天使と悪魔と人と⑧
「すげえな、あれ。天帝の面影なんてまるでねえ。単なる化けもんだってばれちまったな」
エルマの人生の中でこれほど愉快なことはなかった。目の前に全体骨となった天帝がぶらがっていた。巨大な体躯には下半身などなく、胴体と頭部と四枚の翼のみ。しかし、いずれも骨だけで構成されており、まさに骸骨の化け物であった。
「私はな、シード。悪魔である自分に誇りを持っているんだ。でも、私の悪魔としての記憶がまやかしで、しかも天帝の力を持っている知った時は、死にそうになったもんだ」
エルマは眼前の天帝を見据えた。
「でもな、あの化け物見ていると、こう思うんだ。あいつは私と反対なんだと」
「それは天使なのに悪魔っぽくなったということですか?」
「そうだ。尤も、悪魔も天使も人間も、もともとは一緒だと考えれば、不自然なことじゃないんだろうがな」
兎に角私は愉快なんだ、とエルマは言った。
「天帝が作った天使、人間、悪魔という種別が天帝によって崩される……。皮肉ってものですね」
シードの意見はいかにも彼らしい優等生の回答であった。
「皮肉な……。お前はこんな結末でよかったのかよ、マ・ジュドー」
エルマの前にひょこんとマ・ジュドーが現われた。
「これでいいんだよ。いつかは古い世界は崩されるべきで、それが生物として自然のことなんだ。幸い、人間達の中に新しい秩序を築くに相応しい御仁が誕生したしな」
マ・ジュドーはサラサのことを言っているのだろう。確かに彼女は新秩序を作るに相応しい稀有な存在であろう。
「その新世界には、強大な力を持つ者は必要ないんです。そうですよね、マさん」
その呼び方はやめろ、とマ・ジュドーは本気で嫌そうに言った。
「ま、確かにそうだな。エシリアの姉ちゃんは辛い役割をしなくちゃいけないかもしれないが、ひょっとすると天使すらも必要のない世界が来るかもしれないな」
素敵な世界じゃないか、と言いながらもエルマは隣のシードを気にした。
「いいのか、シード。エシリアに帰ってくるって約束したんだろ?」
聞いていたんですか、とシードは言うと、聞こえたんだよ、とエルマは返した。
「意地の悪いことを聞くんですね」
「そりゃ、悪魔だからな」
エルマはシードの手をそっと握った。
「さぁ、行くか……」
「ええ」
シードもエルマの手をそっと握り返した。
「最後まで付き合えよ、表六玉」
「へへん、当たり前よ、お嬢」
「行くぜ!」
エルマとシードが力を解放した。エルマとシードの翼、合計十枚の翼が光り輝き大きく広がった。
そのまま二人は光の筋となり、ラピュラスへと向っていった。
その光は降下しつつあったラピュラスを瞬く間に上空へと押し返していった。そしてそのままラピュラスは北方ワグナーツ山脈の向こう側へと消えていった。その一連の光景はあまりにも神々しく、後々まで語り継がれることになった。
人々は口を揃えて言った。
伝説が終わった時であると。
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