魔龍王のアニマ

現実時間でまだ日が照り上る中、この場所は薄暗い。街全体がランタンで灯され乾杯のグラスの音で響き渡る。

 建物は急斜面な屋根に縦長い家隙間なく連なっている。まるで、フランスとドイツの国境であるアルザスのようだ。

「すげぇ、まるで海外旅行に来たみたいだぜ」

 日本にいるのに海外に行ったような気分にミナトはなり、目を輝かせていた。

「このお台場エリアのレストラン街はヨーロッパ建築をモチーフにしているからね。ミナト君がそうなるのも頷ける。まるで、ファンタジー世界のようだろ」

「確かにファンタジー世界に行った気分になるけど、その気になれば行けるんだからミナト大げさすぎる……」

 ミクリヤは微妙な反応をしてミナトを見ている。その気になれば、ゲートを使って実際にその場所にも行けるからだ。しかし、現実の飛行機料金と同じくらいのお金を支払わないといけないので高校生であるミナトにとっては海外旅行に行けるのは一生に一度くらいだろう。

ちなみに国内ならゲートは無料だ。

 石畳の道をすらすらと進んで行くと目的の場所にたどり着く。

「もう予約は済ませてあるから入って」

「えっ、ここって……」

 シャルルが予約していた店はQWをやっていない人でも知っている。ミシュラン三ツ星最高級フレンチレストラン『アエリイオ』だった。

「本当にここなんですか」

『アエリイオ』といえばテレビや雑誌で多く紹介され毎日行列が絶えない有名店だ。中にはこの店の味を求める為だけにQWをやっているプレイヤーもいるくらいだ。

「そうだよ。ここの店の主とはリアルで知り合いでね」

「リアルで知り合い! シャルルさん現実はどんな職に就いて……」

 ミナトとミクリヤは驚いた様子でシャルルが何者か詮索する。

「そんな大それたものじゃないよ。さあ、入った、入った」

 シャルルに歩だされ三人は『アエリイオ』の中に足を踏み入れた。

 QWではレストラン飲食店の経営が認められている。そういう職があるから当然だ。

 ユニットを使って身体ごとQWに来ているので食事も可能で腹も膨れる。

 お金は現実よりも値が張るもののモンスターを倒して材料を持っていけば調理してくれる店もある。

 中に入るとほのかに木のいい匂いが漂いとても落ち着いた雰囲気で、隠れ家に来たような雰囲気だ。

 三人はウエイターに案内されテーブルにつくと緊張しながら椅子に座った。

「なんかすげー場違いじゃね、俺たち」

 周りをみると皆高貴な衣装を着て食事をしている。現実のただの高校生のミナト達が来ていい店ではない。

 そう緊張している間に飲み物がテーブルに置かれた。

「それじゃあ三人のパーティ結成とクエストのお詫びを兼ねて、かんぱーい」

 果実系の飲み物を手に取るとシャルルのノリと勢いに先導され三人はグラスをかさね乾杯をする。

「「「かんぱーい」」」

 乾杯を終えるとそこから、次々と料理が出て来てテーブルに並べられた。

 QWでとれたモンスターの肉を詰め込んだソーセージにベーコンとボリューム感満載のメニューだ。

 コース料理のようにゆっくり来るかと思えば店の雰囲気とは異なりガッツリとした料理が次から次へとやって来る。

 現実のフランスでも大衆レストランの食事は意外とガッツリしているらしい。

「じゃんじゃん食べてね。お金は僕が支払うから」

 などと言いながらシャルルはテーブルに乗った料理を食べながら三人に勧めてきた。

「はっ、はい」

 慌ててミナトが口に料理を運ぶと、服が全て脱がされたような衝撃が走った。

「なんだ、これ、すげー美味い!」

 ミナトが生きた中でこんな美味しい料理を食べたのは初めてだ。

「ここの料理はQWでとれた食材をフレンチにアレンジして提供している。フレンチを食べた事ない人でもその美味しさが伝わるように店の主人が考えに考え抜いた一品だからね。ミナト君のお口に合って僕は満足だよ」

 本当に美味しい口の中であふれんばかりの肉汁が食欲を増進させる。それなのに味はくどくない。ミシュラン三ツ星をとるのも頷ける。

「ここの主人は『料理人』の職を極めた人だからね。心意能力は教えられないけど料理の味はトップクラスだよ」

 しかし、こんな美味しい料理を食べてしまうと現実とのギャップに苦しみそうだ。

「『料理人』ってことはプレイヤーなんですよね。なら、俺たちと同じようにスポットから入っている事になりますよね。となると営業している間はずっとQWにインしているんですか」

 ミナトは疑問に思ったのでシャルルに聞いてみた。

「そうだね。でも、職業系のプレイヤーはそれ専用のルームでプレイしているのさ」

「詳しくお願いします」

「職業系、職人系のプレイヤーは現実で申請を出すとスポットでもそれ専用のルームに案内される。そこからQWに入っている」

「へぇ、そんなシステムが」

「それよりもリーシャは道中からずっと一言も口にしていないようだけどどうしたのかな。食事もあまり食べていないし」

 いたずらに笑みを浮かべてシャルルは機嫌が悪そうなリーシャを煽る。

 見ると、リーシャのテーブルの前には出されたままの料理がポツンと置いてあった。

「分かって言っていますよね、シャルル」

 リーシャが低い声でシャルルを睨むと和気あいあいとした食事の舞台から緊張が走った。

「さぁ、なんのことだか。それよりも食事を楽しまないか、せっかくパーティ結成のお祝いで僕が奢ってやるって言っているのに」

「とぼけるのもいい加減にしなさい。あなたはいつもそう、そうやっておどけてみせて、だいたい今日は私が彼を呼んだのに……」

 堪忍袋の緒が切れたようにリーシャはテーブルを叩き立ち上がる。周りで聞こえていた話し声が静かになり、リーシャへ視線が集まる。

「リーシャちょっと、場所考えた方が、周りの人の目が……あはは、すみません……」

 野蛮な人を見る目でリーシャに注目が集まっていたのでミナトはなだめると同時に小声で客と店員に謝る。

「悪かったわ。失礼しました」

 言いたいことを言い終えたのかリーシャは落ち着いて席に着いた。

 リーシャが席に着くと店は活気を取り戻したように元通りになった。ミナトは安心したのか胸をなでおろす。

「なるほど。僕が食事に誘って彼、ミナト君を篭絡しているのを怒っているんだね」

「篭絡ってシャルルさん、大げさな」

 一安心したと思ったらまたリーシャの地雷を踏み倒す勢いでシャルルはリーシャをおちょくった。

「意外と可愛いところがあるじゃないか。でも、独占欲が強い女の子は嫌われてしまうよ」

「そっ、それとこれとは関係は別です。私は、ただ彼に頼みたい事があって、それをシャルルが邪魔したから」

「うんうん、だそうだよ。ミナト君」

「そのことだけど俺は、忘れていないよ。リーシャの頼み事は、食事の席で聞こうと思っていたんだ。で、その頼み事って何かな、俺にできることなら何でもするけど」

「良かったねリーシャ、ミナト君がこういう人間で」

「……うん……」

 先ほどの言動がとても恥ずかしくなりリーシャは顔を隠す。そして、頷いた。

「それじゃあ、その頼み事やらを聞こうか、僕も気になるからさ」

 三人の目がリーシャに集まるとリーシャは端的に目的を口にする。

「魔龍王のアニマが欲しいの。そのために力をかしてくれない」

「そんな事、なんだ、簡単じゃん。一緒ダンジョンに行ってアイテムゲット。お金を貸してとかだったらどうしようかと思った」

 ミナトがそう楽観視していると、ミクリヤだけが異をとなえた。

「ちょっと待て、魔龍王のアニマといったら、QW最強の龍、ジークブルムから獲れる上級レアアイテムじゃないか。そんなの俺たちじゃ無理だ」

「えっ、無理なの」

「無理も何もまず不可能だ。ジークブルムの討伐なんてエントマの比じゃない。死に行くようなもんだ」

「それにジークブルムは二年前にQW最強の龍殺しの英雄が倒してもうこのQWには存在していない」

「一体どういうつもりだ。存在していなものを欲しいだなんて」

「それは……」

 納得していないミクリヤの反応にリーシャは口ごもる。

「まぁまぁ、落ち着いて、ミクリヤ、リーシャどうしてそんな不可能な事を頼んだのか教えてくれるよね。僕はそこを聞きたい。じゃないとミクリヤもミナト君も納得しないよ」

 すると、リーシャは食器をどけて自分の武器である『デモンズシャフト』をテーブルに置いた。

「『デモンズシャフト』の強化に魔龍王のアニマが必要なの」

「それって、完成形じゃなかったの」

「魔導の神髄である『デモンズシャフト』は全ての魔を統べた杖と魔本を合わせた武器よ。けれど、私がこれを手にした時には、未完成でまだ神髄には至っていなかった。そして、神髄へ至るには魔龍王のアニマが必要なの」

「しかし、ジークブルムは討伐されて新たなジークブルムの報告はない。当てはあるのかい」

「ジークブルムがかつて巣くっていた上野の森の奥にある洞窟の最下層にあるという情報を耳にしたわ。確かな情報ではないけど行ってみたい、お願い力をかして」

「なるほどね。よく分かった。うんうん、そういうことね」

「どういう事ですか、シャルルさん」

「何簡単だよ。上野の森の洞窟はジークブルムが消えたあとアンデッドや死霊たちの住処になっているのさ。リーシャそういう類いのモンスター苦手だったもんね」

「に、苦手じゃない。ただ、物理法則を無視した特性が厄介なだけよ」

「だから、ミナト君に一緒に来てほしかったんだよね」

 シャルルはニコニコしながらリーシャを見る。

「そっ、そうよ。だから、一緒に上野の森の洞窟に行って下さい」

 頭を下げ、リーシャはミナトに一緒に来てくれと頼み込んだ。

「いいよ。最初からそのつもりだったし。だよな、ミクリヤ」

「おう、アンデッドなら俺たちでもなんとかなる。それならまだ、楽勝って言っていいくらいだ」

「リーシャの頼み事を受け入れるくらい問題ないよ。俺たちはもう仲間なんだから」

「ありがとう」

「それじゃあ決まりだね。リーシャの魔法には聖属性の魔法もあるからサポートは任せるといい。ミナト君のレベルアップにも最適な場所だ」

「じゃあこれから上野の森に」

「待ってくれ!」

 行こうとミナト言おうとした矢先に向かいのテーブルから声がかかった。

 その人物はテーブルから立ち上がるとミナト達に近づいた。

 狩猟ゲームのように全身黒の鎧で覆われている。こんなにも目立つ格好で向かいの席にいたのにミナト達は気がつかなかった。

 何より、背中に抱えている大きな剣は見る者を圧倒していた。

 まるで、気品あふれるレストランがゴロツキの集まる酒場となったようだ。

「突然すまない。私もその上野の森の洞窟に同行してもいいかな。一緒に行くはずの友達がドタキャンしてしまって困っていたんだ。一人じゃ不安だったところに君たちが上野の森の洞窟に行くって聞いたものだからつい」

 神出鬼没に現れた男はそう言った。

「いいですよ。多い方が僕らも助かりますし」

 ミナトが何も考えず動向を許可するとミクリヤが首を掴んで引っ張るとミナトの肩に手を置いた。

「何だよ、ミクリヤ」

「どう見たって怪しいだろあれ。顔も見えない全身鎧でドタキャンってそんな偶然がありえるか。それにこれからダンジョンに潜るプレイヤーがこんな場所で待ち合わせ何てするかよ。絶対何か企んでいる」

「私もそう思う。あんな格好だったのに私たちが気付かずいきなり現れたのよ。きっと、潜伏のスキルを使っていたに違いないわ」

 二人の間にリーシャも入って来ると男の存在を疑った。

「そうかなぁ」

 二人の話を聞く限り怪しさ満点に思えるがミナトはどうもそうとは言い切れなかった。

 とりあえずミナトは男に理由を聞くことにした。

「上野の森の洞窟になんの目的で行くつもりですか。事と次第によっては同行できません」

 気は乗らないが二人が疑うなら仕方ない。ミナトは自分の身体より一回り大きい男のヘルムを見上げ尋ねた。

「そんな大きな目的はないよ。上野の森の洞窟にあるアイテム『死者の灰』が欲しい」

「『死者の灰』は簡単に獲れるトレジャーアイテムだ。特殊な武器の素材には多く必要で上野の森の洞窟はその『死者の灰』が多く取れるから、彼の言っていることに間違いはないよ、ミナト君」

 シャルルさんが言っているのなら疑う余地はないだろう、ミナトは自分たちの目的を男に話す。

「俺たちは上野の森の洞窟の奥に眠る魔龍王のアニマを獲りに行くつもりです」

「おい、ミナト! それを言ったらリークされるかもしれないだろバカ」

「大丈夫だよ、ミクリヤ。そんなに悪い人には見えないし。いいですよ、その代わり僕たちの目的にも協力してください」

「君たち魔龍王のアニマを手に入れるため洞窟へ行くのかい。それは、私としても本気を出さないといけないな。もちろんリークはしないさ、私の名はギークと呼んでくれ」

 男は了承しミナトと握手をした。

「なら、善は急げ。僕がお金を払ってあげるから行きなさい、冒険へ」

シャルルに支払いを任せると三人はギークと共に上野の森の洞窟へ出発した。

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