天使と悪魔と人と②

 帝都の上空にラピュラスを止めることで、帝都は掌握することができた。ここで人間どもを前に姿を見せ、支配することを宣言すれば人間どもは震え上がり、支配は完成すると思っていた。それは帝都にいる人間だけではなく、帝都近くに陣取るサラサ軍の将兵も同様であろうとガルサノは信じて疑わなかった。


 だが、実際はそう上手くいかなかった。間髪容れずサラサ・ビーロスが幻影の術を使ってガルサノに真っ向から反論し、挑むように帝都に進軍を開始したのであった。これは明らかな誤算であった。


 『サラサ・ビーロスを含め、人間どもは天使を畏れぬのか……』


 ガルサノはそのことに衝撃を受けた。人間どもは天使の権威よりも少女の戯言を選んだのである。


 「構うことではありません。彼らに目に物を見せてやればいいのです」


 ソフィスアースが励ますように言った。天使の力を持ってサラサ軍に攻撃を仕掛けることも可能であった。しかし、それを行うことにガルサノは躊躇いがあった。


 「奴らの陣営にはあの少年がいる。あの天使が八枚の翼を出現させてくれば、私とお前でも勝てるかどうか分からんぞ」


 それだけではない。多く者があれを目にしてどう思うだろうか。天使達も人間どももどちらに権威を感じるだろうか。それに今後、人間界を支配することを考えれば、天使の力をもってして人を屈服させるのは得策ではないだろう。ガルサノの葛藤は激しかった。この葛藤こそが、ガルサノの命取りとなった。


 「人間に下り、皇帝に会ってくる。どちらでもいいが、人間界の代表としてサラサ・ビーロスに対抗させる」


 「ガルサノ様!」


 「分かっている。天使は天使同士、人間は人間同士で決着をつけようということだ」


 「考えが浅そうございます、ガルサノ様」


 ガルサノはきっとソフィスアースを睨んで。彼女がこのような言葉でガルサノを批判するのは初めてのことであった。 


 「誰がそのような意見を求めた。私は執政官の首座であるぞ!」


 このようにして相手を黙らせるのも初めてのことであった。他者の意見を聞き入れてこそ頂点に立つ者として相応しいと考えていたガルサノにすれば、やってはならざることであった。ガルサノは自責の念にかられながらも、ソフィスアースがそれ以上何も言ってこないので、そのまま我を押し通した。


 「留守を頼む」


 ソフィスアースを無言で頷き、ガルサノと目を合わせようとしなかった。




 ガルサノは配下の天使を数名を引き連れ、帝都に下り立った。すでに帝都には天使を降下させていて、完全に支配下においていた。


 帝都の人間達は打ちひしがれていた。というよりも、今起こっている事態に対して思考が停止し、何もできないというのが正解かもしれなかった。


 ガルサノはそんな彼らを上空から見下しながら、皇宮に入った。先遣している天使によって幼帝と国務卿レスナンは拘禁している。ガルサノは迷うことなくレスナンを拘禁している部屋に向った。


 レスナンはややぐったりとした表情を浮かべながら、きちんと椅子に腰掛け容儀を整えていた。ガルサノが入ってくるのを見とめると、目に怯えの色を宿しつつもすっと立ち上がり黙礼した。


 『意外に芯はしっかりしているのか……』


 こいつならばガルサノの代理者として人身御供になってくれるだろうか。幼帝や勢いだけで決起した小僧よりもマシであろう。


 「単刀直入に言う。貴様が今から皇帝だ。私の代理として人間界を治めてみせろ」


 あっけに取られたのか、レスナンは口を半開きにして惚けていた。


 「何を驚く。貴様はジギアスを謀殺し、幼帝を擁立して帝国の実権を握ったのだろう?ならば皇帝になったとしてもそう大差あるまい」


 「しかし……皇帝には血筋が……」


 「血統がそれほど大切か?天界院首座を務める天使の指名よりも重いものか?」


 決してそのような……と恐縮しながらも、レスナンは明確に答えを出さなかった。


 「サラサ・ビーロスを見ろ。彼女は確かに皇統に連なるものだが、血統だけで現在の地位にいるのではない。そのぐらいのことは分かるだろう。血統などは小さなものでしかない」


 「しかし、私には人望がありません」


 サラサ・ビーロスがどうして現在の地位と旭日の勢いがあるのか、この男なりにちゃんと洞察できているらしい。


 「貴様に人望がないことなど分かりきっている。私が貴様に求めるのは人という器だ」


 それ以外にはない、とガルサノは言い切った。レスナンはどさりと腰を落とし、微動だにしなかった。

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