第12話 人質と身代金 5

これを付けろということか。今仲間と僕を繋いでいるインカムを外すべきか迷ったが、噴水に頭まで使ってしまったから、使い物にならなくなっているかもしれない。試しに呼び掛けているか、応答はない。


今身につけているインカムをはずし、ゴミ袋に入っていたヘッドホンを頭にかけると、ボイスチェンジャーの声が聞こえてきた。


「随分時間がかかりましたね、金沢さん。」


「ぼ、僕は全力を尽くした!」


「まぁいいでしょう。それでは次の指示です。」


「竜也くんは無事なのか?」


この言葉が、本当に竜也くんを心配して出たのか、自分の保身のために出たのかは分からないが、無意識の内に言葉が出ていた。


ヘッドホンからはしばらくの沈黙が流れる。まずい、感情的になって犯人を刺激してしまったか。


「無事、というのは曖昧な言葉ですよ、金沢さん。『生きている』という証を聞きたいのであれば、もう一度竜也くんの声を聞かせてあげましょうか?」


「いや、すまない、大丈夫です。次の指示をしてください」


僕は無意識のうちに懇願するように敬語になっていた。


「協力的で嬉しいですよ、金沢さん。それでは、そのまま歩いて日比谷公会堂と日比谷図書館の間を抜け、中辛門に向かってください。時間は3分です」


「分かりました」


僕は大噴水に背を向け、日比谷図書館の方へ歩く。水を存分に吸ったスーツが身体にまとわりつき気持ち悪い。


2分程で中辛門に着くと、犯人から指示がある。


「門の所に赤い自転車が見えますか」


「少し待って‥‥あ、ありました」


門というよりは灯篭のような形をした石柱の横に、赤い自転車が立てかけてあった。千代田区を中心に展開している、レンタルサイクルのものだ。


「それに乗って、今来た道を戻ってください。噴水を過ぎて、更にまっすぐ行くと、左手にテニスコートが見え、そのまま進むと公衆トイレがありますので、真ん中の個室に入ってください。それから‥‥」


まだ何かあるのか。僕は身代金の入った鞄をかごに入れ、自転車にまたがり、次の指示を仰ぐ。


「なるべく早く行ってくださいね。3分ごとに、竜也くんの指を一本ずつ折ります。では、スタート」


なっ!?


なんて頭のいかれた犯人なんだと思いながらも、僕はペダルを全力で踏み込んでいた。この速度で移動したら仲間とはぐれてしまうが、今はそんなことは言ってられない。


ベビーカーで散歩中の母親や大学生カップルを避けつつ、指示された場所へ向かう。


噴水を通り過ぎ、テニスコートを過ぎた。日頃の運動不足がたたってか、心臓と肺が悲鳴を上げ始める。硫酸を飲み込んだように焼けるような喉の痛みを堪えながら、必死で自転車を漕ぐ。


正面に指定されたトイレが見えてきたとき、180秒振りにトランシーバーが静寂を破る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る