裁かれしもの
裁かれしもの①
シェランドンに拘束されたエシリア達、それぞれ別々の場所に拘禁された。イピュラスの地下であることは間違いないだろうが、周囲は薄暗い。他の牢の様子はまったく窺い知れなかった。
シードとエルマはどうなったであろうか。エルマはまだいい。拘束された時、エルマは失神していたから彼女の魔力を感じられる天使はいなかったであろう。
問題なのはシードである。調べられれば、彼がユグランテスであることが露見し、堕天使として裁判にかけられる可能性がある。これまで天界に連れ戻された堕天使は漏れなく死刑となっている。
『いえ、それだけではありません。もしシード君に宿っている力が露見すれば……』
天界は間違いなく大混乱するだろう。そしてシェランドンは、自分の地位を固めるためにその力を利用するに違いない。
『なんとかしないと……』
しかし、明らかに手詰まりであった。三人がばらばらにされた上、戦力であるエルマが戦える状態にあるかどうか分からない。エシリアに打てる手は限りなく無しに近かった。
「私としたことが不甲斐ない!」
エシリアは思わず口にして叫んでしまった。
「そこにいるのはエシリア嬢か?」
すると、どこかの牢から男の声が返ってきた。エシリアのことを知っているようである。
「誰です?」
エシリアは声を潜めた。
「君の牢の隣だ。直接会ったことはないが、噂はかねがね聞いているよ。私はガルサノという」
はっとエシリアは息を飲んだ。アレクセーエフを通じて派閥に属さないかと誘われていた相手である。野心的であるが故に危険な空気を匂わせていたので敬遠していたのだが、まさかこんな形で会うことになろうとは。
「ガルサノ様……」
「アレクセーエフが君にご執心のようで迷惑をかけたようだな」
「ガルサノ様が私を引き入れようとしたのではないのですか?」
「確かに君は優秀であるし、そういう天使を手元に欲しいが、無理強いをしないのが私の主義でね。アレクセーエフは君と時間を共にしたかっただけだろう。まぁ、彼が堕天使となった今では、言っても仕方のないことだがね」
アレクセーエフは堕天使として処理されたようである。ガルサノはその真相を知っているのだろか。表情が分からない以上、判断できなかった。
「ガルサノ様は、シェランドン様に拘禁されてここに?」
エシリアはひとまず話を逸らすことにした。
「そうだ。私だけではない。君がいる正面の牢にはつい先ほどまでスロルゼン様がおられた」
「スロルゼン様が?今はどちらに」
「シェランドンによる裁判ごっこに出られておられるよ。そのまま別の場所で拘禁されているのだろうか」
「裁判……。そのようなことが」
「シェランドンとしては手に入れた権力を見せ付けたいのだろう。児戯に等しい愚かな行為だ」
いずれも私も裁判にかけられるのだろうな、とガルサノは苦笑を含ませて言った。
「ガルサノ様も?」
「シェランドンが一番に葬りたいのは私のはずだからな。お楽しみは最後に取っておきたいのだろう」
愚かなことだ、とガルサノは言った。自らに危機が迫っているにも関わらず、どこか他人事のようで冷静であった。
「エシリア嬢はどうしてここへ?」
「私は……」
どこまで話すべきか。エシリアは迷った。ここまでの会話でガルサノに対する悪感情はやや薄れた。しかし、あのアレクセーエフと繋がっていることを考えると、すべてを話す気にもなれなかった。そこでエシリアは、シードとエルマの存在を隠した上で、誤って天帝の居場所に入ってしまったと語った。そこでメトロノスと交わされた天使と悪魔の真相について、執政官がどこまで知っているのか、エシリアには興味があった。当然ながら、天帝の力がシードとエルマに宿っているというのも隠したままである。
「ふむ……。そのことを知ってしまったか」
「ガルサノ様はご存知だったのですね」
「執政官になった時に教えられるのだよ。尤も、天帝様にはお会いしていないがね。直接会えるのは執政官の首座だけだ」
君は会ったのだね、と問われたのでエシリアは、はいと答えた。
「天帝様を生かすために魔界の門を開こうとしたのは事実だ。それを主導したのは他ならぬ私なのだからな」
「ガルサノ様が……」
「そうだ。しかし、上手くはいかなかった。と言うよりも、私を初め天界の誰もが魔界の門の在り処すら分からなかったのだからな。我ながらぶざまなことだ」
「人間界の争乱を天使が主導していたという話も聞きましたが……」
「それも事実だ。平和すぎては人間は天使のありがたさを忘れてしまい、世が乱れすぎては天使の価値はなくなり、人間達は新しい価値を見出してしまう。これは天界院でずっと言われてきたこと、らしい」
「らしい……ですか?」
流石に大昔のことまでは分からんよ、とガルサノは微かに笑った。
「しかし、天使は堕落してしまった。元来、世界の平和を維持するためにある天使が秩序を乱す側にいるのだからな」
それはガルサノに言われるまでもなく、エシリアは十分に理解していた。だが、ガルサノもまたアレクセーエフと繋がりがある以上、秩序を乱す側にいるのではないのだろうか。やはりガルサノに接近するのは危険だ。
「お言葉ですがガルサノ様。天帝様が生き続けられるというのは喜ばしいことではないでしょうか?」
「エシリア。君は明敏ではあるが、物事の先を見る目はやや曇っているようだな」
ガルサノに避難され、エシリアはむっとした。この男に自分が何を判っていると言うのだ。
「それはどういう意味ですか?」
「分からんかね。執政官は天帝を生かし続けることに固執している。そのためには手段を選ばない。魔界の門すら開けようとしていたのだ。しかし、それすらも失敗したとすればどうすると思う?」
「分かりかねます」
エシリアは不機嫌に答えた。
「魔力を持つのが天使だけとなれば、その天使も天帝様の贄となるということだ」
つまり我々のことだ、とガルサノは念を押すように言った。
「まさか……」
エシリアは悪寒を感じた。自分達が天帝を生かすための生贄になる。考えただけでも恐ろしいことであった。エシリアはガルサノの懸念を否定したかったが、完全に否定できるほど天使と言う存在を信じていなかった。
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