第77話 (イチロウ&シエス)
柔らかな陽光に刺激されて目を覚ました。
森特有の早朝の静かで、やさしい空気を鼻から大きく吸い込んだ。胸が大きく膨らみ、くっつくようにして眠っていたシエスが転げる様に滑り落ちた。
悪いと思いつつも、目を覚まして上目遣いに見てきたウサギの耳をした可愛らしい少女に「おはよう」と朝の挨拶を交わした。
森の中でありながら、魔物の気配はない。
もちろん結界は張っていたけども、街道沿いでの野営の後は魔物に囲まれていることも多いのに不思議なものだと思う。
ゆっくりと伸びをして朝食の用意をする。
大したものは作れないので、鍋でスープを作り固焼きパンを浸して食べるという簡単なものだ。
「昨日のお魚さんはおいしかったです」
「ほんとにな。シエスの袋の時間経過が無くなれば生ものを運べるんだけどな」
「ごめんなさいです」
「ごめん、ごめん。そういう意味じゃないんだ。シエスの袋があってすごく助かってるし、最近も容量が増えたんだろ」
「ハイです。ヴァンパイアロードのあと、すごく容量が増えたですよ。いまならシエスの持てないものでも入れれるですよ」
「えっ? そうなの?」
初耳だったので思わず聞き返す。大きさに制限があるから、ブラックストーンゴーレムはわざわざ砕く必要があったし、ワイバーンやギガントサウルスの魔石はあきらめた。結果的に言えば魔石に関しては相応の額で売却できたので問題はないのだが。
「ハイです」
「袋の口より大きくても」
「問題ないです」
ちょっと信じがたかったので、試しに近くの木を切り倒してシエスに収納してもらった。猫型ロボットの不思議なポケットからどこにでも行ける扉を収納するときのように、シエスが倒れた木に手を添えて袋に近づけると吸収されるようにして消えた。
今まで見たどの魔法よりびっくりした。
「すごいな」
「へへへ~。シエスすごい」
「うん。すごい。マジでびっくりした」
耳がひょこひょこ動くのがかわいくて、頭を撫でると余計に嬉しそうにニコニコさせる。聞いてみると、容量の方も段違いに増えていて一辺50メートルの立方体くらいあるらしい。ここまで来ると大型の魔物でもかなり収納できる。フランとネルの二人がいないと、どの部位が売れるのかほとんどわからないので、丸ごと放りこめるようになったというのは実に大きい。
二人と別行動をとった時、うっかりしていたのだがお金のやり取りをしていないのだ。ギルドでもらった莫大なお金はネルの口座に入れていたので、物理的に出来なかったというのもあるが今現在金貨を数枚しか持っていない。そんなわけで魔物を適当に狩ってギルドに納品する必要があったのだ。
とりあえずここに来るまでに倒したのは下級の魔物だったので、魔石しか持ってきていなかった。それでも食料を買うには十分だろう。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか」
「ハイです」
荷物を片付けて歩き出す。
日が昇って気温も上昇してきている。ダンジョンにばかり行っていたけど、いつの間にかすっかり秋である。そんな季節によくもまあ湖で泳いだものだと思うけど、ステータスの上昇のお蔭か寒暖差に対しても多少強くなっている気がする。
目的地はあるものの街道を歩くつもりはないので、方位磁針をもとに極力まっすぐ歩く。昨日までの道のりと違いはない。
「シエス。今日は走っていこうか」
「ハイです」
昨日は木の幹を伝いながら地面を足をつけないように森を進んだので、今日は極力立ち止まらず一気に森を駆け抜けることにする。街道と違って先の見えない森の中を全力で走るというのはかなり難度が高い。
足元の状態をしっかり確認できるわけではないし、枝葉にさえぎられ光も十分ではない。枯れ葉や落枝が積もっていると思えば、天然の落とし穴ということもある。あるいは尖った枝が上に向かって伸びているかもしれない。全力で走っていれば、当然思い切り踏み抜くことになるのだ。
木の幹を躱したところに、別の枝が伸びていることもあるだろう。そんな風に危険の多い足元や木々にばかり意識を向けていれば、魔物の不意打ちを喰らうかもしれない。
必然的に集中力を使わざるを得ず、ただ走るだけであっても十分に修行になるのではないかと思ったのだ。
「シエス。左前方に魔物の気配がする」
「ブラックファングが5匹だと思うです」
「そこまで分かるか。さすがだな。じゃあ、シエスに二匹任せるから、三匹は俺がやる。ただし、シエスはナイフの使用は禁止する」
「うぅ。ナイフ無しですか」
「大丈夫だって。死ぬかもってときは使っていいから」
シエスにナイフを禁じたのなら俺は拳を封じるかと、一人ごちる。ブラックファングはただの黒い狼だ。大きさも大型犬程度で大したことはない。ほとんど姿の見えない状態で、魔物の種類まで言い当てられるシエスはやはりすごい。
魔力を感知するだけでなく大きな耳が、いろいろな音を拾い上げているのだろう。
シエスが一気に加速してブラックファングの群れに飛び込んだ。
木の幹を利用して宙を舞うと、先頭の三匹を俺の方に流して後方にいた一匹のブラックファングの背中に着地する。ナイフに魔力を通してない素のシエスの体重は軽い。例え下級とはいえシエス以上の体格のあるブラックファングは軽々と受け止める。
袋ウサギには鋭い爪もなければ牙もない。
”魔物”でありながら攻撃手段は何一つないのだ。だからこそナイフを持たせていたのだけれども、それを封じればどうなるのか。
どうやって攻撃すればいいのか考えながらも、ブラックファングをシエスは翻弄する。身体能力的にはシエスの方がはるかに上だろうから、心配はそれほどしていない。
戦いを見たいところだけど、一旦俺の受け持つ三体に目を向ける。
轟流は木をイメージしていて、足を木の幹あるいは根っこと捉えているため、拳を使った打撃を中心に構成されている。普通に考えて足の方がリーチもあるし、重さもあるので速度には劣っても攻撃力は高い。長年培った轟流を崩すわけではないが、今後を思えば足技も鍛えたいと思ったのだ。
先頭のブラックファングに踵落としを決め、落とした足を軸に回し蹴りで二頭目の側頭部を叩く。大きく弾き飛ばしたそれを無視して三頭目に向き直る。鋭い牙をのぞかせて大きく口を開けたブラックファングが飛び掛かってくるのを顎下から蹴り上げる。顎が砕け、そのまま大きく宙を舞ったブランクファングは地面に激突し、静かになる。
「これじゃ修行にならねえな」
縛りを入れたところで力量差があり過ぎて経験を得られた気がしない。気を取り直してシエスの方に目を向けると、ブラックファングに対して後ろ蹴りを放っているところだった。
人型とはいえウサギであるシエスの跳躍力は俺を超える。それはつまり、相応の脚力があることに他ならない。その人並外れた脚力を駆使して繰り出される蹴りが弱いはずもなくブラックファングの頭蓋をあっさりと砕いた。
カポエイラのように上半身でくるりと地面を回ると、そのまま二頭目のブラックファングを蹴り飛ばす。格下の相手とは言えあっさりしたものである。
「よくやったな」
「えへへ」
敵を倒した後は、素早く魔石を取り出すとすぐに全力での疾駆に戻る。
一時間ほど走ったところで、軽い休憩をはさみ息が整ったら再び走り出す。そのローテーションを繰り返して5回目のインターバルを経たころ前方が明るくなり森の終わりが見えてきた。
また昨日のような湖があるのかあるいは街道かそう考えていると、何かが空を切り裂いて飛来した。
見えるか見えないかのそれを首をひねり交わす。
「シエス」
何かの気配に気づいたのだろうシエスも俺が声をかけたときにはすでに木陰に姿を潜ませていた。俺も素早く別の木の幹に背中を合わせて攻撃の起点を覗き込んだ。
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