勇者として召喚された俺より、偶然巻き込まれた友人が重宝されたので、死んだことにして一からやり直す

朝倉神社

第1話

 灰色の毛並みをした大型犬ほどの大きさのグレイウルフという下級の魔物が13体。

 先行して俺は向かって突進してきたグレイウルフを袈裟斬りに剣をたたきつけ、返しの刃で別の一体を切り伏せる。


 次の6頭が回りこむようにして四方から襲い掛かってきた。

 1匹目を切り伏せ、2匹目を突き殺し、3匹目を剣の腹で殴りつけた。4匹目の爪をサイドステップで躱し、5匹目の牙を剣で受け止める。だが、6匹目の顎が鎧のない頭部へ牙をむく。


やばい!!


 避けきれない。そう思った瞬間、バンと乾いた音が森に大きく響いた。眼前に迫っていた頭部がスイカを叩いたように弾けとんだ。続けざまに響く音と共に、残ったグレイウルフが弾け飛ぶ。音のしたほうを見ると、騎士の手には不似合いな拳銃が握られている。銃口から煙がのぼり、風に流されてきた火薬の匂いが鼻に付いた。


「群れとは言え、下級のグレイウルフ如きで…」


 吐き捨てるように騎士に言われ、無性に腹が立つ。グレイウルフの動きについて来れなかったわけじゃない。その動きははっきりと見えていたのだ。だが、いくら鎧が軽くても、剣では格闘と同じようには動けない。ただ、それだけなのだ。


 忌々しそうに俺は騎士の手にした拳銃に目を向けた。


「何だよ。これが不服なのか?まあ、勇者様よりよっぽど使えるからなぁ」


 口の端を歪にゆがめて騎士が拳銃を眼前でクルクルと振り回す。拳銃はこの世界には存在しないものだった。ここ最近、本当にごく最近、作られたものである。


 勇者召喚というものでこの世界に呼び出された俺、轟一郎(とどろき いちろう)。


 そして、偶然一緒にいたために巻き込まれた友人の萩原創(はぎわら そう)。


 武神の加護を得て、召喚主であるメーボルン王国の期待を一身に背負った俺と違い、不幸な第三者であったはずのソウは拳銃を始めとした武器をこの世界に産み落としていった。


 瞬く間に二人の立場は逆転した。


 王国に伝わる貴重な聖なる武具を与えても、中級程度の魔物にすら遅れをとる俺と、一般兵すら上級兵に格上げしてしまう武器を創り出すソウ。

 勇者としてハイスペックの能力があっても、所詮は”個”だ。それに引き換えソウの作る武器はメーボルン王国”全体”の戦力を向上させた。


 どちらがより大切に扱われるか、それは猿でもわかる。


「おい。何をぼうっとしてやがる。さっさと行くぞ」


 最初こそ勇者として担がれていたのに、いまやこの扱いだ。言葉遣い一つとっても天から地へと落とされた。護衛として付けられた二人の騎士であるが、俺を敬うということは一切なかった。


「ぐるああああ」


 目の前に新手の魔物が現れた。身の丈3メートルはありそうな、人型の魔物だ。腕がやたらと長く、太い。


「クソ、こんなところになんでアヴィが!!不味いな。加勢するぞ」

「お前はこっちを気にせずに戦え。フォローに回る。中級だ。ただの獣と思うな!」


 剣を魔物に向かって構える。さきほどのグレイウルフとは圧倒的に違うプレッシャーが漂っている。剣を使った戦いでは、拳を使うときのような繊細な動きは出来ない。だがら、先手必勝で正面から最速の動きで間合いの内まで飛び込み、大きく振りぬいた。

 タイミングを合わせるように、背後から拳銃が二発火を噴いた。


 アヴィは銃弾を身を屈めて避けると、俺が剣を振り下ろすより早くタックルをしてくる。体当たりを受けた俺の体はそのまま数メートル吹き飛ばされた。背後にあった木の幹に強かに打ちつけられる。鎧のお陰で直接のダメージはほとんどない。


 アヴィに目を向けると、吹き飛ばした俺を無視して、拳銃を放った騎士の一人に向かっていく。四足での突進に向かって銃弾を数発打ち込むが、いずれも紙一重で避けられる。

 この世界において新兵器である拳銃を知っているはずもないのに、弾道が真っ直ぐであることに気付いているのか、もしくは弾道を目視した上で避けているのか。少なくとも拳銃で倒せる相手ではなかった。


 騎士はそれぞれ剣に持ちかえると、アヴィに踊りかかった。

 二人の騎士としての実力は中級の魔物はぎりぎり対応できるかどうかいうレベル。護衛として頼りなくはあるが、ここは本来下級の魔物しか出没しないはずの森なのだ。


 騎士の鋭い斬撃をアヴィは腕で受け止めると、ボディブローを叩き込んだ。着ている鎧が大きく凹んだのが見え、騎士は吹き飛ばされ血を吐き出した。もう一人が、仲間をやられたことに血を滾らせながら、背後から襲い掛かる。絶妙なタイミングだったと思う。


 だが、アヴィは後ろを振り返ることもなく拳を背後に向かって振るった。騎士の側頭部を捉えた裏拳に頭蓋骨が陥没する。即死だった。


 一人目の騎士はまだ息はあるようだが瀕死だ。


 俺が無事なのは鎧のお陰というわけだ。騎士の装備だって、俺に与えられたものには劣るがそれでも決して貧相なものではない。それでも、まるで足りていない。アヴィの攻撃は彼らの防御力を遥かに上回っている。


 俺は瀕死の騎士を守るべく、突進の勢いを生かした突きを繰り出す。俺の現状の剣士としての腕前では、巧みな動きなどできない。出来るのは斬る、突く、払うといった単純な攻撃のみ。だから、それを最大の力と速度で繰り出すのみ。


「うりゃああ」


 気合を込めた突きは騎士に襲い掛かろうとしていたアヴィの腹部に深々と突き刺さる。だが、即死とはいかなかった。


 真横から拳が飛んでくる。


 剣から手を離し、顔をガードするように腕を上げたところで腕に衝撃が走る。振りぬかれた腕に俺の体は軽々と宙に浮く。気がついけば、俺の体は谷底へ向けて真っ逆さまだった。


 水面が見えた直後に体は、大きな水しぶきを上げて水中へと侵入する。落下の衝撃は聖鎧のお陰ですべて吸収されダメージはまったくなかった。しかし、川は足がつかないほどに深い。その上、川の流れも速かった。いくら軽いとは言え、鎧を着たまま泳げる自身はない。流れる水に翻弄されながら、必死に鎧を脱ぎ捨てた。


「ぷはっ」


 身軽になったところで、水面に出た。遠くにアヴィと戦っていた崖が見える。もう一人の騎士がどうなったは不明だ。少なくとも剣の一撃では殺しきれてなかった。俺が生きていたのもただの幸運。国から与えられた聖なる装備のお陰である。だが、それも今では川底に沈んでしまっている。


 勇者としての責務を押し付けられたことは、クソみたいなものだったが、与えられた装備には感謝する。あれがなければ、死んでいた。


 川岸まで泳ぎきったところで、その事実がこみ上げて昼に食べたものを全て吐き出した。


 騎士が死んだ。


 好きな連中ではなかった。最初は俺に期待して丁寧な扱いをしていたのに、剣術の腕がなかなか上がらないことに次第に態度が雑になってきた連中だ。ソウが拳銃を生み出してからは、もっと扱いがひどくなった。あからさまに見下すようになってきたのだ。


 だが、だからといって死んでいいはずはない。あの二人は、俺を守るためにいた。メーボルン王国にとって俺がたいした価値がないのだとしても…。


 くそっ!


 くそっ!くそっ!くそっ!


 剣なんか握ったからだ。鎧なんか着たからだ。素手なら勝てた。アヴィは強かった。だが、動きは全て見えていた。体はでかいし、獣の癖に格闘をしていた。だが、俺なら勝てた。拳なら勝てたはずだ。連中のいうことを聞いたが故の結果だ。


 もういい。剣はいらない。鎧も要らない。肉体こそが最高の武器であり、防具だ。それこそが轟流の極意だろうが。戦場に落ちている刀を拾って利用することはある。だが、使い捨ての道具を初めから持っている必要は無い。800年の暦史ある技術こそが俺の力じゃないのか。


「キャアアアア」


 悲鳴が鼓膜を振るわせた。

 誰かが魔物に襲われている。この森は下級の魔物しかいないはずの森。だが、中級の魔物がいた。或いは、あのアヴィが他の誰かに襲い掛かっているかもしれない。ずぶぬれの衣類は重たい。だが、俺があそこで殺し損ねたために誰かが襲われているのなら、これは俺の責任だ。


「待ってろ!」


 俺は悲鳴の聞こえた方に向かって走り出した。

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