天使と悪魔と人と⑦

 「何です!」


 突如としてラピュラスの下部が崩壊をし始めたので、エシリアは身構えた。投降を受け入れた天使達をラピュラスに帰そうと思っていた矢先であった。


 「な……何だ!あ、悪魔だ」


 ラピュラスの崩れた部分から現われたの天帝であった。天帝の果実から伸びている管を巻きつけながら宙にぶら下がるようにして、あられもない骸の姿を晒した。初めて見る天使からすれば天帝などではなく悪魔に見えても仕方ないだろう。


 「落ち着きなさい。あなた達は地上の下りて帝都の人間達を避難させなさい」


 エシリアは投降してきた天使達にそう言った。彼らは呆然と崩れるラピュラスを見つめているので、早く行きなさい、と言って促した。


 『さて、どうしましょうか……。シード君達に何かあったのでしょうか』


 自らラピュラスに向うべきかと考えていると、そちらの方から飛来する二つの影があった。シードとエルマであった。


 「シード君!エルマさん!これは……」


 「あのクソ天使、とんでもねえことしやがった!」


 エルマの言葉は要領を得なかったので、エシリアはシードを見た。


 「あのソフィスアースという天使がガルサノを天帝の果実に押し込んだんです。そしたラピュラスの崩壊が始まって……」


 「ソフィスアースが?ガルサノはどうしたのです?」


 「そのソフィスなんとかだ!あいつ、実は……」


 エルマが言い終わらないうちであった。エシリアの前にソフィスアースが現われた。その姿にエシリアは言葉を失った。彼女の翼の色は黒であった。


 「黒の翼……。あなた……」


 「そう。私こそ悪魔の末裔。そこの偽者と同じにしないでくださいね」


 偽者と言われたエルマは、偽者も本物もあるか、と毒づいた。


 「そうですね。偽者も本物もありませんね。私達は元々はひとつの種族だったのですから」


 「エシリア。あなたはそれでいいのですか?誇り高い天使が悪魔や人間と同一視して、それを許すのですか?」


 ソフィスアースが挑発的に言った。以前のエシリアならこの挑発に乗ってしまっただろうが、今のエシリアは違っていた。


 「それが真実なら私が受け入れます。それに腐った天使も見てきましたし、素晴らしい人間達も見てきました。同じ悪魔でも随分と違うようですし、種族が関係ありません」


 ふん、と鼻で笑うエルマ。ソフィスアースは表情一つ変えなかった。


 「残念ですね。しかし、もうラピュラスの落下は止めようありません。ガルサノの力を得た天帝の暴走は、落下の衝撃と供に大爆発して一面を焦土とするでしょう」


 はははは、とソフィスアースは笑った。


 「どうしてそのようなことを!」


 「世界を創りかえるため。そのためには生物は少ない方がいい」


 ソフィスアースが平然と言ってのけた。


 『どうにかしないと……』


 エシリアは地上を見た。まだ帝都付近には多くの人間達がいる。しかし、どうやって落下するラピュラスと暴走する天帝を止めればいいのだろうか。


 「エシリアさん」


 シードが身を寄せてきた。


 「僕とエルマさんでラピュラスを押し返します」


 「シード君!」


 シードは真剣であった。


 「そんなことができるのですか?」


 「天帝の力を受け継いだ僕とエルマさんならできます。ねぇ、エルマさん」


 シードが問い掛けると、エルマは親指を立てて応じた。


 確かに有効であり、唯一の手段であるかもしれない。しかし、同時にシードとエルマの身の危険は計り知れなかった。


 「シード君……いえ、ユグランテス」


 エシリアはシードの手を握った。


 「必ず帰ってきてくださいね。私、待ってますから」


 それを言うだけで精一杯であった。その続きは、シードが帰ってきてから言いたかった。


 「勿論ですよ」


 「エルマさんも必ず帰ってきてくださいね。あなたとの決着、まだついていませんから」


 「はん。当たり前だ。絶対にぼこぼこにしてやるからな!」


 そっちの決着ではないのだが、エシリアはあえて訂正しなかった。それも帰ってきてからのことだ。


 「ソフィスアースは私が。二人はラピュラスに」


 「はい!」


 「ふん、命令するんじゃねえ!」


 二人がラピュラスに再び向っていった。


 「行かせるか!」


 ソフィスアースが追おうとしたので、エシリアが立ち塞がった。


 「私が行かせません!」


 「邪魔をするな!」


 ソフィスアースが光の剣で襲い掛かってきた。エシリアは避けようともせず、ソフィスアースの光の剣を素手で掴んだ。


 「何!」


 「何ですか、この太刀筋は?それに魔力もぜんぜんですね。エルマさんに遠く及びません!」


 エシリアは光の剣を握りつぶして消滅させた。


 「馬鹿な!」


 「あなたが自分の存在を如何ほどに思っているか知りませんが、私から言わせればまだまだ未熟です」


 エシリアは逆に光の剣を出してソフィスアースの右翼を根元から切り捨てた。


 「殺生は好みませんが、この状況があなたがしでかしたことなら責任を取りなさい!」


 エシリアは躊躇うことなく、もう片方の翼を切り落とした。翼を失えば魔力を失う。それは天使も悪魔も変わりなかった。ソフィスアースは何事かを絶叫しながら地上に落下していった。翼も魔力も失ったソフィスアースが再び飛び上がってくることはなかった。


 「さて、後はシード君とエルマさん次第ですね」


 悔しくはあったが、エシリアができるのはここまでであった。

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