ミナト・ナイトウエイブ

ふわふわ―。

 甘い香りが漂い、鼻孔が女の子の香りで包まれる。あたりは羊の毛に似たもこもこのベッドがあり天井は青空のように薄青い。

「へっ……」

 気がつくと裕翔は、モフモフの物がいっぱいのメルヘンピンクな空間にいた。

 ファンタジーの世界というよりはまるで誰かの夢の中のようだ。

「ここって……〈QuantumWorld〉だよな……」

 イメージとあまりにも違ったので驚きよりも不思議な感覚に裕翔はなる。

「間違いなくここは〈QuantumWorld〉だよ~」

 すると、空間の奥からけだるげなかわいい声が聞えた。

 裕翔が声のする方へ顔を向けると、桃色のブロンド髪で今にもこぼれ落ちそうな双丘を胸にたずさえたまるでおとぎ話に出てくるお姫様のような女の子がもこもこのベッドで寝ていた。

 女の子はベッドから降りる気配はなく、否応なしに裕翔は彼女に近づく。

「こんにちは、お邪魔しています。というより寝ていらっしゃいますか?」

「眠っていないよ~、もふもふ。ようこそいらっしゃい。QWへ」

 半開きの瞼をこすりながら彼女は裕翔見る。

「そうなんですね……というか俺が来るまで絶対寝ていましたよね」

 戸惑いはあるがここが〈QuantumWorld〉で間違い無いようだ。

「いやいや、それは仕様、違うデフォルトだから~」

 女の子はモフモフの毛玉の生物クッションを愛でながら返事を返した。

「設定なんですね。すみませんがあのここはどこですか、QW内なのは分かったのですが」

 QWの映像やプレイ動画を見たことはあるがこのような場所は裕翔も見たことがない。まるで別のゲームをプレイしているような気分だ。

「え~、ここは私の部屋(ルーム)?」

 女の子は首を傾げ裕翔に助けを求めるように困り顔をする。

「疑問形で答えられても……」

 話が通じない。というよりなんて作りこまれた設定なんだ。

「あのーここはゲームのログイン部屋であってます?」

 とりあえず裕翔は推測されるこのメルヘンチックな場所を疑問形で問いかけた。

「そうだよ~。ここで、色々設定してからQWの世界へ送り出す。私の名前はベルモモシュシュ。モモシュシュって呼んでね。で、君の名前は」

 裕翔の推測は当たったがどうして運営はこんないつまでもいたら頭おかしくなりそうなログイン部屋を開発したんだと心底不安になる。体感でもう10分は過ぎている気がする。

「今、すごーくここの部屋の悪評を頭に思い浮かんだでしょ~」

 バレた。心を読み取れるのか、とりあえず裕翔は謝罪し自己紹介することにした。

「ごめんなさい、モモシュシュさん、よく見たらいい部屋ですね。俺の名前は裕翔、夜波裕翔です」

「分かればよろしい~。だけど、のんのん。こっち(QW)の名前」

 すると名前を入力する画面が裕翔の目の前に現れた。

「そっか、一応ゲームの世界だしリアルネームは伏せるよな」

 QWでは本名でプレイする人も多いらしいが、それじゃ味気ないと思い裕翔は以前からゲームでよく使っている名前を入力した。

「ミナト・ナイトウェイブです」

 単純に苗字を英語にして名前をもじっただけだ。

「ミナト……ないとウェイブ」

 ナイトの発音が違う気がするが、モモシュシュはぽかーんっと名前を読み上げ締まりのない顔をさらしている。

「ミナトでもウェイブでもどちらでも好きな呼びやすい方で呼んでください」

「ならウェ~ブ」

 ぽかーんとした表情の奥からなんとも楽しそうな笑顔が込み上げ、モモシュシュはミナトをからかった。

「それはやめてください。なぜ、巻き舌」

「冗談~。ウェイブだね~」

 何故か冗談には聞こえなかった。モモシュシュがきまり悪く顔をそらしたからだ。


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