天使と悪魔と人と③
サラサ軍は再び帝都に近づいた。エストブルクを出るときは総勢三万の兵力であったが、すでに四万近くに膨らんでいた。サラサを慕う者達が増えたということであり、ガルサノが出現してからもその数が減ることはなかった。
対する帝都にいるレスナン擁する兵力も五千弱に膨れ上がっていた。これは帝都にいる男児を無理やり徴兵したり、招集をかけていた南部の領主からの援軍が到着したからであった。しかし、それでも兵力に開きは如何ともし難かった。純粋な兵力では負けるはずがなかった。
余談ながら、帝都を包囲していたイーライの軍は、ガルサノの出現とサラサ軍の接近により、兵士達の大多数が脱走し消滅していた。そして当のイーライがわずかな手勢を連れて助命を請うてサラサ軍の陣中を尋ねてきていた。
「このクソ忙しいときに何だ!」
サラサは不快の色を隠さなかった。単にレスナンと争う関係であったならサラサも陣中に匿うことぐらいはしたが、イーライは決起を制止しようとした実父を殺害している。そのような非道の輩が近くにいると思うだけでも吐き気がしそうであった。
「ぜひサラサ様にお会いして陣中の端でもお借りしたいと……」
サラサはミラからの報告を聞きながら、そのようなことを伝えに来たミラや伝令兵を気の毒に思うほどであった。
「陣中を借りたいとは……我々と供に戦いたいということか?厚顔無恥の見本のようなものだな」
アルベルトも嫌悪感を隠さず、率直にサラサに進言した。
「サラサ様。この親殺しの獣を血祭りに上げ、景気づけにしてはどうですか?」
と言ってしまうアルベルトの気持ちも分からないでもなかった。しかし、サラサは極力血を見るのを嫌った。
「クソ野郎の為に剣を汚す兵士が気の毒だ。だからと言って仲間にするのも反吐がでる。追い返せ」
サラサはそう命じ、イーライ達はサラサ軍から追放された。後にイーライがどうなったかは分からず、後世の歴史家達もそのことを研究する意欲を持つこともなかった。
「問題は天使どもだな」
イーライを追い返したサラサは目の前の問題に取り掛かることにした。
レスナンが擁する軍は先述したとおり五千弱。数の上でも将兵の能力面でもサラサ軍が圧倒的有利なのは間違いなかった。問題となってくるのは、帝都を支配しているガルサノ率いる天使達である。サラサがガルサノに反発した以上、彼らがサラサ軍を襲ってくるのも間違いなかった。
「そちらに関しては私達に任せてください」
そう宣言したのはエシリアであった。彼女の両脇にはシードとエルマがいた。
「信頼はしているが、三人で大丈夫か?相手は百人はいるんだろう?」
「そうですね。でも、戦いは数ではないでしょう?それはサラサさんが身をもって証明してきたことじゃないですか」
「別に好きでやってきたわけじゃない。戦いというのは本来数の勝負なんだが、まぁ、天帝の力を引き継いでいる大天使様がいるんだ。負けはしないだろう」
シードがサラサの視線を感じ、照れたように笑った。虫をも殺さないような顔をしておいて、おそらくは地上で最強の魔力を持っているのだ。世の中分からないものである。
「シードだけじゃねえよ。私も存分に暴れまわってきてやるよ」
「期待しているよ。エルマ姉さん」
戦力という点では好戦的なエルマのほうが明らかに戦力であった。期待を込めてエルマの腕をぽんと叩くと、何だよと不思議そうにエルマが言った。
「それにしても奇縁というべきかもしれないな。私がミラやジロンと出会い、シード、エルマ姉さん、エシリア様。そしてここにはいないが、レンとガレッドのおっさんが出会って、一堂に会した。そのことが歴史というものをここまで旋回させたのかもしれないな」
事実そうであろう、とサラサは考えていた。彼らが揃わなければ、サラサは今この地に立っていないだろう。きっとサラサは今でもエストヘブン領の一隅で不平不満を並べながら軟禁生活に甘んじてに違いない。
「ほほう。サラサ様にしては感傷的なお言葉ですな」
「からかうなよ、ジロン」
サラサは苦笑しながら、改めてシード達を見た。
「よろしく頼むぞ」
サラサは手を差し出した。
「任せてください」
シードの手は女の子のように柔らかく暖かかった。その上にエルマが手を重ね、エシリアも続いた。サラサは思わず噴出しそうになった。
「どうしたんですか?」
「失礼、エシリア様。いや……天使と悪魔と人間。有史以来、こうして手を取り合ったのが我々が初めてだと思うと、おかしくてな」
「そうかもしれませんが、私達はもとは同じ種族なのですよ」
エシリアに窘められて、そうでしたね、とサラサは笑った。
「敵に動きがありました!上空からも何か来ます!」
物見の兵の声が聞こえた。サラサは手を引っ込めた。
「では、頼むぞ」
「はい。行きましょう、エルマさん、エシリアさん」
「おうよ!」
「ええ」
三人は翼を出して上空へ舞い上がった。特にシードの八枚の翼は神々しく、兵士達の士気もあがることだろう。
「我々も行くぞ!天使のことは気にせず、進め!」
サラサはミラが轡を取る馬に跨った。
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