大将軍④

 玉繭の月七日、サラサは諸侯同盟に参加している領主達をエストブルクに集めて帝都に向けて軍を進めると宣言した。


 『ジギアス帝が亡くなり、天下に二人の皇帝が立つに及んだ。天下の乱れは必定であり、我らとしてはこれを治めるために帝都へと軍を進めようと考えているがいかがであろう』


 サラサがそう切り出しても異論を挟む者はいなかった。明確に口にはしなかったが、サラサが天下に対して己の意思を示した最初の時であり、それが帝位につくことを表しているのは誰もが知るところであった。それはこの会盟に参加しているすべての諸侯が望んでいたことでもあった。


 サラサは総勢三万の大軍を率いてエストブルクを進発した。明らかに過剰な大軍であったが、これを提案したのはアルベルトであった。人数を聞いた時、サラサは反対し、五千人程度で十分だと主張したが、アルベルトは譲らなかった。


 『もはや我らと事を構える敵勢力はないだろう。だが、天下に対してサラサ・ビーロスという存在を喧伝する必要がある。そのためにも多くの兵士がサラサ様を慕っていると見せ付けるのだ』


 サラサは不快そうに顔をしかめたが、最終的にはアルベルトには任せることにした。


 先陣はアルベルト。自らの領地の兵を率いて進み露払いを務め、ジロンが加わっている。サラサ軍の一軍、二軍が諸侯同盟の兵力を加えてそれに続き、その後に第四軍、殿は第三軍が位置した。第四軍、第三軍にも各諸侯の兵士が加わっていた。サラサは第四軍に身を置いてそこを本営としていた。


 「しかし、暇だな……。やることがない」


 馬に揺られながらサラサは大きく欠伸をした。これから戦争を始めるわけでもないし、政治的な懸案については帯同しているテナルが片付けているのでサラサは本当にやることがなかった。


 「そんな大きな欠伸をされて……はしたないですよ」


 ミラが馬を寄せ耳打ちした。


 「今更そんな注意してくれるな」


 「そういうわけにはいきません。仮にも皇帝となられる方が……」


 「まだなったわけじゃないだろう。まったく皇帝になれば欠伸も満足にできないのか……」


 と言いながらサラサはもうひとつ欠伸をした。大きく口を開けていると、ふと先を行く馬車に目が留まった。テナルが乗っている馬車なのだが、それに並ぶようにしてリーザが馬を進めており、中にいるテナルと何事か言葉を交わしていた。


 「何をしているんだ、あの二人は?」


 何か重要なことが起きたのだろうか、とサラサは思ったのだが、リーザは楽しげに笑っている。どうやら談笑しているようだった。


 「おい、ミラ。あの二人って仲がいいのか?」


 「あれ?お気づきになりませんでしたか?リーザ殿はテナル殿にご執心のようですよ」


 「へぇ……。あのリーザがあのテナルをね」


 意外であった。意外すぎると言ってもよかった。二人とも有能であることには間違いなかったが、専門とする分野も違うし、性格も正反対であった。


 「エストブルクを奪還する時に、テナル殿がリーザ殿に帯同した時がありましたよね。あの時にリーザ殿は随分とテナル殿に世話になったようで、それ以来公私に渡って付き合いがあるようです」


 「ほう。まぁ仲がいいのはいいことだ。二人が望むなら、落ち着いたら結婚させてもいいな……って、テナルは幾つだ?あいつ、すでに結婚していないだろうな」


 「確かテナル殿は四十手前かと……結婚はなされていません」


 「それはよかった。あいつの私生活はよう分からんからな」


 サラサが安堵していると、その横でミラがくすくすと笑っていた。


 「何を笑っているんだ。あんな朴念仁っぽい奴でも私生活はあるだろう」


 「テナル殿のことではありませんよ」


 サラサ様のことです、とミラは言った。


 「私?私の何がおかしい?」


 「皇帝になることを決意されたから、もっと深刻に思い悩んでいると思っておりましたが、いつものサラサ様で安心しただけです」


 「悩んでいても始まらんと思っているだけだ」


 「私はもっとサラサ様が駄々をこねて嫌がると思っていましたが……」


 「人を子供扱いする……ってまだ子供だな。自分でも驚いているんだよ。あっさりと引き受けたものだとね」


 このあたりの心情はサラサとしても上手く説明できなかった。ただ、いずれこのようなことになるという予感があっただけに、人の上に立つと言うことに以前ほど抵抗を感じないようになっていた。突如として空位になってしまった皇帝の地位に、自分が立つ資格があり、多くの仲間が立てと言うのなら立ってみようと思っただけのことであった。


 「ジギアスを死なせてしまったことへの贖罪というのもあるが、それは傲慢の表れかな?」


 「そのようなことは……」


 「いや、傲慢でも構わないさ。私を支持してくれる人が大勢いるんだ。期待に応えないとな」


 サラサが決意を新たにしていると、隊列の先から駆けてくる騎馬があった。先陣からの伝令のようだ。


 「どうした?」


 「アルベルト様、ジロン様からです。バーンズ・ドワイト大将軍の部隊と発見したとのことです」


 「分かった。事前に言い含めたとおり、戦闘は絶対に避けるように。それと大将軍に使者を送り、私が会見をしたいと申し出ていることを伝えるんだ」


 承知しました、と伝令はすぐに引き返していった。

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