外伝Ⅱ 妖花~その15~

 ビルバネス公爵邸は、皇宮からやや離れた場所にあった。この一角は有力貴族や皇族が邸宅を構えていて、いずれも敷地面積は広大であった。


 「知っているか?有力貴族、皇族達がこの辺りに邸宅を構えているのは、広大な土地が必要であるからと言われているが、本当は皇宮から遠ざけるためらしい。皇宮に近いと反乱を起こされた時に制圧されやすくなるからね」


 ワグナスは自慢げに己が知識を披露したが、オルトスもそのような俗説があることは耳にしていた。


 「俗説だろ?実際、どこに邸宅があろうが、反乱を起こされる時は気づかれぬものだ。カップナプル事件がいい例だ」


 「そうだな」


 ワグナスは嬉しそうに笑った。


 ビルバネス公爵邸に到着すると、ビルバネス家の家宰が迎えに出てきた。およそ愛想の片鱗もない家宰は挨拶もせず、二人を邸宅の中を案内した。


 「公爵様がお待ちです」


 とだけ言った家宰が扉を開けた。赤いベルベットのソファーに座っていた男が立ち上がった。年齢は四十代半ばぐらいだろうか。頭髪は見事なまでの白髪であるが、張りのある肌はまだ初老ではないことを示していた。


 「これはこれはザーレンツ殿、アーゲイト殿。ようこそおいでくださいました」


 ビルバネス公爵は穏やかな笑みをたたえて二人を迎えた。帝国でも有数の権勢家でありながら、一介の官吏に対して低姿勢であった。


 「お招きいただきありがとうございます、公爵」


 「以前より貴殿達の働きは存じておりますよ。ぜひとも誼を結びたいと考えておりました。マハガット・ビルバネスです」


 ワグナスの如才ない挨拶にもにこやかに応じた。


 そのまま三人は隣の部屋に移動した。細長い食卓にはすでに料理が並んでいた。そしてそこには妙齢な女性が立っていた。


 「紹介します。娘のアフィリアです」


 「アフィリア・ビルバネスです」


 アフィリアは丁寧に頭を下げた。目を見張るほどの美人であった。オルトスもこれまで帝国の社交界で皇族貴族の子女を数多く見てきたが、これほどの美女は見たことがなかった。


 「娘は料理が得意でしてな。今日のために使用人達と供に腕を振るいました」


 「さぁ、冷めないうちに召し上がってください」


 アフィリアは鍋のふたを開けて自ら皿にスープを注いだ。




 アフィリアが作ったという食事は大変美味で、公爵との会話も弾んだ。会話内容は政治的なものにはあまり及ばず、取り留めのない雑談に終始した。傍から見れば単なる会食でしかないが、ワグナスとビルバネス公爵が娘を交えて親密に会食をしたという事実そのものが大きく政治的に意味を成していた。それはおそらく、オルトスでなくても帝国の中枢に居る者なら誰しもが感じることであった。


 だからオルトスは、ビルバネス公爵邸からの帰路、ワグナスに釘を刺すようなことを言わざるを得なかった。


 「公爵と結びついて何をするつもりだ?」


 「やはり君は鋭いね。まぁ、まだ何かをするつもりはないが、権勢家の公爵と誼を結んでおいて損はない。少なくとも公爵と私の利害は完全に一致している」


 やはり、とオルトスは思った。ワグナスはビルバネス公爵と組んで宰相一派と対抗するつもりなのだ。


 「ワグナス。これは友人として忠告するが、ここ最近の君は権力というものに酔って浮かれている。もっと足元を見た方がいい」


 勿論、単にワグナスの政治的立場を思ってのことだけではない。ワグナスに好意を寄せるファランのことを気遣っての言葉でもあった。


 「オルトス。君は甘い。そんな調子ではベイマン家の勢力に飲み込まれてしまうぞ」


 ワグナスは意外そうな顔をした。まるでオルトスの方がおかしいと言わんばかりであった。


 「私達は官吏だろ?そこまで権力に阿ってどうする?」


 「すべては帝国のためだ。血統だけで出世し、帝国の政治を壟断する連中を帝国から排除するんだ」


 ワグナスの語る言葉こそ立派であった。しかし、オルトスにはそれは詭弁に聞こえた。


 「ここだけの話だが、私はアフィリア嬢と結婚することになっている。近いうちに発表するつもりだ」


 いずれそのような話になるであろうと思っていたが、実際にもう決まっていたことには驚かされた。そこまで話が進んでいたとは……。


 「ワグナス、君は……」


 「これからは我々の時代だ。君は皇帝直轄地管理局にいて皇族貴族とも繋がりがある。特にランスパーク男爵夫人と昵懇だ。社交界における彼女の地位は我らにとっても有益だ」


 「ワグナス。君はそういう打算でしか生きられないのか?君にとっては僕も打算のうちのひとつなのか?」


 ビルバネス公爵家も、ランスパーク男爵夫人も、そしてオルトス自身もワグナスにとっては出世のための道具でしかないのだろうか。


 「冗談を言うな。君は特別だ」


 友人だからな、とワグナスは言うが、オルトスには不信感しかなかった。

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