ななかった。何事ないように、ミナトと気絶したリーシャに襲い掛かってくる。
「あれっ、ゾンビゲームの知識でいえばゾンビはヘッドショット一発で死ぬはずじゃなかった……これヤバいって」
五体ものゾンビが機動力を失ったミナトに覆いかぶさろうとやってくる。
「足を狙え。ここのゾンビたちは頭を撃っても直ぐには死なない。無駄に弾を消費するだけだ」
奥の方からギークがミナトに伝えた。
「足か。リロード」
頭をクリアにしてミナトは銃を引き抜き一発一発撃ち損じないようにゾンビの足を高速で打ち抜いた【クイックドロー】
絶対先取の銃の弾が命中しゾンビ達は足を撃たれるとうつ伏せになり地面に這いつくばった。
ウーウーとまだ唸っていて死んではいないが、これで道は出来た。立ち上がって襲ってくる前にミナトは急ぎその場を抜ける。
ギークとミクリヤが先頭でゾンビを蹴散らしてくれたおかげで楽に合流できた。
「ありがとうございます、ギークさん助かりました」
「私はただアドバイスしただけだ。あれは君の実力だ」
「それよりもミナト早く安全な場所に行くぞ。ここに長居は危険だ。リーシャが気絶したことによって【フルミネンス】が解除されている」
ユニット体の瘴気化が進む中、三人はリーシャを連れて更に洞窟の先へ行く。
ゾンビのいないフィールドで少し休むとリーシャは気絶が治り意識を取り戻した。
「あれ、私」
「意識を取り戻したみたいだね」
リーシャは意識を取り戻すと何があったかをミナトから聞いた。
「ごめんなさい。私の頼みでここに来たのに気絶してしまって。新宿のダンジョンで慣れていたはずなのに……」
「気にすることはない。あの状況でいきなりゾンビが現れたら気絶する。私だってそうさ、ミナト君たちもそうだろ」
責める様子もなくギークはリーシャをフォローした。
「そうだよ、リーシャが謝ることじゃない。誰だって怖いものはあるから」
「それに私も目的は果たせたしね」
瓶に詰まった大量の灰をギークは見せた。
「ありがとうみんな。私はもうゾンビなんかに気絶したりしない」
杖を握りしめリーシャは立ち上がった。
「ギークさんは目的を果たしたんですよね。それなら引き返しても……」
こんな危険なミッションにギークを巻き込んだことをミナトは気にしていた。
「何を言うんだい。協力するって約束だろ。それに一人で引き返した方がかえって危険だ。それともここまで来て魔龍王のアニマを諦めるのかい」
「それは嫌よ。魔龍王のアニマがあるかこの目で確かめるまでは私は帰らない」
見つけるまで帰らない。まるで子供のようなリーシャの硬い意志がギークの言葉を否定する。
「それでいい。私も全力で手伝うよ。ミナト君もそれでいいよね」
「ええ、まぁそういうことなら……お願いします」
これ以上何も言うまいとミナトはギークの意思を尊重した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます