天帝⑦
「ふざけるな!」
急に声を荒げたのはエルマであった。今まで我慢していた鬱憤を一気に晴らすようであった。
「黙って聞いていたらくだらない嘘話ばっかり並べやがって!天使と悪魔と人間が元は同じ種族だって?シードが天帝の力を受け継いでいるだって?ふざけるなよ!しかも私が天帝から生まれただって?嘘をつくならもっとましな嘘をつけよ!」
エルマはまくし立てるように叫んだ。一切の否定を許さないほど力強く、鬼気迫っていた。
「何とか言えよ!クソ野郎!」
なかなか言葉を発さないメトロノスに、エルマは苛立ちを隠さなかった。
「私は反対した。オーディヌスの力を分かつことにも反対だったし、そのような力を人間界と魔界へやるというのは危険であるから反対したのだ。しかし、オーディヌスは頑なであった。自分がこのまま力を持っているほうが危険であるとな」
メトロノスはエルマの叫びを無視して続けた。ついに我慢し切れなくなったエルマは、ぼっと拳に炎を宿らせた。
「ぐだぐだ言いやがって!天帝もろともぶっ殺してやる!」
「だ、駄目ですよ、エルマさん」
「そうです。いくらなんでも……」
止めても無駄だ、とエルマは今にも飛び上がらんばかりであった。しかし、
「身の程を知れ!」
それはメトロノスの声であった。今まで穏やかであったメトロノスが、響かんばかりの大音声をエルマに投げつけてきた。そしていきり立つエルマを圧すような強大な魔力が圧し掛かってきた。
「現実を受け入れよ。悪魔の少女よ!」
エルマの背中が光り出した。眩い光の中から長大な翼がふたつ出現した。その翼の色は悪魔の色だと言われる黒ではなく白であった。
「そんな馬鹿な……エルマさんの翼が白いだなんて……」
エシリアは幻を見ているような気がしてきた。エルマは悪魔などではなく、天使であったのだ。
「エルマ・ジェスダークよ。これでも己が悪魔であると言い切れるのか?」
「知らねえよ……!私には魔界で過ごした記憶があるんだ!」
エルマは苦しそうに呻きながらも、メトロノスに反論した。
「記憶な……。世の中にそれほど当てにならぬものはないと、私が今示してやったのだが……」
まぁいい、とメトロノスは声を和らげると、エルマの翼が消えていった。エルマはぐったりとして地面に倒れた。
「エルマさん!」
シードが心配そうにエルマに駆け寄り、体を抱え起こした。
「安心せい、気絶しただけだ」
「メトロノス様、ご無礼を承知して申し上げます。私もメトロノス様の申し上げたこと、半分も信じられないのですが……」
特にエルマが天帝の力によって生まれた存在であるというのは、信じられなかった。だが、そうであるとするならば、彼女の尋常ならざる力も納得できた。エシリアは単に信じたくないだけだった。これまで神聖で絶対不可侵と思っていた天帝と悪魔を自称する少女が同一体であるということを。
「気持ちは分からんでもない。その答えが知りたければ魔界へ行くといい」
「魔界へ?」
「そうだ。魔界への扉はコーラルルージュ城の地下にある。オーディヌスの力を分けたそこの二人ならば、魔界への門は開くであろう」
「しかし、それは危険では……」
魔界への門を開かれれば、悪魔達が大挙として飛び出してくる。だからこそスロルゼン達は悪魔達の力を使って天帝を生かし続ける力にしようとしていたのではないか。
「その危険は無用だ。行ってみれば分かる。さて、そろそろ失礼しようとするかな。喋りすぎて魔力が果てそうだ」
このままでは本当に消えてしまう、とメトロノスは小さく笑った。
「お待ちください!メトロノス様、まだお聞きしたいことが……」
エシリアは訴えかけたが、メトロノスは答えなかった。それまで周囲を照らしていた緑色の光もいつしか消えていた。
「これからどうすれば……」
エシリアは途方にくれそうであった。真実は知りえたのかもしれない。しかし、あまりにもエシリアの理解を超えていて、未だに消化し切れなかった。
「ひとまず魔界へ行かないといけないようですが……」
とそこへ、騒がしい足音が聞こえてきた。
「ここが天帝様のおわず場所か!何もないではないか!」
灯りだ灯りだ、と無粋極まりない声がすると、ぽっと誰かが光を灯した。それで双方が視覚的に確認できた。
「な、何者だ!」
「シェランドン様……それに……」
今回の反乱の首謀者であるシェランドンが複数の護衛を従えていた。エシリアはその中にソフィスアースを見つけた。彼女はガルサノの側近と聞いていたのだが。
「ひとまずそのもの達を捕らえろ!」
シェランドンが命じると、護衛の天使達がエシリアを囲んだ。エルマが失神している今、大人しく従うことにした。
「天帝様!どうしてお答えくださらないのです!スロルゼンに代わり執政官を任されることになったシェランドンです。ぜひ一言いただきたいのです!」
シェランドンは両手を鷹揚にあげ、高らかに叫んだ。しかし、それが無駄であることは、エシリア達しか知らぬことであった。
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