第73話
命を狙われ続ける俺と一緒にいるのは危険すぎる。昨日のようなことがまた起きないとも限らないのだ。いや、起きるのだろう。
武神の加護を使ったことで俺のことは魔王軍に知られたらしいが、それが単純に容姿だけの問題かはわからない。この先、武神の加護を使わなかったとしても見つかる可能性は高い。
みんなを巻き込まないためには離れるしかないのだ。
「シエスは嫌です。お兄ちゃんと一緒にいるですよ」
「解散してどうするのよ」
シエスが悲しそうな顔をして、ネルは耳をふさいでイヤイヤと首を振っていた。だからかフランが冷静に聞いてくる。冷静ではあるが、どこか怒気を孕んでいるように感じる。
「レベルを上げる。昨日の化け物が魔王だっていうなら話は別だが、あいつだって魔王の手下の一人なんだろ。いまのままじゃ全然足らない。だけど、幸か不幸か俺のレベルは低い。まだまだ伸びしろはあるんだ」
この先ダンジョンには入れないけど、一つだけ心当たりがある。
メーボルン王国の北は魔王軍の領域『魔界』とされていて、境界線で戦闘が行われている。その境界の東の方にはククリ山脈と呼ばれる険しい山があって、そこにはドラゴンがいるという。魔王すらも不可侵の領域と言われていて、強力な魔物が蠢いているらしい。
「それで強くなって一人で戦うんだ」
「ああ」
「……あんたってほんとに何にもわかってないよね」
呆れるような悲しいような怒っているような、いろんな感情がない交ぜになった複雑な表情でフランがため息をついた。雨音に消えない大きなため息。
「何がだ。俺が何をわかってないっていうんだ。だって、仕方ないだろ」
「仕方ないって何よ」
「仕方ないだろ。俺と一緒にいたら危ないんだ。それくらいわかるだろ。リスベンもそうだったし、スマニーのダンジョンだってそうだ。そして昨日の夜。俺がいなければみんなも死にかけることなんかなかったんだ。俺のせいで69人も死んでいるんだ。69人だぞ!! これ以上、俺のせいで誰かを失うのは嫌なんだよ」
「それってあんたの所為なの?」
「俺のせいだろ。俺がいたからダンジョンは予兆もなしに内部構造を変えた。俺がいなければ、俺がダンジョンに潜らなければ冒険者が巻き込まれることもなかった。違うか」
「違うよ」
「違わない。アイツらは俺を狙ってきてるんだ。だからっ『そんなことない!!』」
さっきまで耳をふさいでいたネルが立ち上がって大きな声を出した。
「責任があるとしたらこの国ですよ。イチロウは別の世界から呼ばれたんですよね。魔物もいない平和な世界に生きていたのに、魔王と戦う役割を押し付けたのは私たちの住むメーボルン王国じゃないですか。それなのに、なんでイチロウに責任があるんですか」
「そうだよ。ネルの言うとおり。あんたは悪くない」
「けど!」
「お兄ちゃんがダンジョンに潜ったのシエスのためだよね。だったら悪いのはシエスだよ」
「そんなこと……ないだろ」
「シエスちゃん、それは違うよ。ダンジョンに潜るのはみんなで決めたことだもん。でもね、そういうことです。シエスちゃんの言葉を否定するのなら、イチロウの言葉も否定されますよ」
「……」
何も言えなかった。
ネルの言うことは正しい。
それはわかっている。頭ではわかっているのだ。けれども、狙われている事実は変わらない。一緒にいれば危険な目に遭うのは間違いない。それを回避するための唯一の方法は離れるということ。
69人の命は重い。でも、目の前の3人の命はもっと重い。顔もしらない誰かを巻き込むこと以上に、三人だけは巻き込みたくない。
「パーティは解消しません」
「だけど……」
「私もネルに同意する。そりゃあ私はネルみたいにすごい魔法が使えるわけもないし、シエスみたいに素早さに特化しているわけでもない。足手まといだってのは理解してる」
「そんなことないって」
「いいから聞いて。あんたはすごく強い。レベルが上がれば多分もっと強くなれると思う。それこそ魔王も倒せるんじゃないかと思う。でもさ、武神の加護は必要じゃないの?」
痛いところを突かれた。
レベルが上がれば身体能力は上がる。武神の加護がなくても現在の最大出力を超えることは可能かもしれない。でも、それでも武神の加護によって底上げされる力は強敵を前に不要とは言えない。限界突破だけで戦えるという確証がどこにあるというのだろうか。
「昨日は私たちを頼ってくれたでしょ」
「…みんながいなければ殺されていたと思う」
「それがわかってるなら、なんでパーティを解散しようなんて言えるのよ」
「わかってんだよ、そんなことは」
誰かが時間を稼いでくれないと武神の加護は使えない。
だけど、”武神の加護”を必要とするほどの相手を前に、どうして時間を稼いでくれと言える。一つ間違えば死ぬのだ。
「俺だって叶うことならみんなと一緒にいたいよ」
王城で誰からも必要とされてなかった分、二人に出会い俺の力が役に立つとわかってすごくうれしかった。強い強いと言われることがうれしかった。最初はただ、それだけだったけど、一緒にいれば当然ふたりのことをもっと好きになった。
ネルは敬語が取れないしちょっと距離を感じるけど、真面目で優しくて可愛くて一緒にいてほっとする。魔法の才能は群を抜いていて、宮廷魔導士の誘いすら蹴ってパーティでいることを選んでくれたのだ。
フランとは男友達といるように気楽に居られる。ネルと二人だときっと会話が続かない。時々ツッコミが激し過ぎるけど、フランがいい潤滑剤になっていた。自己評価が低すぎるきらいがあるけど、それはフランが努力家だから。
シエスは可愛くて甘えん坊で、時々ハッとさせられるようなことを口にする。まだ、子供なのにすごくしっかりしている。本当は戦いなんかさせちゃダメだと思うけど、シエスは一生懸命ついてきてくれている。
なにより三人といて俺はすごく楽しかった。
三人のことが好きなのだ。
だから、何としてでも守りたいと思う。
三人だってすごく強くなっている。昨日も化け物を相手に一歩も引かず時間を稼いでくれた。でも、どうしても考えてしまうのだ。あの時受けた一撃、それが致命傷になっていたらと。
あの時、助かったのは運がよかっただけではないのかと。
「俺はみんなに死んでほしくないんだ」
「そんなことはわかってるわよ。あんたがなんでパーティを解消しようといったのかなんてわかってるわよ。そんな風に考えられるなら、なんでわかんないのよ!!」
フランが声を荒げる意味がわからずにいると、ネルが静かに言った。
「私たちも同じなんです。イチロウに死んでほしくないんです」
「っ!!」
俺がみんなの心配をしていたように、みんなも俺の身を案じてくれていたのだ。当たり前のことなのに、そんな単純なことにも気が付かなかった。自分が巻き込んだから、自分のせいだからと、いつもいつも俺は”俺”を中心に考えていた。
俺が三人を大事に思うように、三人にとっても俺はそういう存在だということなのだろう。有難い話だ。
守る力があるから守るのではなく、守りたいから守るのだ。
そんなみんなの気持ちを無視して、俺は一方的に決めつけていた。
「悪い、みんなの気持ちをわかってなかった」
でも、どうすればいいのだろうか。俺の中でパーティを解消するという考えは少し遠退いていた。でも、それしか方法がないのも事実なのだ。
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