難易度

ミナトにしてみれば本日二回目の自由落下、ジェットコースターのようにふわっとする感覚がいきなりやってくるのはいくら二回目とはいえなれないものだ。

「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「叫ぶな、それよりもミナト目の前を見ろ。大変なことになった」

 叫ぶのをやめミナトは前を見る。巨大な影が二人を凝視している。

 地面へ着地と共に大地を揺るがす咆哮がまたあがる。

「Gyaaaaaaaaaaaaa!」

 それは先ほどのエントマを30倍にも巨大化させた蜘蛛の化け物だった。先ほどのエントマがモンスターならこいつはまごうことなき化け物だ。

「こいつがエントマ大量発生の原因だ。こいつがあいつらの親なんだ」

「なら、俺たちに子供を殺されて怒っている」

「間違いなくな」

すると、『クエスト エントマクィーンの討伐 難易度:5』に内容が変更された。クエスト変わり、難易度のレベルまで上がった。

「どうすんだミクリヤ」

 ミナトはミクリヤに対応を仰ぐ。難易度:5といったら初心者と経験者二人がかりで倒せるようなクエストのレベルではないのは明らかだ。

 更に軽めのクエストだと思っていたので巨大モンスターを相手に出来るような装備を整えていない。

「どうするって何もここは一旦引き下がるしかないだろ」

 しかし、引き下がるとは言っても二人はエントマの巣に落ちている。周りは巨大な空洞で出口は見当たらない。

 唯一の出口は二人が落ちた地面の穴のみ。しかしエントマクィーンの攻撃をかわし壁を這い上がって穴を抜けるなんて到底できるわけがない。

「無理だ」

 ミナトも考えたが馬鹿でも分かる。エントマのテリトリーの中に入ってしまった以上ここから逃げることなんて不可能だ。

 事態が急変し絶体絶命となる、そんな中ミクリヤは槍を構える。

「仕方ねえ。俺がこいつを引き付けるからミナトお前だけでも逃げ……」

 その直後鋭い巨大な爪がミクリヤの頭を吹き飛ばした。

「えっ?」

 吹き飛ばされた頭は壁に激突し、ぐちゃっと音を立ててまるでトマトがつぶれたみたいに真っ赤な壁絵を作りあげる。

 ミクリヤの身体は剣で首を斬られたように垂直の切断面ではなく、強制的に首をもがれたみたいにまばらな切断面をあわらにさせていた。

 一瞬に起きた出来事を視覚情報で整理しているがミナトはまだ何が起こったのか理解できていない。

 すると、ようやく理解したのか声が遅れてミナトは叫んだ。

「ミクリヤァァァァ!」

 ミクリヤは事前にミナトに身代わり人形を渡していたのでカバンにない。なので、エントマの攻撃を回避出来ずくらってしまった。

「チクショ、あれがフラグだったのかよ」

 ミナトはミクリヤというセーフティーゾーンから一瞬でデスゾーンに放り出された。

 エントマクィーンはというと友が消えたことに嘆いているミナトを無視し首のもげたミクリヤの身体を起用に掴むと、そのままオペでもするみたいに内臓を取り出し口に運んだ。

 ムシャムシャとミクリヤのユニットを咀嚼する音が聞こえる。

 ザーっと地面に大量の血が落ちて、まるで本物のように鮮やかだ。

 ゲームで出来たデータのはずなのに体の内部もリアルに作られているとは思ってもみなかった。

「うぇ……」

 直後にとてつもない吐き気がミナトを襲い、耐えることなく吐しゃ物を地面に吐いた。

 ゲームと分かっているのに恐怖し足が震える。ご丁寧に状態異常恐怖って表示されていた。大粒の汗がしたたり落ちて、呼吸が乱れる。

痛覚ありにするのはやめた方がいいとモモシュシュさんに言われた意味をようやく理解する。QWは痛覚ありでやると耐えきれないのだ。

「やめてくれ……」

 かすれ声でミクリヤのユニット体に手を伸ばすが届くことはない。ただ、むさぼりつくされるがまま。

「それ以上俺の仲間の身体を傷つけないでくれ……」

首をもがれたぶん意識があるよりかはましだろう。意識があって腸を一つ一つ食べられる気分は痛いどころじゃ済まない。

 するとようやくミナトの声が届いたのかミクリヤのユニット体をエントマクィーンが無惨に投げ捨てミナトを見た。

 現実でミナトが見た一番大きい動物はキリンだ。けれど、そのキリンよりも遥に巨大な化物がこちらへ敵意を向けて迫ってきた。

 が、ミナト既に戦う意思を失っていた。目の前で身体が食べられていくのを目の当たりにしたのだ。ミナトの意思は逃げることに集中していた。

 しかし、恐怖がそれを許そうとしなかった。

「動け、動け、動けっ!」

 ミナトは足を叩き叫ぶが足がすくんで動けないでいた。

「なんでだよ、俺の足動けよ。状態異常のせいだってのかよ」

 通常のゲームなら仲間が死んだとしても、あ、死んだドンマイ。で終わるが、先ほど見た友の死はまごう事なき死そのものでミナトの目にしっかりと焼き付いていた。

「現実だ……」

 深い闇の底へミナトは落ちていく。ゲームだからと甘く見ていた。

 この世界はゲームの中であってゲームじゃない。ちゃんとしたそこに在る世界なんだと改めて認識させられた。

 膝をつきとうとう立てなくなってしまう。もはやトラウマになるレベルだ。

「初心者にこれはハードすぎだろ」

 そうしている間にエントマクィーンの爪がミナトめがけて突き放たれる。

「このまま死ぬのか。身代わり人形が二つあるから二回は回避できるか」

 涙がこぼれ。諦めの言葉を吐く。

「三回目は回避できない。さぞかし痛いんだろうな……チクショウはじめて一日もたっていないのに死ぬなんて情けなさすぎだろ俺」

 せめて一撃で終わらせてくれと願い目を閉じた。エントマクィーンの巨体の爪の槍がミナトの頭に直撃する瞬間だった。

「【ヴェローニジェローナ】!」

 声と共に光りの精霊が現れエントマクィーンの爪を弾き返した。

 そして、ミナトの前に銀の髪をなびかせた鎖につながれた魔力を帯びた魔導書と杖を持ったソーサレスの少女が現れた。

「何してるの、はやく立ち上がりなさい!」

 少女の声に反応し恐怖が解けたように素早くミナトは立ち上がった。

「助かったのか……」

「いいえ、まだよ。私もこの巣の中に落ちてしまった以上あいつを倒さない限りここから抜け出すことは出来ない。一つお願いしてもいい」

 危機は去っていない。まだ恐怖が抜けていないミナトに彼女は頼み事してきた。

「何ですか」

「私がエントマクィーンの攻撃を抑えるからあなたが倒しなさい」

「そんな……で、でも……」

 無茶苦茶なお願いだった。はじめたばかりのミナトではエントマクィーンを倒す力なんてない。

「なにうろたえているの。この防御魔法は強力だけど攻撃にシフトできないのが難点なのだからあなたがエントマクィーンをやってちょうだい」

「無理です……」

 自然とミナトの口から出てきた。

「俺じゃ無理なんです。あいつを倒す力を持っていません。俺はまだはじめたばかりであなたのように強くはない」

「強く……あなたふざけているの。私はそんなに強くはない。私だけじゃない他の人も同じ。どんなに強い武器、アイテムを持っていてもこの世界では簡単に死ぬの。初心者とか関係ない。レベルが存在しないっていうのはそういう事よ」

 彼女はこの世界での生き方をミナトに説教でもするように教える。

「死ぬのが怖い……なら戦いなさい。戦って生き抜かなければこの世界ではやっていけない。それが嫌ならQWから出ていきなさい」

 彼女の強い意志をもった言葉にミナトは思い出す。自分が何のためにこの世界にやってきたのか。

「そうだよな。俺はこの世界で生き抜くって決めてずっと待ち望んでいたんだ。こんなところで終わりたくない」

 ミナトは残り少ない弾をセットして銃を抜いた。倒す。それ以外にミナトが生き残る道はない。死んだら二日間もこの世界から消える事になる。そんなのは嫌だ。

 はじめた初日で死んで、二日もスポットに行けなくなるのは放置プレイ以上に地獄だ。

「……gaaaa」

 しかし、ミナトの覚悟を打ち砕くように直後うなり声と振動が背後から伝わった。

「危ない!」

 咄嗟の判断だった。彼女が防御を捨てミナトを突き離す。

 次の瞬間ミナトの顔に血が飛びつく。彼女の胸がミナトの背後から伸びた爪に貫かれていた。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaa!」

 後ろから大きな声が轟く空間が揺れ騒ぐ。

『クエスト エントマクィーンとエントマキングの討伐 難易度:7』に変更された。

 二体の巨大モンスターの板挟み状態になりミナトに更なる絶望がふりそそいだ。

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