ダイバー王国①
風圧がかかり、引力が地面と身体を引き寄せる。
ミナトは地面に向かい落ちていた。
周りを視ると、青空が広がり太陽が世界を照らし輝いている。そして、ボフッっと音を立てて雲に激突し瞼が強制的に閉じられた。
「雲。ここは上空。これ落ちたら……即死! 嫌だ。ゲームはじめからこんな死に方するなんて」
今己の身に起こっている事実を把握し、死への恐怖を感じ取った。さながら、スカイダイビングをしてパラシュートなしで空に飛び込んだ気持ちだ。
「どうしてこうなった」
直近で言えばモモシュシュの部屋の悪口を思い浮かべたことだ。しかし、それは心意能力の発動の事で帳消しになったはずで、こんなひどい仕打ちを受ける覚えはミナトにはなかった。
「とりあえず、謝るから誰か助けてー」
などとうろたえるがここは上空で誰一人としてプレイヤーはいない。いるとすれば空を飛ぶ鳥くらいのものだ。ミナトを助けてくれるものは誰もいないのだ。
このままミナトは回避する手段なく下へ真っ逆さま、地面に激突しユニットは粉々に砕けてゲームオーバー。
「こんなログインの仕方あるかよ」
運営に文句を言うだけじゃない、クソゲーだと星1の評価をたたき出したいくらいだ。
それでも落ちている事実は変わらない。ミナトは深呼吸して心を落ち着かせる。
心を落ち着かせると、見えてくる景色もある。
自分が落ちている先を見渡すと、周りを海に囲まれ、巨大な塀で防衛された国があった。
ミナトは海の光が青々と反射してくるその国に目を奪われた。
「あれが、お台場、まるで別世界だ。これがQWの世界……」
言葉を失いミナトは自分が落ちていることさえ忘れる。
『ダイバー王国 王都セルリアン』と画面に表示された。
どうやらテレビの建物がこの世界では城になっているみたいだ。街は西洋ファンタジーを模したつくりでまるで異世界だ。ARゲームと感じさせないクオリティ、この世界が同時空に存在していたなんて世界の神秘とさえ思える。
「すげぇ、まるで本物だ」
落下していく風の圧。乱れる呼吸。肌の感触。そしてこの心臓のバクバク。
現実だ。
「って感動している場合じゃない。この状況をどうにかしなといけない」
自分の置かれている状況を思い出した。あと数秒もすればミナトは街の中心に激突する距離にいる。もう、うろたえる余裕なんてない。
ミナトはホルスタからすかさず銃を取り出した。
「銃の反動で勢いを殺す。多少ダメージは負うが死ぬことはないだろう。リロード」
地面に銃を向け、ガンスリンガーのケーパビリティであるリロードをかけた。
が、このときミナトは重大な事に気付いた。
「弾がない……死ぬ、死ぬ、死ぬ、ぶひゃぁぁ」
ミナトの頭の中で走馬灯のように思考が加速した。ガンスリンガーはボックスにある銃を補填しながら戦うジョブなのでボックスに弾がなければ弾丸は補填されない。
弾丸は生成するか買うかの二択。初期装備に弾丸は入っていなかった。
したがって、リロードしたところで弾丸は銃に込められない。
ゾンビゲームでパニックになった時のような奇声をあげ、ミナトは地面に激突し大きな土煙をあげながらQWにたどり着いた。
「いてぇぇぇー。あれ……俺まだ生きている」
激突の瞬間全身が骨折したように痛みをあげ、赤ん坊が生まれた時のような大声でミナトは叫ぶ。
それでも痛みによる世界からのプレゼントは直ぐにひいた。
ミナトは手足を動かす。痛みは絶大だか、死んではいないようだ。それに無傷。そのことにミナトの心はほっとした。
「ひどい目にあったけど何とかダイブできたみたいだな」
「大丈夫? 立てますか」
ミナトが息を整えていると後ろから誰かが声をかけてきた。
後ろを見ると、ウィザードだろうか、大きな魔女の帽子に黒のローブで身を包んだ大きな杖を持った女の子がいて手を差し伸べてきていた。
「ありがとう」
差し伸べた手をとりミナトは立ち上がった。
「君、初心者でしょ」
女の子はミナトが初心者だと言い当てる。そのことにミナトは驚きを隠す気もなく普通の反応をする。
「えっ、なんで分かったの」
「初心者はみんな最初空から落ちてくるんだよ。なんでも異界からやってきた冒険者が天空から降りてくるっていうストーリーでQWの世界に降り立つんだ。まぁ、空から落ちるのは今では運営のサプライズみたいなものになっているけど」
「心臓に悪いサプライズはやめて欲しいかな。おかげで死んでしまうと勘違いしてしまったし」
「あはは、そうだね、私も最初は驚いたよ。でも二度目はないよ。もし、次同じようなめに遭ったら全身の骨が砕けて物凄い痛みと苦痛で死ぬから」
女の子はまるで実体験のように語ってみせた。運営のダメージ判定の消去はこれが最初で最後みたいだ。
「そうならないように気を付けます」
「そう、それで君はこれからどうするの、何なら私がいろいろ案内してあげようか」
なんて親切な人なのだろう。初対面の相手にここまで優しくしてくれるなんて、彼女の親切心はうれしいが育也を待たせているのでミナトは断る。
「すみません、友達と待ち合わせしているので、お言葉だけもらいます」
「分かった、ならこれをあげる」
女の子は自分のボックスからタネを取り出した。ミナトは覗き込むように見るが、どう見ても普通の花のタネにしか見えない。
「このタネは何ですか」
「これは、とても素晴らしいタネ。このタネを持っていると、モンスターを倒した時のドロップアイテムが2倍に増えるの」
QWではモンスターからドロップされた素材や環境素材を使って武器や防具を作ることが出来る。レア度の高い武器は同じ素材が何十個と必要となるので、目の前にあるタネは素材を集めるのにとても役立つアイテムだ。
「本当ですか……でも嘘ついていませんよね?」
しかし、ミナトは疑いの目を彼女に向ける。モモシュシュさんに口酸っぱく気を付けてね、と言われたことが思い出される。
「そんなわけないじゃない。私はただ初心者のきみの手助けをしたいだけ、なんならもう一ついいものをあげようか、だからカバン開いて」
基本的ミナトは人がいいので相手の親切を無下には断れない性格だ。そのため、彼女の優しさをこれ以上否定できない。
「分かりました、とりあえずもらいます」
マスコミの如く強引に迫ってくる彼女に押されミナトは仕方なくカバンに手をかけた。
「フフッ……」
彼女の口元が吊り上がり邪悪な微笑みが現れる。しかし、ミナトはバックを開けるため下を向いているため気づかない。
今にもバックの口が開かれようとした瞬間だった。
「待ちな!」
ミナトのバックを開けようとする手が止まる。
超えのした方に振り向くと、樹の物陰からドラグナーが現れてミナトと女の子の前にやってきた。
「お前、こいつのカバンを開けさせて何をしようとした」
ドラグナーは女の子の腕を強くつかむと問いただした。
「やだなぁ、私はただ親切に便利なアイテムを送ろうとしただけだよ」
「ほう、そうか、この『搾取のタネ』がね。便利アイテムか」
握っている手に力を入れ、ドラグナーはタネの名を明かした。
「搾取のタネってまさか」
タネの名を聞いてミナトはおおよその効果を連想した。
「思っている通りだ。このタネを相手に持たせると、渡した相手に対して自動的にお金を搾取され、一文無しになる。便利どころかとんでもないクソアイテムだ」
ドラグナーはタネの詳細を説明した。もしも、それが本当ならミナトは騙されたことになる。
「搾取のタネなんかじゃないよ。このタネは正真正銘ドロップアイテムを2倍にするタネだよ」
「まだごまかすか、ここで鑑定スキルを使ってもいいんだぜ」
すると、女の子はドラグナーの掴んでいた手を強引に振りほどくと、性格が変わったように口がわるくなった。
「チッ、あと少しだったのにバラすんじゃねーよ。この野郎、おいそこの初心者そいつも同類だから気を付けな」
舌打ちして女の子は二人の前から去っていった。
女の子の急変を見て、ドラグナーの言っていたことは正しいとミナトは判断できた。
今回は窃盗ではなかったが本当に初心者を騙す悪いプレイヤーがいるみたいだ。モモシュシュさん曰くミナトもその犠牲者になりかねなかった。
「一件落着。このあたりで待っていてよかったぜ。ったくお前はお人好しなんだから、裕翔」
ドラグナーはミナトのリアルネームを口にした。そして、このドラグナーの正体をミナトは知っている。
「お前、育也か」
「おっと、リアルネームはなしだ。今の俺はミクリヤ。ミクリヤ=アイランドだ」
ミクリヤのステータスが表示される。育也で間違いない。
「へードラグナーにしているのか。やはり槍をメイン武器にしたジョブになんだな」
ドラグナーは己を龍の化身見立て、龍の軌跡を駆使して戦う槍系のジョブだ。
育也は昔から槍を使うキャラを操作していた。なので、QWで槍をメイン武器にするのは必然の事だ。ミナトはミクリヤの容姿を見る。
「龍の鱗を見立てた全身鎧に龍の破壊の象徴を司る槍か」
「そういうお前こそ銃を使うジョブだな。ホワイトホークにレッドカドラスねえ。まるで防御なんて考えてないアホな装備だ」
ミナトの軽装と銃を見てミクリヤは皮肉を言う。
「いいだろ回避率は高いんだから。バフデバフを持つホワイトホークに攻撃力の高いレッドカドラスの二丁拳銃、バランス的には悪くない」
「まぁいいか、お前がいいなら、それにしてもまんまと引っかかったな。少し様子を見ていたが、あと少し俺が割って入るのが遅かったらたらお前のお金は全て盗まれていた」
QWではお金を結構使うらしいからお金が無くなるのは絶望的だ。それに、ミナトのジョブガンスリンガーは弾を補充しないと戦えないので、あのまま搾取のタネを受け取っていたら開始早々何もできなくなるところだった。
「助けてくれたのはうれしいけどもう少し早くきてくれよ。それにしても悪さする連中は本当に要るんだな。ジョブクリエイトの時に凄く言われたけど、まさか自分が引っかかるなんて」
普通のゲームだったらあんなにも堂々と悪事を働くことはしない。いやできない。運営に通報されてアカウント停止になるからだ。
しかし、QWは違う。なんでもありを象徴するこの世界はリアルで起きる事象と寸分も変わりないのだ。そのリアルさがQWの魅力の一つだ。
「いるんだよ。何も分からない初心者にいい話を吹き込んで搾取の種を持たせる奴やいきなりバッグを破壊して強引にお金を盗む輩が。稼働初期はそんなことなかったが、初心者は皆、最初空から落とされることは周知の事実だから分かりやすいカモになる」
「いきなりバッグを破壊されなかっただけでもよしとしとくよ。それだったら俺は地面に両手をつき泣いていたかもしれない」
「お前がお人好しだから、気をつけろよ。QWはリアルと変わらない、それだけは肝にめいじておけ」
いや、実際泣いていただろう、そのままミクリヤに泣きついて借金するまである。
「でも、それでミクリヤは俺を見つけられたんだよな。待ち合わせしてなかったし。助けてくれてありがと」
ミナトは改めてミクリヤに笑顔でお礼を言った。
「そんな顔するんじゃねえ、バカが。ほらさっさと行くぞ」
照れくさそうに顔を赤くしてミクリヤはミナトから顔をそらすと早足で歩いた。
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