裕翔と育也
2065年7月21日。
キーンコーンカーンコーン。
ミシミシと蝉しぐれが鳴り響く中、終業のチャイムが鳴った。
「やっと終わったー」
テストの緊張感がとけて夜波裕翔(よるなみゆうと)は体重で熱くなった椅子から立ち上がり解放感に浸っていた。
「それじゃさようなら」
テストが終わって気持ちが和らいでいたが、突然何かを思い出したように裕翔はこうしちゃいられないとカバンを手に持ち急いで教室を出ようとした。
「裕翔、まだテストデータが送られてないぞ! 補習をしたいならそれでもいいけどな」
すると、担任からテストデータ送られていないと嬉しそうに呼び止められた。
「あっ、そうだった。危ない、補習になるのだけはごめんだ」
七月の期末テストが終わると待っているのは夏休みだ。テストデータを送らなければ当然採点はつけられない。従って強制的に赤点となり夏休みは補習でなくなってしまう。
裕翔はテストデータをまとめ、担任のタブレットに送った。
「一応空欄は無いようだが赤点はとってないよな。まさかカンニングとかは……」
渡されたテストデータの答案をくまなく担任は見ると裕翔をじろりと見て疑いの目を向けた。
「そんなわけないじゃないですか先生。カンニングなんてバレたら夏休みが終わる。このために寝る間も惜しんで勉強したので」
夏休みがなくなることだけは勘弁してほしいと裕翔は思いながらカンニングはしていないと否定した。
「そうかならいいが、夏休みだからといってハメを外し過ぎるなよ。毎年そういうバカを何人も見てきたからな」
「大丈夫ですそんな危ないことはしませんから。それじゃ俺、やることがあるので、もう行きますね」
小学生の子供が何か待ちきれないといった表情で裕翔は教室を飛び出していった。
「廊下は走るな! それと一つでも赤点を取っていたら夏休みは無いぞ。……全く聞いちゃいないな。トラブルに巻き込まれないといいが……」
担任は半ば不安を抱きながらも裕翔の背中を見送るのだった。
心が躍る。
思えば長い道のりだった。この日の為にどれだけ我慢したか。
配信当日は中学二年の冬でこれから高校受験に向けて頑張るぞと気合を入れている矢先に〈QuantumWorld〉がブームとなった。
裕翔は頭がいい方ではない。正直言ってバカだ。今から勉強しないと希望の高校に行けないという現実を叩きつけられ心が折れそうになった。
ゲーム好きの彼にとってはとてつもない苦い思い出だ。
なんでこんな革新的なゲームがタイミング悪く稼働されるのかと世界を憎んだほどだ。
そこから〈QuantumWorld〉をプレイするために大好きなゲームを封印し受験勉強に取り組んだ。
だが、問題は更に裕翔を追い込んだ。
合格ラインギリギリで受かった為、春からの授業のついていくのがやっとで〈QuantumWorld〉をやるどころではなかった。なぜ、高校のランクを下げなかったのかと今でも後悔しているレベルだ。
しかしそれももう終わる。
一学期末のテストから解放され夏休みを待つだけとなった今、裕翔にやっと余裕ができた。
今なら思う存分プレイ出来る。
配信当日から出来なかった遅れを裕翔は夏休みで取り戻す。気合十分で〈QuantumWorld〉をプレイすると心に誓っていた。
「育也、行こうぜ」
裕翔は隣の教室の扉を勢いよく開けると友達の名を呼んだ。
「はぇよ、裕翔。チャイムが鳴って何秒だと思っている」
瞬く間に教室の注目を集める裕翔に対して呆れた顔をしながら桐嶋育也は裕翔を見る。
「我慢しきれなくて……」
飼い主に遊んでと言わんばかりに尻尾をフリフリさせる犬みたいだと育也は心の中で思いながら近づいて来た裕翔に話しかける。
「いいよ。俺も今からお前のところに行くつもりだったから、それより赤点は取ってないよな」
「問題なし。……数学はちょっとやばいかも……」
一瞬ブイサインをしたが数秒後顔をそらし裕翔は目を泳がせた。勉強はちゃんとしたが不安な部分はあるみたいだ。
「おい。……まぁいい、俺が教えたから多分赤点はないだろう。と、思いたい」
裕翔の頭の悪さは筋金入りだ。この学校に一緒に行くと言ったときは驚きのあまり天変地異が起こるのではないかと育也は思ったほどだ。合格した時だって夢だと現実逃避した。
しかし、裕翔は合格し同じ学校に通っている。
同じゲーム好きのよしみで中学からの付き合いではあるが裕翔にはいつも驚かされて育也は頭を抱えてしまう。
「うん。そう思いたい……」
育也の遠くの空を見る目を見て裕翔は今更不安になって同じく遠くの空を祈るように眺めた。
「そう不安になっても仕方がないか。終わったことだし。行くんだろスポットに」
不安な顔を拭い去り裕翔は目をキラキラさせて頷き返した。
育也は裕翔の中で超が付くほど優秀で頭がいい。そのため稼働当日からのプレイ組だ。
勉強とゲームの両立が出来るなんて頭どうかしている。と、そのことを以前、育也に話したら普通だと投げやりに返された事を今でも裕翔は覚えている。
自分にはそんなこと到底できない。しかし、目の前にそれをやってのける人間がいるのだから現実は恐ろしいと感じさせる。
当時は何度も「しようぜ」という育也の誘いが恨めしく羨ましかった。出来ることならやりたい、しかしやってしまえば高校に入れなくなるという恐怖の方が打ち勝ちプレイするのを断念するしかなかった。
「春から一緒に遊べると思ったのに、随分時間がかかったな。まさか一緒にプレイできる日が夏になるとは」
高校受験からこの夏の期間裕翔は一切ゲームに手を触れていなかった。
同じゲーム好きの育也なら分かるが、半年以上もゲームに触れないなんて頭が狂いそうになる。
本当に裕翔はよく頑張ったと育也は思う。それと同時に、裕翔のゲーム欲が爆発してしばらくはゲーム漬けの毎日だと実感していた。
「受験勉強とテスト対策では大変お世話になりました」
感謝の気持ちを込めて裕翔はお辞儀した。
「お前がこんなにもゲームをしない日々が続いたのは人生でこれ一度きりだろうな。あっ、大学受験もあるか」
などと皮肉を育也は言って裕翔をちゃかした。
「大学、なにそれ、そんなの知らない」
裕翔は現実逃避し、誤魔化した。テストが終わって〈QuantumWorld〉が出来るというのに大学受験の事なんて耳にしたくない。
「ごめん、ごめん、テストが終わったのにまたゲームが出来なくなる現実を突きつけるのは野暮だったな。いざとなれば俺も一応は手伝ってやるよ。この話は終わり」
パンっと手を一回叩いて育也は裕翔を現在に呼び戻す。
裕翔は育也に勉強を教えてもらっていた。育也に教えてもらっていなかったらテストどころか高校に入学すら出来なかっただろう。本当に頼りになる相棒だ。
「気を取り直して行こうぜ、スポットに」
「ああ。俺も今日から〈QuantumWorld〉デビューだ」
育也が荷物をまとめると二人は教室を飛び出しスポットに向かった。
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