外伝Ⅱ 妖花~その6~

 晩餐会なるものに生まれて参加することになった。この時のためにカールネーブル領領主のメーナから下賜された一張羅に身を包み、晩餐会の会場に足を踏み入れた。


 新人官吏であるオルトスを歓迎するためのもの、というわけではない。年に一度、官吏同士の親睦を深めるのが最大の目的であるらしい。しかし、結果的にはオルトスを百官に紹介する場となった。


 「聞きたまえ、諸君!今年の登用試験の合格者はアーゲイト君ただ一人という異常事態だ。陛下は水準が低いと仰ったがさにあらず。今年の試験が例年より難し過ぎたのだ。その中で合格水準に達したアーゲイト君を褒めるべきだろう!」


 先ほど先導してくれた官吏が、まるで我が事のようにオルトスのことを声高に紹介してくれた。そのおかげで、これまでオルトスが味わったことのないような美食も美酒もお預けとなってしまった。その後、様々な人達がオルトスに祝辞を述べてくれたが、その中にワグナスはいなかった。


 一刻ほど後、オルトスはようやく解放された。晩餐会に参加している官吏達は、もはやオルトスのことなど忘れたかのように互いに雑談を始めた。流石に空腹を覚えたオルトスは、早速何か口に入れようとすると、肩を叩かれた。


 「やぁ、ようやく近づくことができたよ」


 「ワグナス……」


 振り向いた先にワグナスがいた。二年前と変わらぬ美しい笑顔がそこにあった。


 「こっちもだよ。ようやく君に会えた。やっぱり君は一足先に官吏になっていたんだね」


 「ああ、そうだよ。昨年のこの場所に君がいなかったことには驚かされたよ。まさか君が不合格になっていたなんてな」


 そこまでワグナスが自分のことを評価してくれていたのは嬉しかったが、自分の実力を突きつけられたような気もした。


 「私の実力がなかったんだよ」


 「そうじゃない。現に君は百年に一度の難関と言われた今回の試験をただ一人合格したじゃないか。君は昨年落ちた理由はあれだ」


 ワグナスが視線を遠くの集団に向けられた。そこには若い官吏達の集団があり、楽しげに談笑していた。


 「あれは?」


 「国務卿マベラの息子、ジネア・ベイマンだ。昨年の合格者の一人だ」


 国務卿の息子とはいえ試験に合格しないと官吏には登用されない。それは帝国開闢以来守られてきたことだが、皇族や貴族、諸侯の子弟の合格者が多いのが現実であった。


 「不正だよ。ジネアスとそのお友達が合格した代わりに君が落とされたんだよ」


 ワグナスは声を潜めた。


 「まさか、そんな……。証拠でもあるのか?」


 「ない。でも、彼らと話をしてみれば分かる。知識も品性もない連中だ。およそ全うに試験を受けて合格したとは思えない」


 要するに完全な疑いというわけだ。予断だけで相手を非難するというのはワグナスらしくなかった。


 オルトスは再び彼らの方を見た。ジネアはいかにも貴公子といった感じのさわやかな若者で、見た目だけでもオルトスなどは引け目を感じてしまった。


 「よく顔を覚えておくんだね、オルトス。いずれ私達の敵となり、排除しなければならない連中だ」


 「敵?排除?」


 「そうだ。皇宮は権力闘争の巷だ。私達が高みに上るためには彼らを排していかなければならない」


 彼らは敵だ、とワグナスは断じた。官吏達の親睦を深めるための場所であからさまに敵対宣言をするワグナスの心情がオルトスには理解できなかった。オルトスがそのようなことを言うと、ワグナスは不愉快そうに顔をしかめた。


 「オルトス、君は甘い。皇宮というのは伏魔する穢土だ。私はそれを清廉にするためにやってきたのだから、そういう連中とは戦わなければならないんだ。だが、私ひとりではとても戦えない。だから君を味方だと思ってこうして打ち明けている」


 ワグナスが味方だと思っていることは嬉しかったが、ワグナスの闘争心溢れる野心にはついていけそうになかった。


 「私はただ……」


 君に会うために官吏なったのだ、と言えず、どうして官吏になったのかオルトスは改めて自らに問いたださなければならなかった。

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