大将軍③

 イーライからの使者レシャールが去った翌日、フェドリー陣営からも接触があった。驚くべきはレスナン自らがやってきたということであった。


 「これは国務卿……」


 バーンズも辞色を改めなければならなかった。バーンズはレスナンに上座を与えようとした。


 「いやいや、三閣僚としては我らは同位。しかしながら戦地においては武人の方が上位。このままで」


 レスナンはバーンズに上座を譲った。皇帝の使者―勅使―として来た以上、本来なら勅使であるレスナンが上座に着かねばならないのだが、それを譲ったとなればあくまでも勅使としてではなく、旧知として来たと言いたいのだろう。バーンズとしては身構えたのを崩された感じがした。


 「すでにご存知でありましょう。先帝ジギアス様がご自裁あぞばされ、ご遺言に従い新帝フェドリー様がご即位されました。大将軍におかれても速やかにフェドリー様のもと引き続き大将軍として忠勤に励まれていただきたいのです」


 「キリンス。私がいいと言うまで下がっていてくれ。他の者もだ」


 バーンズは人払いさせた。キリンスは不安そうな顔を向けたが、無言で頷いた。


 「国務卿。ここには私とあなたしかおりません。なので真実をお話ください」


 「私は大将軍に対して包み隠すことなどありませんよ」 


 「では率直に……。ジギアス陛下の死についてです。あれは誠にご自裁であったのか?あるいは……」


 「左様。大将軍のお考えのとおり、私が毒をお与え申し上げました」


 レスナンは躊躇うことも誤魔化すこともなかった。バーンズは言葉を失った。


 「先帝は戦争をするために帝国を私物化されました。このままでは帝国が立ちぬかなくなる。だからご退場いただいただけです」


 帝国は皇帝の私物ではない。それがレスナンの政治心情であることはバーンズも承知していた。だからといってジギアスを謀殺するというのはあまりにも冷酷であった。


 「その結果が現状でありましょう。先帝の死に触発されてイーライ様が蜂起されました。争いをなくすための行為が新たな争いを生んでおります」


 「だからこそ大将軍の力が必要なのです。大将軍のお力で偽帝を排除すればそれで天下が治まりましょう」


 「まだサラサ・ビーロスがおりましょう」


 サラサ・ビーロスの存在は、もはや一地方の反乱の首謀者ではなかった。実質的には帝国における最大の勢力となっていた。ただ彼女については皇帝を名乗っていないところからすると、天下への野心はないとみてもよかった。


 「サラサ・ビーロスについては手を打ってある。彼女が帝位を望むのであれば、くれてやってもいいと考えております」


 「国務卿は皇帝の権威をいかがお考えか!臣下がくれてやるとか、簡単に言うべきことではありますまい!」


 「簡単……。それでは大将軍に問うが、皇帝の一声で戦争が起き、幾多の兵士が死ぬ。それだけではない。帝国の政治、財政がすべて滞る。わずか一声だ。それも軽々しいとは思いませんか?」


 「それは……」


 「皇帝という地位は、主君という国家の機構の一つです。百官に意思あれば、これを挿げ替えることもあり得ましょう」


 レスナンの論法は理論としてはとても正しいように思われた。しかし、そこには人の心情というものが片鱗もなかった。バーンズとしては首肯して同意できなかった。


 「お引取り願おう、国務卿。あなたの理論は立派でありましょうが、先帝より多大なご恩を戴いた身としては素直に首肯しかねる」


 レスナンは意外そうに目を丸くした。思いもよらない返答であると言いたげであった。


 「大将軍。恩とは報酬のことでありましょうか?もしお望みであるならば、現在よりも高い地位を陛下にご推薦申し上げてもよろしいが?」


 「そういうことではありません。国務卿にはお分かりいただけないことのようであれば、もはや話をしても無駄でありましょう。お引取りを」


 バーンズはレスナンと断絶するしかなかった。イーライの下に身を投じる気になれない以上、バーンズの進退は窮まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る