矜持④
サラサが拠点とするエストブルクにシード達がやって来たのは、ちょうどジロンからスフェード領での勝利が伝えられた翌日のことだった。
「連日の吉報だな。長旅だっただろう、ゆっくり休んでくれ」
政務も一通り片付けたサラサは、久々に再会する友人達と語らいたいのを我慢してそう言った。
「ありがとうございます。でも、そう悠長にも言ってられないのです」
深刻な顔のエシリアが言ったので、サラサは先に話を聞くことにした。
天使と悪魔の真実、天帝の存在とシード、エルマの正体、そして天使達が何事か起こそうとしている疑惑。エシリアから語られるそれらの内容は、あまりにも衝撃的で、口を差し挟むのも憚れるほどであった。しかし、聞いているうちに冷静になってきたサラサは、さもありなんとばかりに思えるようになってきた。
「あまり驚かれないようですね?」
話し終えたエシリアがそう尋ねてきたほど、サラサは表情一つ変えていなかった。
「そんなことない。十分驚いているよ。でも、なるほどこれでいろんなことの辻褄が合うな」
「ええ。マランセル公爵領で見たあの装置も、天帝様に魔力を供給するためのものであったということです」
「神託戦争もそうだし、先の教会との騒動もそうだ。全部天使が糸を引いていたとなると、今地上で起こっている戦乱も、早々簡単に終わらないぞ」
「そのことですが、サラサさん。ガルサノなる天使達は、いずれ起こるだろう皇帝とサラサさんの戦争で何かを仕出かすつもりです」
これはソフィスアースとの会話から得たエシリアの直感でしかないが、ほぼ間違いないように思われた。
「別に私が望んで戦争をしているつもりはないんだが……ふん、その天使の思惑に乗るのは面白くない」
「でも、皇帝が攻めてきたら戦わざるを得ませんよ」
エシリアに言われるまでもなく、サラサには分かっていた。
「その天使の思惑は、戦争を利用してシード殿やエルマ殿の魔力を得るでござろう。であれば、お二人を戦場に引き出し、魔力を使わそうとするのではないでござろうか?」
それまで腕を組んで考え込んでいたガレッドが言った。
「なるほど、おっさんの言うとおりだな。ということは、その天使は皇帝に味方するということか……」
ガルサノが皇帝に味方し、サラサ軍を攻撃してくると、シードやエルマが出てこざるを得なくなる。そこで二人の魔力を奪うということであろう。
「だからこそ、ビーロス家に伝わるその宝玉が必要なのです」
「これか……」
エシリアに言われ、サラサは懐から小さな水晶玉を取り出した。ビーロス家に代々伝わる家宝と聞いていたが、エシリアの話によればかつてレオンナルド帝はこの宝珠を使って敵をなぎ倒していったらしい。
「ミラにこいつを貸していた時に、例の天使を追っ払ってくれたのもその力によるものだったんだな」
宝珠はひび割れたままである。そんな力があるとはとても思えなかった。
「それはぜひ肌身離さず持っていてください。ガルサノの思惑に嵌るのは面白くありませんが、彼らが魔法を使ってくればそれで対抗するしかありません」
「そんなまどろっこしいことしないでよ、私とシードが助けてやるよ。一気に潰してやる」
それまで黙っていたエルマが口を開いた。天界に行っていた頃は相当滅入っていたようだが、そんな話が信じられないほど普段のエルマであった。
「それこそガルサノの思う壺です。ガルサノが狙っているのはあなたとシード君の魔力なんですから。馬鹿なんですか?あなた」
「あん?誰が馬鹿だ!誰が!」
エシリアとエルマのやり取りもいつもどおりだ。サラサは安心した。
「二人ともありがたい話だが、おそらくはそんな心配は無用だろう。皇帝は天使の力なんて借りないだろう」
「その根拠は?」
「皇帝は神託戦争でひどい目に遭っているからな。天使の甘言には乗らないだろう。それに奴にも皇帝のとしての矜持があるに違いない。何者かの力を借りて戦争に勝つなんて道は選ばないだろうさ」
奇しくも、サラサはジギアスの言動を言い当てていた。直接的な対面こそなかった二人であったが、同時代を生きた英雄として共通の認識があったのかもしれない。が、そのようなことはサラサの知らざることであった。
「ですから、いざという時のために宝珠だけは……」
「だからよ、私も付いて行ってやるって言っているだろう。暴れたくてうずうずしているんだ!」
「待ってください。二人とも」
エシリアとエルマの口論に割って入ったのはシードであった。サラサは意外な気がした。今までのシードなら黙したままだっただろう。シードは明らかに変わっていた。
「何か考えるがあるのか?シード」
サラサが問うと、シードはにこっと笑った。
「要するに天使達が地上の戦争に介入してこなければいいんでしょう?それどころじゃない事態が起こればいいんですよ」
シードは笑顔のまま言い切った。きっと度肝を抜くようなことを考え付いたに違いないと思うとサラサはとてつもなく愉快になった。
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