終章②

 レンストン領北部。


 「サラサ様のおかげだわい。こうしてわしら商人が商いができるのも」


 大量の芋を載せた馬車が道幅の狭い街道を南へと進む。荷台には芋の他に二人ほど人の姿があった。南へと行きたいというので乗せてあげているのだ。


 つい一昔前なら、見知らぬ人間を乗せるなんて間違いなくしていないだろう。盗賊の可能性もあるからだ。しかし、サラサ・ビーロスの即位以来、帝国の治安は急速に改善され、盗賊の数もめっきりと減った。


 そもそもこの二人が盗賊のようには見えなかった。一人はえらく美人な女性で、もう一人は幼い顔をした少年である。姉弟か、姫と従者か。そのようにしか見えなかった。


 「お二人さんはどちらに?」


 「帝都まで。知り合いに会いに行くんです」


 応えたのは少年のほうであった。


 「それはいい。今や帝都は花の都だ」


 まぁ季節は冬だけどな、と商人が言うと、少年だけが笑った。


 「でも、悪いがわしはエストブルクまでしか行かねえぞ」


 「いいんです。もう少しすれば道が分かれている所に出るんで、そこで降ろしてください」


 「分かれ道?ああ、昔カーブ村があった辺りか?あそこは今は何もねえぞ」


 「構いません」


 結局、馬車から降りるまで女の方は一言も喋らなかった。




 「何もねえ。綺麗さっぱりとしているな」


 かつてカーブ村であった場所は、綺麗に整地されていた。凄惨な跡は何処にも無く、所々雑草がわずかに生えかけていた。ここで何をしようと言うんだよ、とエルマは言った。


 「何もなくないですよ。ほら、あれ」


 シードが指差した先には、シードの身長ほどある円錐型の石碑が建っていた。


 「何だ、あれ?あんなものあったか?」


 「慰霊碑ですよ。領主さんが建てたってさっきのおじさんが言っていたじゃないですか?」


 「そんなもん、聞いてなかったよ」


 代官の専横を許したことでこの村で起きた悲劇を悔いた領主がせめてもの謝罪として建立したのがあの慰霊碑である。二人は慰霊碑に近づいた。足元にはこの村でなくなった村人の名前が刻まれた石版が埋め込まれていた。


 「こんなもの作っても生き返るわけじゃないのにな」


 エルマからしてみれば、こんなものを作ったところで謝罪にも何もなりやしなかった。使者の魂は救われなければ、報われもしなかった。


 「でも、やらないよりはいいですよ」


 シードは跪いて手を合わせた。


 「エルマさんも」


 「へん。悪魔の祈りに何の功徳もねえよ」


 「エルマさん!」


 「へいへい。まぁ、世話になったしな」


 エルマは渋々手を合わせた。祈り終えた後、お花でも用意しておけばよかったですね、とシードがらしいことを言った。


 「花なんて売ってなかったろ。でも、どうしてここに寄ろうと思ったんだ?お前にとってはあまりいい思い出のある場所じゃないだろう」


 「そうですね。でも、ここは僕の故郷なんです」


 「故郷ね」


 天帝によって力を与えられたユグランテスは記憶を消された。そして、この村の司祭に拾われ、シード・ミコラスとしての人生はここから始まった。確かに故郷なのかもしれない。


 「それに、エルマさんと出会った場所ですしね」


 エルマはかっと顔が熱くなった。


 「な、何を言ってやがる、馬鹿!」


 ばしっとシードの肩を叩いた。痛いじゃないですか、とシードは口を尖らせた。


 「さ、さっと行くぞ。近くの村まではけっこうあるんだろ?私は野宿は嫌だぞ」


 「そうですね、行きましょう」


 シードは慰霊碑に背を向けた。二度と振り向くことなく、二人は足を南へと向けた。

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