矜持③
ジギアスからすぐに集まるようにという命令を受けたバーンズの心境は複雑であった。ジギアスが復活したことは喜ばしい。しかし、それが意味するのがさらなる戦火であることには間違いなかった。
『お諌め申し上げなければ……』
今の帝国軍はとても戦える状態ではない。先のエイリー川での戦いで帝国軍は壊滅的な被害に遭い、皇帝直轄の軍隊だけでも、どんなに寄せ集めても一万に満たないだろう。
『老兵や傷病兵を無理に現役に復帰させても二万に届かんか……』
推定されるサラサ軍―というよりも北部諸侯連合全体―の動員数は二万。同数の兵力を集められるにしても、サラサ軍はほぼ無傷であり、士気も高い。まともにぶつかって勝てるはずがなかった。
バーンズは書類をまとめ参内した。議場にはすでにレスナンとホルスがおり、ジギアスもすでに席についていた。これは異例のことであった。通常、皇帝は最後にやってきて臣下が迎えるのだが、そのような儀礼をジギアスは完全に無視していた。
「遅かったな、大将軍。さぁ始めようか」
ジギアスは溌剌としていた。いや溌剌とし過ぎていると言っても過言ではなかった。精神を無理に高ぶらせているのか、それとも精神が破綻しつつあるのか。どちらにしろ悪い予感しかしなかった。
「俺はエイリー川で敗れて深い闇にいた。しかし、それは俺の真実の姿を見つめなおす機会となった。俺はやはり戦ってこその存在だ。戦って勝利してこそ敗北の汚名を返上できるのではないか!」
そうではないか、とジギアスは三人に問い掛けた。ホルスは苦しそうに目を伏せ、レスナンは顔色ひとつ変えず正面を見据えていた。
「畏れながら陛下……」
ここはバーンズが現実を突きつけるしかなかった。バーンズは帝国軍が置かれた状況と、敵軍の動員数をでき得る限り冷静に伝えた。
バーンズはジギアスの叱責を覚悟していたのだが、バーンズは手を打って笑い出した。
「流石は大将軍、実に良き分析だ。だが、俺は戦争の天才だぞ。作戦の妙をもって不利な状況を覆してみせる」
その作戦も立ててある、とジギアスは卓上に地図を広げた。
「まずは四万の兵力を動員する。これを二手にわけ、一方は大将軍が率いてシーファ領からスフェード領を攻める。これは陽動であり、敵の注意をそちらに引き付けておいて、その間に俺が一気にシラン領からエストヘブン領に攻め込む。スフェード領を助けるために出撃している敵軍がエストヘブン領に戻ってくるにしても最低でも一週間はかかるだろう。その間にやつらの拠点であるエストブルクを落とす!」
要するに二正面作戦を敵軍に強いることで、兵力を分散させるということである。なるほど勇壮な作戦であるかもしれないが、こちらも兵力を分散させることにもなるし、何よりも四万という兵力が動員できるわけもなかった。兵力の動員についてはつい先ほど言ったばかりであるのに、ジギアスはまるで覚えていないようであった。
「陛下、畏れながら……」
バーンズは再度、皇帝直轄軍を四万も動員することは不可能であることを説明せねばならなかった。
「大将軍、貴様らしくない見識の狭さだな。確かに直轄軍だけではそれだけも動員できまい。しかし、小娘に組していない領主どもがまだまだおるではないか。それらに大動員をかければ四万などすぐに集まる!」
バーンズは黙り込むしかなかった。数字の上では確かに北部諸侯連合に組していない南部の領主達に動員をかければ四万は集まるだろう。だが、今のこの状況で南部の諸侯達が進んで皇帝に協力するだろうか。
『精々集まっても三万……』
バーンズはそう睨んでいる。敵よりも多くの数を集めることはできるが、圧倒することはできない。もし敵が全力を持って各個撃破に出てきたら非常にまずい状況になる。
バーンズはレスナンに目配せをした。当然ながら彼も今回の作戦が厳しいものになると考えているに違いない。宰相という立場からも反対の意を表して欲しいのだが、レスナンは黙ったままだった。
「異論がなければ各人、すぐに準備しろ!すぐにでも進発する!」
以上だ、とジギアスは早々に席を立ってしまった。ジギアスに縋って今回の作戦の非を訴えるべきかどうかバーンズが迷っていると、レスナンも椅子から腰を上げた。
「国務卿!どうして陛下をお諌め申し上げない。今回の作戦、無理であることは御身もご承知であろう」
「あのご様子では我らが何を申し上げてもお聞きになるまい」
レスナンは疲れきった声で言った。
「左様でありましょうが……」
「ならば我らは陛下の御為に働くだけでありましょう。それがいかなる結果になろうとも……」
バーンズはもはや何も言えなかった。レスナンの協力が得られないとなれば、バーンズが取り得る方法はひとつしかなかった。ジギアスの考えた作戦を遂行し、是が非でも成功させるだけであった。
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