ダイブ

『QW、クォンタムワールド。君は今無限の可能性と世界を手に入れる』

 パネルから大々的に流れる広告を前に二人はお台場にあるスポットへとやってきた。

 都内には各所至る所にスポットがあるのだが、このお台場のスポットは都内一の広さを誇り多くのユーザーがここで〈Quantum World〉をプレイしている。

 自動ドアを潜り抜けるとそこは近未来的な機械で出来た空間ではなく観葉植物が置いてありカフェも併設していてちょっとしたホテルと変わらない雰囲気だった。

 ハイテクノロジーを駆使して作られているゲーム割には普通に過ごしやすい空間で、裕翔の予想とは違い目を丸くしていた。

「いらっしゃい。あっ、育也君、そして君が例のお友達ね」

「こんにちは、茜さん」

 スポットに入ると早速受付の人が話しかけてきた。

 育也とは顔なじみのようで笑顔で迎えてくれた。

「夜波裕翔です。今日はよろしくお願いします」

 事前に育也からQWについて説明する人を付けてくれると話を聞いていたので茜さんがその人だとわかり裕翔はあいさつした。

「育也くんから聞いているわ。もう準備は出来ているからユニットを作るための身体検査をはじめましょう」

 ユニット。

〈QuantumWorld〉へ行くにはあちらで活動する身体、ユニットが必要となる。

 そのユニットを作成するにはリアルな身体的な情報が必要なため、はじめてプレイするユーザーは皆この身体検査を受ける事になる。

 正確な身体データをもとにユニットを作らなければあちらの世界へは行くことが出来ない。なので、身体検査を無視してプレイすることは不可能だ。

 身長から体重様々な検査を終えてその情報を元に〈QuantumWorld〉での活動体ユニットが作られる。

 そのユニットをあちらの世界へ送りその中へ自分を取り込むことによってはじめて〈QuantumWorld〉の世界へ行けるらしい。どういう仕組みでそんな風になっているのか裕翔はチンプンカンプンだ。

「後はこれを入力してと……」

 ダブレットで裕翔の身体データをユニットに茜さんが送り込むと、フルコンプリートと画面が表示された。

「いいわ。これで裕翔君のユニットは完成しました。これであっちの世界で遊べるわよ」

「ありがとうございます。このユニット体はQWにもうあるんですよね。それにしては何も身に着けていない気が……」

 裕翔は不思議そうに画面を眺めた。

 出来たユニットを見ると何も身に着けていないアバターだけが画面に現れていて裕翔は不安になる。それどころか、顔も目も口もないただの模型だ。

「大丈夫、キャラメイクはあっちに行ったら行われるから、これはまだ空っぽのままなの、裕翔君が入ることによってはじめて〈QuantumWorld〉の世界に降り立つの」

「はぁ、よかったー、この何もないユニットが俺なんじゃないかと焦りました」

 身体検査で何か不備があったのではないかと疑ったがそんな事はなく裕翔は安心して胸を撫でた。

「茜さん、ありがとうございます」

 改めて裕翔は茜さんにお礼を言う。

「いえいえ、これが私の仕事ですから。後はあっちに行っていろいろ行うことがあるけど、こちらでの質問はない?」

「大丈夫です」

「そう、ならこちらの世界でやることはほぼ終わり、後はあっちに行って、設定とかいろいろやるからダイブしましょうか」

 いよいよ〈QuantumWorld〉に行けると喜びとワクワクで裕翔の笑顔が込み上げた。

 もう待ちきれない様子だ。

 受付に戻ると椅子に腰かけた育也がいた。どうやら、裕翔のユニットが完成するまでここで待っていたらしい。

「終わったか、裕翔、ってお前顔に書いているな」

 裕翔の顔はもはや目の前に餌を置かれたペットと同じ顔になっていた。

「お前の苦節を思うとその顔になるのも無理はないよな。なら、俺は先に行っているからキャラメイクしたら集合だ」

この後の予定を簡潔に済ませて二人は茜さんについていく。

「いいね、それでこそ青春だね。それじゃ初QWに行きましょうか」

 二人を羨ましく眺めながら茜さんは二人をダイブスポットスペースに案内する。

 受付カウンターから右横の自動ドアを抜けるとネットカフェのような個室が何個も連なったスペースがあった。

 どうやらこの個室の中にダイブするスポットが配置されているようだ。

「今はここが空いているから使ってね」

 案内されたのは二人用のダイブスポットだった。

 育也は案内されるや否や迷わず手前の椅子に腰かけると、自分のユニットデータの入ったデバイス機械にセットした。

 セットされると機会がデータを読み取り、熱を帯び始める。

「じゃ、お先に」

 椅子の前に設置された球体に育也が手を置くと身体がどこかへ飛ばされたようになくなった。

「消えた! 本当に別の世界に行っているのか」

 今まで半信半疑だったが本当に〈QuantumWorld〉という量子的な世界は存在するのだと改めて裕翔は認識した。

「驚いた。私も最初はそんな世界ないと思っていたけど、この業界で働いていくうちにだんだんとその存在を認めていくようになったわ。それじゃあ、椅子に座って、育也君がやっていたようにすれば行けるから」

 どうしたらこんなゲームが作られるのだろう。技術の水準がはるか先の未来を行っている。感動と歓喜の喜びで裕翔は身体が震えた。

 その様子を見ていた茜さんがにこやかにほほ笑んだ。

「育也君から聞いていたけど本当に楽しみにしていたのね」

「はい、このゲームをプレイするためにいくつもの苦難を乗り越えてきたので」

 いくつもの苦難って、と茜は思ったが裕翔のキラキラした目を見ていると、言うのは不躾だと思いやめた。

「ダイブすると更に驚きが待っているから期待しかしないでね」

 裕翔の遊び心をくすぐるように茜は煽った。

 裕翔は奥の椅子に座り茜から渡されたデバイスをセットする。セットすると育也の時と同じように機械がデータを読み取り、熱を帯び始めた。

 育也がやったように裕翔も手を球体にかざし触れる。

 やっと、やっとだ。やっと、QuantumWorld〉に行ける。胸が高鳴り心臓の鼓動がどくどくと脈打つ。

「行きます」

「いってらっしゃい、可能性の世界へ。私はあなたの持つ個性を尊重します」

 マニュアル通りの茜さんの言葉を聞くと同時に裕翔はゲームのスイッチを起動した。

 瞬間、裕翔の身体は現実の世界から離れもう一つの世界へダイブした。

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