第5話 黒い封筒 5

「今帰った」


社用車を降り、渋谷区松濤地区の自宅のドアを開けたのは22時過ぎだ。


犯人からの電話の発信地点の特定は困難を極めている。通常であれば発信地点近くの基地局を特定すればいいだけなのだが、改造した電話を利用しており、海外の中継地点を経由している。いくら技術力のあるうちの会社でも、捜査権もないのに海外の通信企業に中継記録を出させるのは無理がある。いや、恐らく警察でも難しいだろう。


あれだけの改造電話を作れるのは、並大抵の人間ではないと、情報技術担当役員の池辺が言っていた。犯人は、ただの狂人ではないということか。


警察には連絡をしていない。するわけにはいかない。


「お帰りなさい、ご飯は食べます?」


妻が私を迎え入れる。15年前に再婚した13歳年下の妻は、今年39歳になる。かつてはモデル事務所に所属し、今もヨガや水泳で体型維持に励んでいるだけあり、40を目前に控えたとは思えないプロポーションを維持している。健康的なくびれを強調したピッタリとしたTシャツに、ゆったりとしたシルエットのシルクのパジャマを着ている。


「食事は大丈夫だ。書斎で晩酌するから、グラスと氷を用意してくれ」


「分かったわ」


胸ポケットの中ではスマートフォンのバイブが鳴り続けているが、書斎に着いてから対応することにする。


階段で2階に上がり、突き当りの書斎に向かう廊下の途中で、右向け右をしてドアをノックして中を覗く。


「おかえり、お父さん。今日も遅かったね」


今年9歳になるこの部屋の住人は、最近ハマっているNINTENDO Switchの大乱闘スマッシュブラザーズに熱中しているようだが、手を止めてこちらを振り返った。


「あぁ。それよりも、もうすぐ春休みが終わるんだから、ゲームばかりしていていいのか?」


「大丈夫だよ、お父さん、小学校3年生の勉強なんて、もうとっくに終わっているから」


練馬にある国立大学の小学校に通う彼には、小学校入学前から家庭教師をつけ、学校の勉強はもちろんのこと、プログラミングや英語、中国語などを学ばせるいわゆる英才教育を施している。何気なく遊んでいるように見えるSwitchのゲームでさえ、最新のヒット作の事例研究の一つである。


「そう言うと思ったよ。ただ、遅くまでゲームをしすぎると興奮して眠れなくなるんじゃないか?」


「そろそろやめようと思ってところだよ。おやすみ、お父さん」


「おやすみ、竜也」

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